「どうせなら、ラブロマンス映画みたいな人生送ってみたいだろ?」
藤井が言った。俺は一瞬何を言っているのか理解が出来なかった。真面目で、恋愛なんか興味のない奴が『ラブロマンス』なんて以ての外。口に出した時は俺は恐怖を覚えた。
「は?遂に頭可笑しくなっちまったか?」
「その言い癖は酷いな。偶にはこんな話も別にいいだろ、な?」
いやしらねーよ、と言ってやりたいところだったが、キレたら此奴は面倒臭いことを俺は知っている。だから黙っておくことにした。
「別に特別興味があるって訳ではないんだよ。ほら、俺たちもう高校生だろ?先の事考えないと。俺彼女出来たことないしな」
「ウケる」
「ウケるの三文字で終わらせていい話じゃないだろー。お前も同類だしな」
「あ?」
気に触れることを言ってくる藤井が気に食わない。痛いところをつくのはやめてほしい。俺自身も『ウケる』の三文字で終わらせたのは反省してる。
「てことでさ、映画見ようよ!」
「は?」
咄嗟に出た言葉だった。映画なんか見るタイプの人間じゃない藤井の口から『映画』という言葉を聞く機会があるとは思わなかった。今日で二度目の驚愕だ。
「映画でも『ラブロマンス』ってもんがあるだろ?だからそれを参考にでもして人生成功させようぜ!」
「現実をそんな甘く見るなよ、映画みたいに上手くいくわけないだろ」
「そのくらい分かってるよ。映画の内容は何もかもが仕組まれて出来た物なんだ。でも映画は現実で作られたものなんだぞ?ラブロマンス映画にアニメみたいな展開はあまり見られない。つまり、それは現実でも成功すれば再現出来るんだよ。参考程度に良くないか?」
「はあ、」
藤井は喋ると止まらなくなる。これ以上聞くとマジで一生聞く事になりそうだから、聞こうと思っていた「成功しなかったら?」という台詞は心の中で封印しておく事にした。
「な?1回見てみようぜ」
「1回だけな」
「やった!」
無邪気な喜びだった。高校生にもなって小学生みたいな笑顔だった。ずっと笑っていれば可愛い。余計な事を言わなければな。
⋯黙っていろって事だ。
「じゃあ今日の放課後、俺の家で!」
「オーケイ、菓子も準備しろよ」
「欲張りだなぁ、分かったよ」
映画を語っていた時よりもずっと機嫌が良い。死ぬまでずっとこの機嫌でいてくれ。面倒臭い時はマジで面倒臭い性格なんだから。
放課後になり、ふと藤井の方に目を向けると、一目見ただけで分かる様に感情が顔に出ていた。席に座ったまま足を揺らしている。授業中は真面目そうに背筋を伸ばし、優等生をしていた癖に。
「藤井」
呼んだ瞬間振り返る藤井がとても美しく、麗しい。
「あ、もう帰れる?」
「おう、藤井も?」
「いけるよ!じゃ、早速俺の家行こうぜ!」
機嫌がいい藤井はもう見慣れたもんだ。目を細め、口角を上げ、他から見ても分かりやすい位に。
「映画って物は人生を変えてくれるからね!実際にそう言ってる人も多々いる」
「でも俺らの人生を変えてくれるかは分かんないだろ」
正論だと思う。実際に俺らも人生を変えれるかは分からない。未来なんて見れるハズがないから。
「そんな事言っちゃって〜、人生変えてくれたらどう言い訳すんのかな」
「その時はその時だ」
映画なんかただの作り物だ。フィクション。そんな物に影響されて、犯罪に手を出す人も出てくるかもしれない。そんな事になったら映画はどう責任を取るんだ?
「⋯いや、責任なんて無いか」
「え、何?いきなり怖いよ」
「なんでもないよ」
自分でも意味の分からない事をずっと頭の中で彷徨っていてパンクしそうだった。遂に頭が可笑しくなったかもしれないと考えた。
「さ、上がって!」
入った瞬間に鼻につく香りがした。何かの花の香りだ。これは何なんだ?
「これなんて花の匂い?」
「スノードロップだよ」
スノードロップ、言葉は聞いた事があるが、実際に見たこともないし、なんならどんな形をしているのか、どんな色をしているのかも一切分からない。
「今日観る映画は〜、….てか、ラブロマンス映画を見るんだよな?今日そんな話したし、いいよな?」
「おう、まあ俺は何でもいいけど」
ラブロマンス映画なんてものは初めて観る。いや、映画自体そもそもそんなに観ないから新鮮な気分だ。
「『カサブランカ』なんてどう?」
「聞いたことないな」
「『カサブランカ』は1942年の第二次世界大戦にアメリカが参戦した時に作られたものだって。舞台はモロッコらしいよ。」
「そんな難しく説明されても困る」
「唯一、俺が知ってたのがコレ。まぁ、観てみようぜ」
リビングに案内され、TV前にあるソファに勝手に座ってやった。人の家なのに自分でも容赦ないと思う。人から見たら俺はまともな教育を受けてなさそうな子どもに見えるかもしれない。
藤井はディスプレイをいじり始め、映画を観る気満々。
ようやく画面に操作画面が出た所で藤井がリモコンを握り真剣に操作している。慣れていない手つき。あまり触ったことが無さそうな感じに見える。
五分程経った所で藤井がようやく俺が座っているソファの隣に腰掛けた。
「さ、102分頑張って観ようね」
「寝ちゃうかもな」
「寝たら意味無い」
会話を交えながらも藤井は
『カサブランカ』を再生した。
そんな記憶が頭の中を永遠に彷徨い続けているのがウザったらしくて堪らなかった。