テラーノベル
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現在――。
リビングには静かな時間が流れていた。
誰も言葉を発さない。
詩織の手は、開かれたアルバムの上で止まっている。
湊は最後の写真を見つめたまま動けなかった。
笑顔の蓬莱。
笑顔の母。
笑顔の父。
その一枚の写真が、十五年前のすべてを物語っていた。
やがて詩織は、アルバムをゆっくりと閉じた。
静かな音が部屋に響く。
「……これが。」
「私たちの過去。」
湊は俯いたまま、小さく息を吐く。
頭では理解している。
でも。
心が追いつかない。
「父さんと母さんが……。」
「そんな人生を歩いてきたなんて。」
「全然知らなかった……。」
義一は静かに湊の隣へ座った。
「それでいい。」
湊が顔を上げる。
義一は優しく微笑んだ。
「無理に全部理解しようとしなくていい。」
「俺たちが伝えたかったのは。」
「過去じゃない。」
「どうして今の俺たちが、こうして生きているのか。」
「それだけ知っていてほしかった。」
湊は何も言えなかった。
その言葉の重みが、胸へ静かに染み込んでいく。
-–
詩織は湊の隣へ腰を下ろした。
「黙っていてごめんね。」
「話そうと思えば、もっと早く話せた。」
「でも。」
「この話は。」
「あなたが自分で受け止められるようになってから話そうって。」
「お父さんと二人で決めてたの。」
湊は母を見る。
その表情には後悔も、迷いもなかった。
ただ、息子を信じ続けてきた母親の優しさだけがあった。
「ありがとう。」
湊は静かに頭を下げた。
「話してくれて。」
詩織は微笑む。
「あの日のことを思い出すのは辛かった。」
「でも。」
「あなたになら話せると思った。」
-–
しばらく沈黙が続く。
その静けさを破ったのは湊だった。
「母さん。」
「一つだけ聞いてもいい?」
詩織は頷く。
「今でも。」
「蓬莱さんのことを恨んでないの?」
部屋の空気が静かに止まる。
詩織は少し考え、ゆっくりと首を横に振った。
「恨んでないよ。」
「もちろん。」
「今のやり方は間違ってると思う。」
「でも。」
「蓬莱さんは。」
「誰よりも優しい人だった。」
義一も静かに頷く。
「俺も同じだ。」
「蓬莱さんが目指した世界は。」
「間違ってなかったと思う。」
「ただ。」
「そこへ辿り着く方法が変わってしまった。」
湊は静かに目を閉じる。
十五年前の蓬莱。
今のヴォイアント。
どちらも同じ人間。
なのに。
まるで別人のようだった。
-–
湊はゆっくりと顔を上げる。
「俺。」
「蓬莱さん本人から話を聞きたい。」
「どうして。」
「ここまで変わってしまったのか。」
「本当の気持ちを知りたい。」
義一は小さく笑った。
「その答えは。」
「蓬莱さんにしか話せないだろうな。」
詩織も優しく頷く。
「きっと。」
「今でも。」
「あなたと話したいと思ってる。」
-–
その時だった。
テレビから速報の音が鳴り響く。
『速報です。』
三人の視線がテレビへ向く。
『先ほど、エデンを名乗る組織から新たな犯行声明が公開されました。』
画面には。
黒いローブ姿の集団。
その中央には、一人の男。
顔は見えない。
だが、その声だけは静かに響く。
『世界は、もう後戻りできない。』
テレビがその言葉を繰り返す。
部屋に重い沈黙が流れた。
湊は画面を見つめたまま、小さく呟く。
「俺は……。」
「蓬莱さんのことを。」
「何も知らなかった。」
義一は静かに立ち上がり、テレビを見つめる。
「人は。」
「知れば知るほど。」
「簡単に善悪だけでは分けられない。」
「だからこそ。」
「自分の目で見て、自分で答えを出すんだ。」
湊は静かに頷いた。
その瞳には迷いではなく、
真実を知ろうとする強い意志が宿り始めていた。
十五年前の想いは、
静かに次の世代へ受け継がれていく。
そして――
新たな物語が、再び動き始める。
第72話へ続く
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あまね🍡💠
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コメント
1件
リオンです。 第71話、読み終えました。 このエピソード、本当に静かで、でも一言一言が心に沁みました。湊くんが「蓬莱さん本人から話を聞きたい」と言ったところ、ずっと胸に溜まっていたものがようやく言葉になった感じがして、思わず息を呑みました。無理に全部理解しなくていい、という義一さんの言葉の優しさも、胸に響きましたね。十五年前と今、同じ人間がどう変わったのか、湊くん自身の目で確かめる決意がラストにしっかり光っていて、次が楽しみです。