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「やれやれ⋯
鍵など此処では意味が無い様だな」
回るドアノブから
ゆっくりと指先が現われ
次第に白く半透明な躯が
ドアをすり抜け出てくる。
「ヒッヒッ!
つい生きてた頃の癖で
ドアノブを回しちまうのさ!
まだ起きてた様だからね。
暖炉の薪の追加を持って来たよ」
丸々とした体躯のゴーストが
暖炉脇に薪を追加していく。
部屋に割りたての薪の香りが満ちる。
「薪の他にも
私に言いたい事があって
来たのではないのかね?」
ゴーストの手がピタリと止まり
振り返るその面持ちは、深妙なものだった。
「ロロ坊や⋯
余りあの子に故郷の話を
聞いてやらんでくれ。
今もあの子の落ち込む顔が
頭にこびり付いとるよ⋯」
ーまた⋯泣かせてしまっただろうかー
セイリュウと瓜二つの顔で
涙を一粒零したユウの顔が想起される。
「単刀直入に問おう。
ユウ君は⋯異世界から来たのだね?」
ゴーストの蒼白い顔に
躊躇いの色が濃くなる。
だが、意を決した様にひと息吐くと
静かにコクリと頷いた。
ーやはり⋯かー
「儂らを始め
ここの学園の皆が知っているが⋯
突然、入学式に現われ
魔力が無い為に、一度は入学拒否されたが
帰る場所も、この世界に無いあの子は
学園長の計らいで
帰る方法が見つかるまで
グリ坊と2人で1人の
ナイトレイブンカレッジ生となり
使われていなかったこの寮の寮生として
暮らす事になったのさ」
ーそれ故に、非魔法士なのに⋯かー
「事情は解った。
私も留意して彼に接そう。
そして、此処に滞在する間は
魔法士と云う悪党共から
彼を護ってやろう」
「悪党⋯?
まぁ、ユウの良き友となってくれるのなら
儂らにとっても安心できるってもんさ」
ゴーストが再びドアをすり抜けて
部屋を立ち去る。
それを見送り
机上の日記に戻ろうと振り返ると
カップが空になっていたのに気付いた。
ー紅茶を淹れ直すかー
空のカップを手に
ローブを羽織りキッチンに向かう。
「あれ?
ロロ先輩、まだ起きてたんですね!」
コンロの前で湯を沸かす
ユウの姿があった。
「あぁ、君も眠れないのかね?」
私の持つ空のカップに気付いたユウは
ケトルに水を足して
また沸かし始める。
2人でキッチンのテーブルに腰掛け
湯が沸くのを静かに待つ。
そんな静けさを先に破ったのは
ユウだった。
「⋯ロロ先輩は
〝桜〟を視た事があるんですか?
あのスケッチブックの⋯」
ゴーストに窘められたばかりで
聞くのを躊躇っていたが
ユウの目に期待が少しばかり
輝いている様にも思えた。
「無い⋯現実ではだが。
夢の中で、異世界を渡る者に
サクラを視せてもらった⋯
と言えば、卿は信じるかね?」
「夢⋯?
異世界を⋯渡る者?」
ピィーーー!
湯が沸いた事を知らせるケトルの音に
私は立ち上がり火を止める。
「此処では躯が冷えてしまう。
続きは私の部屋で構わないかね?」
ティーポットにお湯を注ぎ入れ
カップと茶漉とを共にトレイに乗せると
可否をユウに問い掛けた。
「俺が持ちます!」
可と応える様に私からトレイを受け取ると
ユウが後ろから付いてくる。
部屋に入ると
ユウが長机にトレイを運んで行くのを横目に
私は暖炉に薪を新たにくべ入れた 。
冷えた躯に、暖炉の温もりが心地好い。
「ロロ先輩、 これって⋯」
震える様なユウの声。
その手に在るのは
日記に挟んでいた鱗の栞だった。
「中に桜の花弁が⋯
だってロロ先輩、さっき現実にはって⋯! 」
ー視えているのかー
何となくだが
ユウには視えるかもしれないと
何処かで思っていた。
「ユウ君。
卿には、その花弁と鱗が視えるのだね?
それを鏡に映してみたまえ」
言われた通りに
姿見まで栞を持って行った
ユウの背中が震えていた。
私にも鏡に映った栞は
唯の紐と透明な樹脂にしか視えない。
「それは夢の中から私に付いてきた
セイリュウの鱗と、サクラの花弁なのだよ。
⋯私の話を信じるかね?」
蒸らしを終えたティーポットから
紅茶を2つのカップに注いでいく。
ヨロヨロと近付いてきたユウを
椅子に促し座らせると
そっと落ち着かせる様に紅茶を差し出す。
「⋯信じます。
ロロ先輩⋯教えてください。
先程、仰っていた
異世界を渡る者の事を!」
「⋯良かろう」
ユウの目には決意が灯っていた。
私は転移魔法で
ゲストルームから椅子を1つと
スケッチブックを取り寄せ
ユウの隣に椅子を置いて腰掛けると
机上でスケッチブックを開き
羽根ペンを滑らせた。
「これが、卿には読めるかね?
私が視たサクラの横に
この文字が彫られた石碑があったのだよ」
ユウの目が、皿の様に大きく見開かれ
震える唇が音を紡いだ。
「櫻塚⋯時也。此処に眠る⋯
これ、日本語です⋯。
俺の居た〝世界〟の⋯言葉なんです」
ー石碑にあったのは
やはりトキヤの名か⋯ー
「左様。
私にサクラを視せたのは
そのトキヤという名の男だった。
そして、異世界へと渡る能力を持つ者の名が
セイリュウ、 その鱗の持ち主だ」
スケッチブックに
トキヤの衣装を簡易的に描いていく。
「これって、狩衣だ。
セイリュウ⋯鱗⋯
青龍か⋯!
もしかして、この人は⋯陰陽師?」
ブツブツと零れていくユウの言葉は
聞き慣れない彼等の言葉
そのままだった。
「 オンミョウジとは
異世界の魔法士の事なのであろう?
トキヤが歴代最高のそれだと聞いたが」
徐々に、私の中でユウは
トキヤと同じ世界から
やって来たのだと確信めいてくる。
「歴代最高⋯?
異世界⋯
俺の世界で、歴代最高の陰陽師は
1000年以上も前の人物で
妖狐から産まれた、なんて諸説もあり⋯
いろいろと死亡の記述が曖昧なんです。
もしかして⋯異世界に渡っていたから?」
1000年⋯
そんな気の遠くなる様な長い時を
あの者達は魔力という悪しき力に
苦しめられていたというのか。
互いに最愛の者と生き別れ
生きて逢う事も
死して伴になる事もできない。
紅蓮の花に引き離される彼女とトキヤの
見つめあう刹那の表情が
今も胸から離れない⋯
「政治の道具で在る事に倦み疲れ
セイリュウと共に異世界へ渡ったと
奴は言っていたな⋯。
ヨウコから産まれた⋯とは?」
「妖狐とは、簡単に言うと狐の魔物です。
姫に化けた妖狐との間に
産まれたとされる人が
歴代最高の陰陽師になったのですが⋯
この名前の人物では無いんですよね」
スケッチブックに書かれたトキヤの名を
ユウが怪訝そうな面持ちで眺める。
「名を棄て、変えたか⋯。
だが、トキヤと卿の話す人物が
同一であるのだろうと私は思う。
何と言うか、狐の様な胡散臭さが
奴にはあるのだよ。
それを聞いて、腑に落ちたと言う所だ」
「ロロ先輩
一つ疑問なのですが⋯
俺の言った人物は
1000年も前に生きていた人物です。
彼は今も⋯生きているんですか?
それとも、ゴースト的な存在なんです?」
ユウの問いに
何と応えるべきか⋯?
「奴は異世界に渡った後、一度は死に
特殊な魔力で育った
墓標代わりのサクラから再び生命を得た。
そして、死せぬ躯となっていた。
奴もまた、魔力の犠牲者の一人なのだよ⋯」
魔力など、どの世界にも無ければ
彼等は、弟は
幸せに笑いながら一度きりの生を
謳歌していたに違いない。
魔力など無ければ⋯
「なるほど⋯
墓標代わり
つまりは死者が埋まっていたから
この桜の花弁は
こんなにも〝紅い〟色をしてるんですね」
ー紅い色⋯?ー
樹脂に閉じ込めた花弁を揺らし
眺めているユウの表情から
嘘を言っている様には視えなかった。
私には白に限りなく近い
薄紅に視えるというのに。
ー私とユウ君とでは
視え方が違うのか?ー
途端に、サクラの記憶で
彼等の躯の肉を掻き分け蔓が穿く
あの不快な感触と
泣き叫び猛り燃える様に
紅く紅く咲き乱れるサクラが想起される。
不快さに、私の躯が小刻みに震えた。
「⋯ロロ先輩?
ナイトレイブンカレッジに来たばかりで
こんな時間まで起こしてしまって
すみませんでした!
疲れてますよね⋯」
ガタリとユウが椅子から立ち上がり
帰り支度を整え始める。
「そういう訳では⋯」
要らぬ気を遣わせた事を否定しようとしたが
時計を見遣ると確かに夜も遅い。
いつも眠れぬ長い夜を過ごす私とは違い
ユウには睡眠が必要だ。
気を遣わなければならないのは
寧ろ私の方なのであろう。
スケッチブックを片付けようと
持ち上げたその手を、ユウがピタリと止め
少しの間、何かを考えている様子だったが
再度開き直すと、私の羽根ペンを滑らせた。
「これが
俺の世界の文字で書いた
俺の名前です!」
開かれたページにはトキヤと同様
やたらと線が多く角張った
文字とは到底思えないものが
私の描いたサクラの横に書き出されていた。
「卿の名は
フルネームで何と読むのかね?」
「土御門 龍晴と読みます!
この世界のみんなは
発音が聞き取り難いらしくて
それで龍から〝ユウ〟って呼ばれるんですよ」
にこりと満面の笑みで
ユウが再度、一文字ずつ指でなぞり音を紡ぐ。
「リュウセイ⋯」
何と言う偶然なのだろうか?
セイリュウと瓜二つの顔に
名前まで似ているとは。
「では私も皆に習い
卿の事はこのまま
ユウ君と呼ばせて貰おう。
最後に一つだけ聞きたいのだが⋯
卿には魔力が無いと聞いたが
それでもオンミョウジとは
関連があるのかね?」
うーん、と
華奢な指を顎に添え、 ユウが首を捻る。
「俺の世界、俺の居た時代では
陰陽道⋯魔法を使える人間は居ないんですよ。
一応、俺の家は、その歴代最高の陰陽師の
嫡流ではあるんですが⋯ 」
ーユウ君の世界には
もう、魔法を使える者がいない?ー
そして、オンミョウジの血筋⋯
「では、長々と話しちゃって
すみませんでした!
良ければ⋯明日も続きを話したいんですが
良いですか?」
「無論、構わない。
私も話したいと思っていた所だ。
ノーブルベルカレッジと違い
此処では生徒会業務が無いから
放課後は時間があるのでね。
では、おやすみ。ユウ君」
おやすみなさい、と
軽く頭を下げた後
ドアへと向かったユウだったが
くるりと踵を返して
私の元へと戻ってくる。
「ロロ先輩!
一晩だけ⋯栞をお借りしても良いですか?
桜を視ていたくて⋯」
恐る恐る強請り事をする子供の様に
セイリュウと瓜二つの顔で頼まれては
私に断る余地は無く
机上の栞をユウに差し出した。
「サクラは卿の故郷の花なのであろう?
帰れぬ卿の辛さは、私には計り知れない。
これで少しでも癒えるのなら、構わないよ」
「ありがとうございます⋯!
では、おやすみなさい!
また明日」
軽い足取りでユウが部屋を去ると
廊下の軋む音が徐々に遠ざかっていく。
暖炉の薪の爆ぜる音だけが
しんと音が張り詰める深夜に響く中
私は椅子に凭れ、深く息を吐いた。
ユウが居た世界には、魔法が無い。
トキヤは自らの世界の不死鳥を
セイリュウと共に屠ったと言っていた。
それから彼女の居る世界へ渡り
後の世が滅したのか、存続しているのか
知らない様子であった。
ー不死鳥が産まれ直して
魔力の無い世界になったのか⋯?ー
私もツイステッドワンダーランドという
この世界の不死鳥を屠れば
弟の無念と、私の積年の願いを
悪しき力に悲しむ全ての者の祈りを
叶える事ができるやもしれん。
オンボロ寮の軋むベッドに躯を横たえ
ハンカチを胸元に握ると
私は双眸を伏せ
夜闇に意識を預ける事にした。