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「…ねぇ、まろ」
「んー?」
夜。
ソファに並んで座って、2人で映画を見ていたときだった。
俺はまろの肩にもたれながら、ぼんやりと画面を眺めているのに。
普通に面白い映画なのに、なんだか急に気分が悪くなってきて。
最初は少し胃がむかむかするくらいだっのにだんだん視界がぐらぐら揺れ始めて、頭の奥がずきずきと痛み出す。
「…ちょい…気持ち悪い、かも。」
「え?」
「なんか、吐きそう…」
そう言った瞬間、喉の奥がせり上がってきた。
「っ、ぅ゙…、」
「え、ちょ、あにき!?」
慌てて立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らない。
まろがすぐに身体を支えてくれたけれど、間に合わなかった。
「っ、げほ…う、ぅ…」
その場で吐いてしまった。
「あにき?ちょ、大丈夫?」
まろの声が、いつもよりずっと大きく聞こえる。
背中をさすってくれる手が優しくって安心するのに、気持ち悪さは全然引かない。
「はぁっ、は…っ、頭、痛い…」
「頭も痛いの? 目眩する?」
「…ぐるぐる、する…」
「そっか。わかった。無理に動かんといてな」
まろは俺の身体を支えながら、横に向いた状態で寝かせてくれた。
そのまま片手で俺の背中をゆっくりさすり、もう片方の手でスマホを取り出す。
「救急車呼ぶね」
「え…、そこまでじゃ…」
「よくないよ」
いつも穏やかなまろの声が、少し震えていた。
「こんな顔色悪いんやから、我慢しないで」
そう言って、まろは119番に電話をかけた。
電話で症状を伝えながらも、背中をさする手は止めない。
「はい、急に吐いて…目眩と頭痛もあるみたいで。意識はあります。はい、住所は…」
まろの服の裾をぎゅっと掴むと、まろは穏やかな笑顔を浮かべてくれた。
「…まろ」
「うん、どうした?」
「…なんでもない。」
その瞬間、まろの手が一瞬だけ止まった。
そして俺の目線に合わせて、しゃがむ。
「大丈夫。俺がいるよ」
「救急車すぐ来てくれるからね。」
「…うん」
「背中、さすってるから。気持ち悪かったら我慢しなくていいよ」
その手の温かさだけを頼りに、俺は目を閉じた。
病院に着いてからのことは、あまりよく覚えていない。
救急隊員さんに運ばれて、いくつか質問をされて、検査をして。
気づいたときには、病室のベッドに寝かされていた。
頭はまだ少し重いけれど、家にいたときよりはずっと楽になっていた。
「…ん」
目を開けると、外は明るくなってきていて、すぐ隣にまろがいた。
ベッドサイドの椅子に座って、俺の手を両手で包み込んでいる。
「…まろ?」
「っ! 悠佑!」
俺が声を出した途端、まろが勢いよく顔を上げた。
「よかった…! 起きた…」
嬉しそうなまろの目の下には、うっすらと隈ができていて、髪も少し乱れている。
きっと、ずっと俺のそばにいてくれたんだなーなんて、少しだけ心が温まった。
「俺、どうなったん…?」
「結構、貧血がひどかったみたいやね。先生が詳しく調べてくれて、今は輸血してもらってるところ」
そう言われて、初めて自分の腕に点滴の管が繋がっていることに気づいた。
赤い血液が、透明な管をゆっくりと流れている。
「…これ、血?」
「うん。必要な分を補ってもらってるんだって」
まろはそう答えながら、俺の手をそっと撫でた。
でも、その表情は全然安心しているようには見えなかった。
眉間にしわを寄せて、俺の腕をじっと見つめている。
「…まろ?」
「ん?」
「心配してるん?」
「してるよ」
即答だった。
「ものすごく心配してる」
「…すまん、」
「なんで謝るの」
まろが俺の手をぎゅっと握った。
「家で一緒に映画見てただけやのに…」
そこで一度言葉を切る。
すると、まろがふぅ、とためていた息を吐き出しながら、額に俺の手を持っていった。
「俺、ほんとに怖かった」
初めて聞く声だった。
いつも俺を安心させてくれるまろが、こんなに不安そうな声を出すなんて。
「救急車呼んでる間も、ずっと苦しそうだったし。俺、背中さすってることしかできなくて…」
「そんなことないやろ」
俺は、握られている手に少しだけ力を込めた。
「ずっと、背中さすってくれてたやん」
「…うん」
「それ、すごく安心した」
まろの目が、ゆっくりと俺を見る。
「まろの手、あったかかった」
「…そっか」
「やから、ありがとう」
まろは何も言わずに、俺の手の甲を撫でてる。
しばらくして、小さな声が聞こえてくる。
「…よかった」
「ちゃんと…目が覚めてくれてよかった」
その声は少し掠れていた。
俺は自由なほうの手を伸ばして、まろの髪をそっと撫でた。
「…まろも、疲れたやろ」
「俺は大丈夫だよ」
「くまあるで」
「あにきのほうが大変だったでしょ」
「俺のことはいいの」
そう言って、まろは俺の手を頬に当てた。
そのまま、ホッとしたように目を閉じる。
「今は悠佑のことだけ考えさせて」
「…うん」
「もうちょっとだけ、こうしててもいい?」
「ええよ」
まろの指が、俺の手に優しく絡まる。
輸血の管が繋がった腕は少し動かしにくいけれど、まろの手はちゃんと握れた。
「ねぇ、まろ」
「なぁに?」
「映画、途中やったよな」
するとまろは、少しだけ笑った。
「そんなんどうでもええよ」
「続き、気になる」
「えぇ、じゃあ、退院してから見よ。何回でも一緒に見るからな」
そう言って、まろは俺の額にそっとキスをした。
「やから今は、ゆっくり休んでな」
「おぅ…」
「寝てていいよ、どこも行かへんからな」
「ずっと?」
「ずっと、やから、安心しなね」
その言葉に安心して、俺はゆっくりと目を閉じた。
眠りに落ちる直前、頭に優しい手の感触がある。
家で気持ち悪くなったときと同じ、ゆっくりとした手つき。
「…よしよし。大丈夫やで」
まろの声が聞こえる。
「もう怖くないからな」
その声に包まれながら、俺はもう一度眠りについた。
目を覚ましたときにも、隣にいてくれる人がいる。
それが何よりも嬉しかった。