テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
だが、翌年の1月、軍事独裁政権であるという理由で、他のG7諸国が日本のG7からの除名を検討すると発表。米国の仲裁により、除名の正式決定は一時延期となったが、貿易への悪影響を危惧する財界は、「深刻な懸念」を表明した。
中華人民共和国と韓国の政府は「日本の再軍国主義化が現実のものとなった」と共同声明を出し、在東京大使館を一時閉鎖、大使を召還し、国交断絶も辞さないと日本軍政本部に通告した。
ここに至って、1月の末、ついに皇室から日本国の現状に関する「憂慮の念」が、宮内庁を通じて表明された。
軍政本部はただちに使者を皇居へ派遣。皇居の各門は固く閉ざされ、その後ろでは全宮内庁職員が竹槍を持って、悲壮な覚悟で立てこもっていた。
国防軍部隊が皇居に乱入する事を予想し、たとえ刺し違えてでも皇族方をお守りするつもりだった。だが、大手門に軍の礼装でたった一人で現れた使者は、「日本国の象徴たるお方からの言葉を重く受け止め、そのご深慮に心より感謝する」と口上を述べた。そして翌日の軍政本部の公式発表をご覧いただきたいとだけ言い残して、そのまま去って行った。
肩透かしをくらって、呆気に取られた宮内庁職員たちは、そのまま地面にへたり込んだ。公職追放の例外として在職していた侍従長は、抜けた腰が元に戻らず、宮内庁病院に緊急搬送された。
そして翌日、全てのテレビ局が生中継する中、暫定首相はまず皇居の方向に深々と一礼したのち、その重大発表を行った。
「畏れ多くも、日本国および日本国民統合の象徴であらせられるお方のお言葉に従い、我々軍政本部は、クーデター決行の日から数えて満8年が過ぎた時をもって、我が国の統治権を民主的に選出された国民の代表に返上する事を決定した。その日をもって、効力を停止させている日本国憲法の条文は全て復活し、満65歳以上の国民の参政権も全面的に復活する」
この8年間というのが、衆議院議員の任期2回分に相当する事が、単なる偶然だったのか、秘めた意図があったのか、それは歴史の謎となった。
とは言え、65歳未満の日本国民の大半が、やっとクーデターの本当の目的に気が付いた。
少子高齢化、高齢者福祉のための政府歳出のとめどない増加、そういった問題を解決しようとして行われた法改正、住民投票がことごとく、人口の圧倒的多数を占める高齢者の反対で頓挫していたからだ。
つまりその8年間の間なら、高齢者の参政権が停止されているのだから、シルバー民主主義に邪魔される事なく、必要な改革のための住民投票が可能だという事だ。
早速日本各地で住民投票や自治体の条例改正が行われ、国政レベルでも軍政本部が指名した若手の有識者たちにより、法改正が矢継ぎ早に行われた。
一定以上の資産のある高齢者への公的年金の支給減額あるいは支給停止、既存の市域を統合する大規模自治体再編、耕作放棄地の集約による農地の大規模化などなど、シルバー民主主義の下では、到底不可能だった大胆な改革が、決定されていった。
こうして日本社会はゆっくりと徐々にではあるが、活気を取り戻し、クーデターから4年目には、合計特殊出生率、つまり一人の女性が生涯に何人の子供を産むか、の数字も10年ぶりに大幅な上昇に転じた。
いよいよ、来年の9月には軍政が終了する年になり、二人の70歳前後の老人が行きつけの居酒屋で酒を酌み交わしていた。
白髪だがまだふさふさした髪の男が、頭頂まで見事に禿げ上がった友人にビールを注いでやりながら言った。
「いつまでふてくされてるんだ? 来年には全部元に戻るんだから、いいじゃないか」
「ヒック、ちくしょうめ。そりゃ分かってるけどね」
「別に俺たちの年金は減らされてないし。それに、確かにしばらくの間だけ若いやつらに政治を任せるのは正解じゃないのか? 俺たち年寄りはどうしても変化を嫌うからな」
「俺が気に入らないのは、これだよ!」
そう言って老人は上着の内ポケットから小さなカレンダーを取り出した。それはクーデターの年の9月のそれだった。
「まだ未練がましく、そんな物持ち歩いているのか? いろんな改革のおかげで、俺たちの子供や孫の将来も明るくなるし、もういいじゃないか」
「俺だって、そこに文句はないよ。だけど、これはないだろ?」
そう言って彼はクーデター決行の日の日付をカレンダー上で指差した。
「9月の第3月曜日だろ? それがどうしたんだ?」
「そういう目的のクーデターだったんなら、なおさらだな」
その老人はしつこくカレンダーを指差しながら言った。
「なにも、よりによって、敬老の日に決行しなくてもよさそうなもんじゃないか!」