そのときだった。
風が吹いた。
イギリスの身体が、縁から――ふわりと浮いたように、落ちていった。
仏「……ッ、イギリス!!」
咄嗟に手を伸ばした。
でも、間に合わなかった。
声も、足も、祈りも、何ひとつ間に合わなかった。
空気を切る音。
そのあとに訪れる、濁音のような衝突音。
その全てが、現実だった。
気がつけば、僕は救急車のサイレンの中にいた。
だけど、何も聞こえなかった。
あんなに喋ってくれた君が、
今は何も言ってくれない。
花を渡す手も、もう動かない。
隣のシートに置かれた袋の中――そこに入っていたのは、くしゃくしゃに握られたサンダーソニアの花だった。
透明な花弁。
風に揺れると、鈴のように鳴りそうなその形。
僕の手は、震えていた。
仏「……なんで、渡したんだよ」
答えは返ってこない。
だけど、その花に添えられた小さな紙切れが、一枚だけ入っていた。
《君の手が、届きますように。》
…
間に合わなかった。
でも――
葬儀のあと、僕は絵を描き続けた。
君が最後に見せてくれたサンダーソニアの花を、
何十枚も、何百枚も。
言葉にできなかった“助けて”を、何度もキャンバスに描いて、
ようやく、ひとつだけ、確かなことを見つけた。
“生きてる僕にしか、できないことがある”
だから僕は、今日も誰かに花を渡す。
今度は僕が、あの花を持つ番だ。
君の代わりに。
「――助けて、って言っていいんだよ」
そうやって、生きていく。
君が残してくれた願いの続きを、今度は僕が叶えてみせる。
それから、ひと月が経った。
空は相変わらず白くて、
あの日のように、ぼんやりしていた。
仏「……来るの、遅くなってごめんね、イギリス。」
静かな墓地の奥、
控えめに名を刻まれた白い墓石の前で、僕はひざをつく。
手に持っていた花をそっと置いた。
サンダーソニアだった。
あの日、君が最後にくれた花。
「助けて」と言って、落ちていった、あの夕暮れ。
だけど今日は、僕から君に。
仏「“助けて”の代わりに、“ありがとう”を渡しにきた」
風が吹く。
まるで君の皮肉っぽい息遣いが、隣で笑っている気がした。
仏「本当はさ、いまだに思ってるんだ。“間に合った世界も、あったんじゃないか”って」
仏「だけど……僕は、この世界に取り残された」
仏「君の花を受け取ったまま、生きてる。だから……」
墓前に、そっともう一本、ポピーも添えた。
仏「君が慰めたかったもの、これからは僕が抱えていく」
仏「……あの時、君に伝えられなかった言葉、ようやく言えるよ」
一度、息を吸い込んでから、墓石に向かって微笑んだ。
仏「僕は、君が好きだったよ。――最初から、ずっと」
沈黙は答えてくれない。
でも風が、やさしくサンダーソニアを揺らした。
それはまるで、返事のようだった。
コメント
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めっちゃ好き泣けるわほんま 表現の仕方頭良すぎなんですよ天才ですか?
ハピエンが楽しみ…
😭😭😭