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「なんで僕たちを助けることにしたんですか?」
荒い息を吐きながら、カレラは隣を走るミネルヴァに声をかけた。彼女の足取りは軽く、迷いがない。だがカレラの問いに、少しだけ表情が揺れる。
「私たちはベンに従う。それだけだ。」
そっけない返答。しかしその言葉に反して、ミネルヴァの口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。自慢げというよりも、どこか誇らしげな微笑みだった。
「……」
カレラはそれ以上何も言えず、前方へと視線を戻した。
そして――視界に現れたのは、崩れかけたコンクリートの廃ビル。
ポイントD。
ビルの入り口付近には、すでに多くの吸血鬼たちが、のらりくらりとした足取りで中へと吸い込まれていく。まるで何かに導かれるように、群れは止まることなく動いている。
「……中にいる!」
ケイが鋭く声を上げる。
ビルの奥からは、不規則に鳴り響く銃声。そしてそれに混ざって、吸血鬼のうめき声や叫び声が聞こえてきた。戦闘は、すでに始まっている。
「シュウさんたち……!」
アナスタシアが顔を強張らせる。
空気が、急激に重たくなった。
次の一歩が、確実に死地へと踏み出すものだと、誰もが理解していた。
「全隊! 射撃始めぇ!!」
ミネルヴァの声が廃墟に響き渡った瞬間、レジスタンスの兵たちが一斉に身を起こし、訓練された動きで陣形を整える。
直後、怒涛のような銃声が鳴り響く。閃光が走り、吸血鬼たちの肉体が火花を散らして崩れ落ちていく。
「グレネード!!」
背後で、ガタイのいい男が叫ぶと同時に、自身の口でピンを引き抜いた。手慣れた動作だった。銀色の金属片を放るように前方へ投げる。
――ドゴォォォォン!!
破裂音とともに、爆風が吸血鬼の群れを呑み込み、数体が宙に舞い上がった。黒い血が空を裂き、破片が雨のように降り注ぐ。
「俺たちも行こう!」
ケイが短く叫ぶ。鋭い視線で前方を睨みながら、背中に携えた刀の柄に手をかける。
「うん!」
カレラも頷き、足を踏み出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ビルの階段で、エデン、シュウ、ジークの3人は押し寄せる吸血鬼の群れを何とか食い止めていた。
「階段で戦うなんて、なんだか新鮮だね!」
エデンは笑いながら手すりを滑り、吸血鬼の首筋に鋭く刀を振り下ろす。断末魔の声を上げて吸血鬼が崩れ落ちた。
「確かに……だが、流石に多すぎる。次の階でもう一度体勢を立て直すぞ!」
シュウが叫び、ひと足先に階段を駆け上がる。エデンもそれに続く。
「早く来い。援護は俺がやる。」
ジークは立ち止まったまま、冷静にリボルバーを構える。無駄のない動作で引き金を引くたび、一発一発が吸血鬼の頭を的確に撃ち抜いていく。
パンッ、パンッ――頭部に命中した吸血鬼たちは音もなく崩れ、後ろから押し上げられるように次の群れが迫ってくる。
「ジーク、かっこいい!」
エデンがジークの隣に滑り込み、刀を構え直す。彼の目の奥には興奮と緊張が混じっていた。
「あと七階で最上階……一体いくらいるんだ?」
シュウが手すり越しに下の階を覗き込む。見下ろす先には、果てがないかのように続く吸血鬼の行列。血の臭いと足音が空間を満たしていく。
「今度こそ蹴落としてやる!」
エデンが叫び、刀を振るいながら吸血鬼の大群へと飛び込んでいく。
「エデン、前に出すぎだ!」
シュウの声が響いた瞬間、エデンが振り返る――が、次の瞬間だった。
ギシリッ――
エデンの足元が悲鳴を上げ、老朽化した鉄骨の足場が崩れる。
「うわっ!」
バランスを崩したエデンはとっさに手すりを掴む。体は宙ぶらりんになり、足が空を泳ぐ。
「危なかった……」
冷や汗をかきながら体を持ち上げようとした刹那、下から跳びかかる影があった。
「――っ!!」
吸血鬼の鋭い爪がエデンの足を引っかいた。
「いてっ!」
エデンの悲鳴と共に血が飛び散る。足の傷から、どくどくと赤が垂れ落ちていく。
「エデン!」
叫びながら、シュウとジークが駆け寄る。ジークが片手で支え、シュウが腕を引く。力を合わせてようやくエデンを引き上げた。
その下では、崩れた足場が瓦礫となって吸血鬼の行進を一時的にせき止めていた。
「足場が崩れたおかげで、奴らはもう登ってこれない……が、俺たちも降りられなくなったな」
ジークは冷静に周囲を確認し、出血しているエデンを抱きかかえる。
「とにかく最上階へ行く。エデンを治療するぞ」
「……ああ」
シュウは頷き、背後の吸血鬼を睨みながらジークのあとを追った。
狭い階段に、緊迫した息遣いと血の臭いが漂っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「カレラ!これじゃ、あの3人の救出は無理だ!」
ケイが叫びながら大太刀を振り抜く。鉄の塊のような刀身が弧を描き、吸血鬼たちの腹を一閃にして裂いた。黒い血が弾け、地面を汚す。
「どうすれば…っ!」
カレラは息を切らしながら、戦いの合間に周囲を見渡す。割れた壁、軋む地面、そして――外壁に這うように伸びた、巨大な木の根と幹。
「……!」
目が見開かれる。
「ケイ! あの木を伝って、最上階まで行けるかもしれない!」
言い終えると同時に、カレラは一体の吸血鬼を蹴り飛ばし、身をひねってケイの元へ駆け寄る。
「そんな無茶なこと、できるわけ……っ!」
ケイが言いかけたその瞬間、背後から迫っていた吸血鬼に気づく。素早く振り向き、大太刀の柄で突き飛ばす。
「ありがと!」
カレラはケイの肩を踏み台にして跳躍。空中で体をひねり、迫る吸血鬼の首筋を一閃。
着地と同時に顔を上げ、木の根に向かって再び走り出す。
「どうせ無茶するなら――派手に行こう!」
ケイも背後に迫る吸血鬼たちに一瞥し、大太刀を構え直した。
「カレラ! 大太刀に乗れ!」
ケイが叫び、大太刀を地面すれすれの位置でしっかりと構える。
「わかった!」
カレラは走りながら跳躍し、一直線にケイの大太刀の上へと飛び乗った。足裏に伝わる鉄の感触と、ケイの気配。
「向こうは任せたぞ!」
ケイが全身の力を込めて、大太刀を振り上げる。
「――いっけぇぇぇぇッ!!」
その瞬間、カレラの体が大きく宙を舞う。風を切る音、広がる視界。吸血鬼の群れの上を飛び越え、勢いそのままに外壁に絡みついた木の幹へと手を伸ばす。
ガシッ!
指先が幹を掴んだ。ギリギリで滑ることなく、腕の力だけで体を引き寄せる。
「っしゃあああっ!!」
カレラはそのまま木を駆け登っていく。下では、ケイが一人、背後の吸血鬼たちに立ちはだかっていた。
「あの2人……すごいな……」
レジスタンスの一人が、ライフルを構えながら感嘆の声を漏らす。発砲の合間にちらりとケイとカレラの動きを目で追う。
「化け物みたいな動きだ。いや、いい意味でな」
別の隊員が苦笑しながらも頷く。
アナスタシアはそんな彼らの言葉に満足げに胸を張る。
「ふふん、私が一番信頼してる仲間だからね!」
その言葉に、ミネルヴァは横目でアナスタシアを見て、小さく「ふーん」と鼻を鳴らす。
視線はすでに戦場の中、木を駆け登るカレラと、背後を守るように立つケイへと向けられていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
屋上――
ジークがカバンから血液パックを取り出し、
シュウは階段を睨みながら、エデンの出血箇所をしっかりと押さえる。
「エデン、これを飲め!」
ジークが血液パックをエデンの口元に差し出す。
──ギュル…ギュル…
エデンが吸い込むように血を飲むと、傷口が見る間に塞がっていく。
「…ありがとう、ジーク」
エデンは息を整え、立ち上がった。
そのとき、階段からは再び激しい物音が響く。
吸血鬼たちが、互いを踏みつけながら屋上へと迫ってくる。
「まずい……このままだと、すぐここまで来る」
階段の影を覗き込んだシュウが、低く呟いた。
「お前たちだけでも窓から逃げろ」
ジークがリボルバーを構えたまま、静かに、だが強く言い放つ。
「な、なんで!? ジークも逃げようよ!」
エデンが叫び、彼の服を掴む。
ジークはその手を見下ろし、ゆっくりと首を振った。
「俺は人間だ。だが、お前たちの運動神経なら……あの高さでも降りられるはずだ」
「そんなの、できないよ!」
エデンは助けを求めるように、シュウを見る。
その視線に応えるように、シュウは刀を抜いた。
「……ここでやるしかない」
短くそう言って、体勢を整える。
その瞬間、吸血鬼の一体が、仲間の背を踏み足場にしながら屋上へと這い上がってくる。
「──ッ!」
ジークのリボルバーが火を噴いた。吸血鬼の頭部が弾け飛ぶ。
彼は振り返り、ふたりを睨むように叫ぶ。
「早く行け!! まだ間に合う!!」
屋上に鳴り響く怒号。
その間にも、吸血鬼たちの影が階段から溢れ出そうとしていた。
大量の吸血鬼が一斉に押し寄せ、3人に襲いかかろうとした──その時。
パリーンッ!!
背後の窓ガラスが激しく砕け散り、
破片とともに、ひとりの影が屋上に飛び込んできた。
「──先生!?」
シュウが思わず声を上げた。
カレラはその声に応えるように一瞬だけシュウを見て、すぐさまジークの方に駆け寄る。
「ジークさん、血液パックを!!」
ジークは咄嗟にバッグからパックを取り出し、カレラに投げ渡す。
カレラは空中でそれをキャッチし、蓋を勢いよく引きちぎる。
チュク……ゴクンッ…
喉を鳴らして血を飲み干すと、
カレラの瞳が紅く染まり、腰の刀を抜いた。
「ここからは──ヒーローの時間だ!」
その声と同時に、空気が一変する。
吸血鬼が飛びかかってくる。
だが、カレラの動きはそれを遥かに上回った。
一歩踏み込み、横薙ぎの一閃。
斬撃が赤い弧を描き、首が宙を舞う。
「まずは一体!」
即座に次の敵へ。
振り返りざま、逆手に構えた一撃で喉元を断ち切る。
「次!!」
三体目、四体目が左右から襲いかかる。
カレラは地を蹴って跳躍し、宙で一回転。
落下の勢いそのままに、刀を振り下ろす。
――両断。
「まだだ!」
膝をついて着地。
だが次の瞬間には、すでに姿がない。
残った吸血鬼たちが反応する前に、赤い閃光が駆ける。
斬撃の残像が空を裂き、瞬く間に屍の山を築いていく。
シュウは呆然とその様子を見つめていた。
(あれが……先生の本気……? 速すぎる!)
まるで吸血鬼たちが止まって見えるかのような速度。
そのすべての動きから“無駄”が削ぎ落とされていた。
的確で、鋭く、美しかった。
その時――。
吸血鬼の鋭い爪が、カレラの腕を切り裂く。
「っ……!」
カレラはその吸血鬼を斬り捨て、三人の元へ飛び退く。
……ギュルギュル……
傷口が瞬時に再生していく。
「ハァ……ハァ……」
押し寄せる吸血鬼を斬り捨てていくカレラ。
だが、どれだけ倒しても終わりは見えなかった。
「キリがない……!」
カレラは周囲を見渡す。
ジークの背負ったバックパック。
ジッパーの隙間から、銀色の機体がわずかに覗いている。
「飛行支援ユニット!」
脳裏に、ある“可能性”が閃く。
返り血と体液が床一面に広がり、赤黒い血溜まりがまるで導線のように輝いていた。
「ジークさん! それを渡してください!」
カレラが叫ぶ。
ジークはちらりとバッグを見るが、すぐに顔をしかめる。
「……これはVWAの支給品だ。高価すぎる。騎士団がレンタル料を――」
「すみません、借ります!」
シュウが素早く動いた。
ジークのバッグに手を突っ込み、ユニットを引っこ抜いてカレラに投げる。
「ありがとう、シュウさん!」
「先生はあれで一体何を……?」
シュウが首を傾げる中、カレラはユニットを受け取り、刀の柄を端子に叩きつける。
「これで……終わりだ。」
バチバチバチッ!!
飛行ユニットが火花を散らし、カレラはそれを血溜まりへと滑らせる。
次の瞬間――。
バリバリバリバリィィィッ!!
電撃が血を媒介にして室内を駆け巡る。
吸血鬼たちは叫ぶ暇もなく、痙攣しながら倒れていった。
肉が焼ける匂い。立ちこめる蒸気。
一瞬のうちに、室内の動きが止まる。
ジークは煙の中で顔をしかめ、呆然と呟いた。
「……感電、させたのか……?」
カレラは、身体中に返り血を浴びながら、静かに階段の方へと視線を向けた。
滲む血が額をつたって、顎の先からぽたりと落ちる。
下の階で数発、銃声が鳴った。
直後に訪れる、圧倒的な静寂。
死の余韻が、廃ビル全体を包み込む。
その沈黙を破ったのは、弾けるような声だった。
「先生! さすがです!」
シュウだった。駆け寄りながら、満面の笑みを浮かべている。
カレラは、はっとして視線を戻す。
目の色がすっと青に戻り、血まみれの顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。
「シュウさんの助けがあってこそだよ。」
その声には、さっきまでの戦闘の気迫はなく、いつもの柔らかい調子が戻っていた。
その隣で、エデンが少し俯きながら言葉を吐き出すように口にする。
「カレラ……さん、その、ありがとうございます。それと……今まで、酷いこと言って……ごめんなさい。」
頬を赤らめ、視線を合わせようとしない。
カレラは慌てて手を振りながら、エデンに近づいた。
「エデンさん、そんな急に敬語にならないでよ! 今まで通り接してくれると僕も嬉しいよ!」
そのまま、くしゃっと照れたように笑う。
そのやりとりに空気が少し和みかけたその時――。
「下も片付いたみたいだ。一度下に行こう。」
ジークが無線機を片手に、短く言った。
戦闘用ゴーグルを上げたその表情には、ようやく警戒を解いた安堵の色がにじんでいた。
4人は階段を駆け下り、一階へと辿り着いた。
そこには、床一面に広がる吸血鬼の死体の山――赤黒い血の匂いが漂う中、その中心で、大太刀を地面に突き刺し、それにもたれかかるようにして立つケイの姿があった。
カレラが目を見開く。
「この量を……ひとりで!?」
ケイは、こちらに気づくと大きく手を振った。
「みんな! 無事だったか?」
「すごすぎる……」
カレラは思わず呟き、倒れた死体を避けながらケイへと歩み寄る。
「レジスタンスの皆さんのおかげだよ。大半はあの人たちがやってくれた。」
ケイはそう言って、背後に目をやる。
視線の先――
ミネルヴァが、例の赤く染まったマークの前に立ち、じっと見つめていた。
ジークが一歩踏み出す。
「あなたが……俺たちを助けてくれたレジスタンスか?」
ミネルヴァは振り返り、ジークを一瞥する。
「あぁ、そうだ。お前は……人間だな。」
そして、エデンとシュウに目を移し、静かに呟く。
「あの2人の子供もデッドマンか……」
「あぁ。」
ジークが短く答える。
「私は第一開拓隊隊長、ミネルヴァだ。」
ミネルヴァが手を差し出す。
「十字騎士団、B班隊長のジークだ。」
ジークも手を伸ばし、握手を交わした。
その横では――
「ケイさんすごい! そんなに大きい武器、よく使えるね!」
エデンが、すっかり元気を取り戻した様子で声を上げた。
「まぁな。持ってみるか?」
ケイは大太刀を軽々と持ち上げ、柄をエデンに差し出す。
「……重っ!? こんなの振り回してるの!?」
両手で必死に持ち上げようとするが、刃の方が床から離れない。
「カレラくん!」
背後から声が飛ぶ。振り返れば、アナスタシアが駆け寄ってくる。
「アナス!」
「もう、急に壁を登り始めるからびっくりしたよ! それより、上の方はどうだったの?」
「飛行支援ユニットを犠牲にして、なんとか助かったよ。……でも、もうこの拠点は使えそうにないな。」
カレラは辺りを見渡す。赤く濡れた床、壁、そして散らばる死体――
この場所に「拠点」という名は、もう相応しくなかった。
「確かに、ここは……」
アナスタシアが地図を広げ、代わりの拠点を探し始めたその時、ミネルヴァが近づいてきた。
「だったら、うちのキャンプで夜を明かせばいい。」
思いがけない提案に、カレラとアナスタシアが同時に声を上げる。
「いいんですか!?」「いいの!?」
「そんなに驚くなよ。私たちは肩を並べて戦った仲間だろう? それに、ベンも喜ぶさ。」
ミネルヴァはふっと笑った。
その笑みは、戦士としてではなく、人としての柔らかさがにじんでいた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここがレジスタンスのキャンプか……」
ジークは足を止め、眼前に広がる光景をじっと見つめた。
「報告にあった通り、予想以上に大きいな。」
キャンプは周囲を簡易な柵で囲まれ、内部にはテントがいくつも立ち並んでいる。
各所には明かりが灯され、人々が忙しなく行き来していた。
「すご! 明るい!」
エデンが目を輝かせる。
「人が……たくさんいる……」
シュウは少し戸惑い気味に、カレラの背中の影に身を寄せた。
カレラたちが足を踏み入れたその時――
「助けてくれたお兄さん!」
小さな声が響き、カレラとケイの前にひょこっと一人の少女が現れた。
「君は……あのときの!」
ケイが驚いたように声を上げ、しゃがみこんで目線を合わせる。
「怪我は大丈夫かい?」
少女は満面の笑みで大きく頷く。
そのすぐ後ろから、少女の母親が歩み出て、深く頭を下げた。
「あの時は本当に……ありがとうございました。命の恩人です。」
「い、いえいえ! こちらこそ……!怖がらせるようなこと、してしまって……っ」
カレラは慌てて両手を振り、あたふたと頭を下げ返す。
そのやり取りを微笑ましく見ていたミネルヴァが、テントの幕を押し上げて声をかけた。
「みんな、ベンが呼んでる。こっちに来てくれ。」
テント内――
「また会えて嬉しいよ、十字騎士団の諸君。」
長机を挟み、椅子に腰かけたベンが微笑みながら言った。
「ベンさん! 第一開拓隊の皆さんを派遣してくださって、本当にありがとうございます!」
アナスタシアが手帳を胸に抱きしめながら、深々と頭を下げる。
「そちらの人たちに会うのは初めてだな。わしはレジスタンスI番隊のリーダー、ベンだ。よろしく頼むよ。」
「俺はこのチームの隊長、ジーク。この度はお力添え、感謝する。」
ジークが一礼し、ベンもそれに応える。
「僕はエデン! こっちはシュウ!」
エデンが元気よく名乗り、隣のシュウは少し緊張しながらも会釈する。
それを見て、ベンは優しく微笑み、再びジークの方へ視線を戻す。
「今夜はここで休んでいってもらって構わん。ただし、一つだけ約束してほしい。」
表情が引き締まり、声に重みが宿る。
「デッドマンの皆さんには、ここでの“覚醒”を控えていただきたい。この場所には、吸血鬼に家族を奪われた者、深く傷ついた者が多くいる。彼らの中には、デッドマンを見るだけで恐怖を思い出す者もいる。……理解してくれるな?」
静かな口調だが、その言葉には切実な思いがにじんでいた。
デッドマンたちは真剣な面持ちで黙って頷く。
「ありがとう。なら、キャンプを出て右手にある空きテントを使ってくれ。」
「この度は、本当にありがとうございます。」
ジークを筆頭に一同が深く頭を下げ、テントを後にしようとする。
「……君たち、ちょっと待ってくれ。」
ベンの声に、アナスタシア、カレラ、ケイが足を止める。
ベンは机の引き出しから一枚の紙切れを取り出し、手渡した。そこには、星の中に十字架が描かれていた。
「これは君たちへの信頼の証だ。」
「……これは?」
アナスタシアが受け取った紙を見つめ、急いで手帳の最後のページをめくる。
「星に十字架……レジスタンスが信頼できる者に与える印。この印を他のレジスタンスに見せれば、協力者として認められる……! これって……!」
目を輝かせながら顔を上げるアナスタシア。カレラとケイも驚いたように目を見開く。
「このキャンプ以外にも、我々の同志は各地にいる。その印を持っていれば、きっと助けになってくれるだろう。」
ベンの穏やかな口調に、三人は顔を見合わせ、そして同時に深々と頭を下げた。
「「「ありがとうございます!!」」」
空きテント内ーー
簡素な作りだが、廃墟よりも何倍も清潔でエデンは心を弾ませる。
「久しぶりに綺麗なところで寝れる!」
「あんまりはしゃぐなよ。」
シュウはエデンを宥めるも、その顔はどこか嬉しそうだった。
皆が荷物を置き、整理しているとテントの幕が上がる。
「夕食ができた。みんな広場に集まってくれ。」
ミネルヴァの声に一同はテントを後にする。
広場にはいくつもの焚き火が焚かれ、その周囲にテーブルやベンチが並べられていた。食器を持ったレジスタンスの隊員たちが列を作っており、煙と香ばしい匂いが夜の空気に漂っている。
「いい匂い…!」
エデンが思わず鼻を鳴らす。
「炊き出しか。思ったより本格的だな。」
ジークが周囲を見回しながら呟く。
配膳をしている若いレジスタンスの女性が、カレラたちにも笑顔で声をかける。
「ありがとう、騎士団の皆さん。今日は特別メニューよ!」
渡されたのは、パンと煮込みスープ、炒めた野菜に加え、柔らかく煮込まれた肉の塊。
久しぶりの肉に、みんなの目が輝いた。
「……うまいっ!」「このお肉美味しい…!」
ケイやアナスタシアが感激したように次々と口に運ぶ。
「ありがてぇな…基地の外でちゃんとした肉が食えるのは…」
ジークも感慨深げにつぶやく。
だが、そんな中で一人、カレラは箸を止めていた。
「……うぅ、やっぱりこの食感、どうもダメだ……」
「……どうしたの、先生?肉、苦手なの?」
シュウが心配そうに覗き込む。
「うん、ちょっとね……」
カレラは曖昧に笑って答える。肉を噛んだ瞬間に、どうしても“あの時”の記憶がよみがえる。あの、血と脂の混ざった生ぬるい感触。
そう呟いて肉の切れ端を皿の端に寄せていると、隣にいたエデンの箸がスッと伸びた。
「……いただきまーすっ♪」
「あっ、ちょっ、エデンさん!?」
「カレラが残すなら、無駄にしちゃもったいないでしょ〜!」
ぺろりと肉を平らげたエデンは、満面の笑みで親指を立てる。
「やっぱ肉は最高!」
「まったく、はしゃぎすぎだって……」
シュウが呆れながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
焚き火がパチパチと音を立て、夜の広場は賑やかで、あたたかかった。
食後の片付けを終えたカレラとケイは、水場で手を洗いながらほっと息をついていた。
「ごちそうさまでした、って感じだね。久しぶりにちゃんとした食事だったし」
「…まぁ、カレラはほとんど食べてなかったけどな」
ケイが横目で笑うと、カレラは困ったように肩を竦めた。
「うん、やっぱり…ああいう食感、ちょっと苦手でさ…」
「そっか。でも、エデンが全部食べてくれて良かったな」
「うん……あの子、ほんとすごいよね」
一方その頃、焚き火のそばでは、エデンとシュウがレジスタンスの子供たちに囲まれていた。
鬼ごっこや簡単なゲームをしながら、笑い声が夜空へと跳ねていく。
シュウも最初は戸惑っていたが、次第に顔がほころび、楽しそうに輪の中で手を叩いていた。
その様子を、少し離れた場所からミネルヴァが黙って見ていた。
笑い合う2人の姿を目に焼き付けるようにじっと見つめ、彼女は小さく息をついた。
――この子たちも、本当はまだ、ああして遊んでいるべき年齢なのだ。
「……ミネルヴァさん」
背後からの声に振り返ると、アナスタシアがそっと近づいていた。
彼女は焚き火の光に照らされながら、穏やかな表情を浮かべている。
「子供たちが楽しそうで、何よりだな」
「はい。でも……私たちが守ってあげられる時間って、あまりに短いんですね」
ミネルヴァは目線を戻しながら、静かに言葉を紡いだ。
「私の願いは――子供たちが武器を持たずに済む世界を作ることだよ。
戦いなんて、大人の責任だろう? あの年頃の子たちに任せるべきじゃない」
アナスタシアはしばらく焚き火を見つめていたが、やがて小さくうなずいた。
「私は……できるだけ多くの人を助けたい。デッドマンでも人間でも関係なく。
でもその夢のせいで今、子供たちにも戦ってもらっている。
でも――いつか、吸血鬼がいなくなったその先では、ミネルヴァさんの願いが叶っているといいと思いました!」
ミネルヴァは目を細め、柔らかな声で返す。
「……その夢も、きっと間違いじゃないさ」
2人は火を見つめたまま、静かに頷き合った。
焚き火の火花がパチリと音を立て、ひとつ、夜空へと消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
A班――
「ザザッ……今日はここでキャンプをする。全員、周囲を警戒しながら荷物を運び出せ」
無線越しに響くレオナの声が、各自の耳元に届く。
直後、戦車が重々しい音を立てながら停止した。
「今日は早めに止まったね〜」
ユウマが手を後ろに組み、伸びをしながら隣を歩くレンに話しかける。
「そりゃそうだろ。あの奥、見えるか?」
レンがあごをしゃくって指差す先には、霞むように巨大な建物がそびえていた。
「あれがメルベルトターミナルだ」
「……ということは」
聞き覚えのある穏やかな声。振り返ると、ノアとメアリが立っていた。
「これ以上近づけば、駅に潜む吸血鬼にこちらの位置がバレる可能性がありますからね」
メアリが淡々と補足する。
「まだ明るいけど、これからどーすんだ?」
ノアが少し肩をすくめながら言う。ユウマは自分の腕時計に目をやった。
「14時か。まだ時間あるな……」
「ここにキャンプを作って、数名を斥候として駅に送る。敵の陣容を確認し、作戦を練るためだ」
ピシャリとした声に、4人は一斉に振り返る。そこにはレオナが、指を回しながら話していた。
「レオナ監視官! お疲れ様ですっ!」
ユウマがおどけた敬礼を見せる。
「お前ら、ふざけてないで手を動かせ」
レオナは軽く言い捨てると、そのまま戦車の方へと戻って行った。
「……あの人が、お前らの監視官?」
ノアが目を丸くして言う。
「厳しそ〜な人だなぁ。うちの監視官とはえらい違いだよ」
「うちのは放任主義ですからね。やや放置気味です」
メアリが苦笑する。
「でも今日は、ちょっと疲れてる感じだよね?なあ、レン?」
ユウマがひそっと尋ねる。
「……ああ。あのうるせぇ声、まだ一度も聞いてねぇ」
レンがぼそりと呟く。
「それで“マシ”なのかよ!」
ノアが戦車の方を見ながら、半ば呆れたように言った。
レオナは日が傾く頃、デッドマンたち数名を選び、駅方面への斥候任務に送り出した。空は赤く染まり、辺りには少しずつ夜の気配が忍び寄る。
「今日のご飯はなんだろ!」
ユウマが期待を込めて声を弾ませ、調理にあたる監視官たちの方を見ていると、突然レオナが背後から声をかけた。
「レン、お前に言っておくことがある。私のテントへ来い。……ユウマも一緒でいい」
そう言い残し、レオナは振り返ることなく、自分のテントへと歩いて行った。
「なんだ? あいつから“話”ってよ……?」
レンが少し首を傾げる。
「君宛の話だけど、僕もついてっていい?」
ユウマが尋ねると、レンは無言でうなずいた。
テントの中は薄暗く、かすかにハーブの匂いが漂っていた。レオナは机の上でタブレットを起動しており、彼らが入るのを待っていた。
「まぁ、座れ」
レオナは目を逸らさず、二人にそう告げた。
しばしの沈黙。
レオナは息を吐き、レンの瞳をまっすぐに見据える。
「君に伝えておくべきことがある。……弟のことについてだ」
その言葉を聞いた瞬間、レンの表情が変わる。椅子から身を乗り出し、レオナを睨むように問い詰めた。
「ソウが……どうしたって!? レオナ、何を隠してやがる!!」
「落ち着いて、レン!」
ユウマが慌ててレンの肩に手を置く。
レオナは無言でタブレットを差し出した。画面には見覚えのない文書が表示されている。
—
【要注意団体】
反吸血鬼過激組織『レジスタンス』 構成メンバー一覧
—
レンは指先でスクロールする。ページの中ほどで、ある名前に目が留まった。
「っ……!」
息を呑む音が、静かなテント内に響く。
レンは写真をタップし、拡大する。
「ソウ……! 間違いねぇ、ソウだ!」
目を見開き、声を震わせながらそう言った。どこか嬉しそうな笑みすら浮かべている。
だが、ユウマは眉を寄せて呟いた。
「でも……なんでレジスタンスに?」
「レジスタンス? そんなの関係ねぇ!」
レンが声を上げる。
「……ソウが、生きてるんだ!!」
その声は、焚き火の音にさえ勝るほど強く、そして切実だった。
「レジスタンスはいわゆる過激派だ。こちらを見れば、問答無用で撃ってくる連中もいる」
レオナが無表情で言い放つ。その口調は冷たくも、事実を告げる重さを持っていた。
「だからなんだよ? 諦めろってか?」
レンの声が荒れる。言葉と一緒に感情が溢れ出し、椅子を蹴りそうな勢いで身を乗り出した。
「それと――ついさっき、B班がレジスタンスと接触したという報告が入った」
レオナは無線機に手を置きながら、視線をレンから逸らさず言う。
「カレラの班か!? なら今から俺も――!」
レンが立ち上がり、テントの出入り口に向かおうとしたその時だった。レオナの手が彼の腕を掴む。
「お前の気持ちは、痛いほど分かる。だが今は作戦に集中しろ。死んだら、これから会える機会さえなくなるだろう?」
その言葉は静かだったが、決して否定ではなかった。
「……くそっ!」
レンは唇を噛み、怒りをぶつけるように吐き捨てて、テントを飛び出していった。
「ユウマ」
レオナが残ったユウマに呼びかけた。
「レンを頼んだぞ」
ユウマは黙って頷くと、すぐに後を追うようにテントを出て行った。
――その直後だった。
「レオナ監視官!!」
斥候に出ていたデッドマンの数名が、焦りをにじませた顔で走ってくる。そのままテントの布をかき分け、息を荒げながら中に飛び込んできた。
「駅内部で……通常の吸血鬼とは異なる、大柄な個体を発見しました! 撤退を試みたところ、奴は俺たちに気付き……っ、一名が負傷、もう一名は……死亡しました!!」
言葉の最後は叫ぶような声になっていた。
レオナは無言で報告を聞いていたが、すぐにタブレットに手を伸ばし、戦車部隊と周囲のデッドマンたちに連絡を入れる。
静かだったキャンプ地に、再び緊張の空気が張り詰めていく。
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崩れかけた天井の隙間から月明かりが差し込み、乱雑に転がる瓦礫や放置された列車の影を長く伸ばしている。その静寂のなか。
ガラリ。
鈍く軋む音を立てて、奥の暗がりがわずかに揺れた。
そこに――それはいた。
巨大な影。人の形をしてはいるが、常軌を逸した肩幅と腕の太さ、異様に歪んだ背骨。全身を黒く濡れたような皮膚が覆い、月明かりさえ飲み込むように鈍く沈んでいる。
動かない。気配すら発さない。
だが、確かに「そこにいる」。
あたかも、夜が明けるその時を――ただ、待っているかのように。
静寂の中、風に吹かれた金属片が、カラン……と微かに音を立てた。
あとがき
皆さん!デッドマン・リヴァースをお読みいただきありがとうございます!
実はこの話は第8話が長すぎたので2話に分けたものになります!
ご迷惑おかけしてすみません。
ただ今、挿絵を描き始めているので、もう少ししたら載せようと思います!
これからもデッドマン・リヴァースをどうぞよろしくお願いします!!