今日もカタカタ、とキーボードの音が 2人だけのリビングに響く。
最近まろが構ってくれない。
休日でも平日でも朝から晩まで仕事。
ずっと忙しそうにパソコンとにらめっこ。
もちろん俺が入る隙なんてない。
構ってほしいなんて、 めんどくさいし
恥ずかしいやつだなんて自分で思うけれど。
「ね、ねぇ!まろ !」
「…ん?どーしたん? 」
まろは目元にかかった髪質の良い黒髪をかきあげた。端正なまつ毛や鼻筋があらわになる。
「最近さ!駅前に新しいカフェできたじゃん!そこ、まろと行きたいなぁ、なんて、」
「ごめんなぁ、最近仕事終わらんくて、 ここずっと出かけられそうにないかも」
「…そっか…!また今度行ける時行こ!」
「ん、ごめん」
……。
やっぱそうだよね。
心のどこかで期待していたものはシャボン玉が割れるみたいに一気に崩れ落ちる。
またパソコンに向き合う彼の横顔に見惚れてはなぜか苦しくなる。
俺とまろは付き合ってるはずなのに、それらしい事なに1つできてないし、 それどころか距離を感じてしまう。
このままだと破局が近いかもしれない。
でも下手に行動を起こしてまろに嫌われたくはなかった。
「ね、ちょっと外の空気吸ってくる!」
「…?そっか。気をつけてな」
「うん!いってきます」
思わず外に飛び出してしまった。
そして、なんでか俺は駅前にいる。
俺は2人で行きたかった駅前の店の目の前にやって来てしまった。
店の中には、お客さんがわいわいと談笑をする姿や、美味しそうにスイーツを食べる姿があった。
その姿に、自分と彼を重ねる。
なんだか馬鹿らしく、虚しくなって、 店に背を向けて逃げるように反対方向へ向かった。
次にたどり着いたのは家の近くの公園だった。へなへなとベンチに1人座り込む。
「ほんと何してんだ俺……」
心の中で笑いながらふと呟いた。
今すぐまろに抱きしめてほしかった。
「寂しい」って、たった一言を伝えたいのに。
「いい大人が、なに言ってんだか……」
自傷的な笑いが込み上げる。
「のど、かわいたな……」
自動販売機でコーヒーを買う。ガタンと音がしてコーヒーを拾い上げる間も、ぼんやりと彼の事を考えていた。
彼は優しいから言わないだけで、本当は「重い」とか「めんどくさい」とか思っているんだろうか。
もしそうだったら辛いなぁなんて、他人事みたいに思っては乾いた笑いがもれた。
買ったそれを見つめて、このくらいならと思ってもう1つコーヒーを買った。
2人分のコーヒー缶を握りしめる。
その時、2人の人影が俺の横を通り過ぎた。
手を繋いで楽しそうに笑い合うカップルが、俺の横を通り過ぎた。
その姿を見て勝手に胸が締め付けられる。
「あぁ、…」
目の奥が熱くなって視界がぼやける。
家でも外でも情けない自分に腹がたつ。
「…こんなとこで泣くな、ばか、」
だめだ。
もう帰ろう。
「ただいま」
「遅かったなぁ。おかえり」
「これ、コーヒー良かったら飲んで!」
「え、ええの!ありがとな、ないこ」
彼の笑顔を見て、心が痛くなる。
もう期待させないでくれ。
そんなふうに優しくしないでくれ。
「…うん、俺邪魔になりたくないから部屋にいるね!」
「…、わかった」
涙を悟られないように自分の部屋に逃げこんだ。 そのまま冷たい床に座り込む。
「俺ほんとにまろの恋人だよね…?」
震える声が我ながら情けない。
もう俺から別れを切り出したほうがいいのかもしれない。
妙に冷静な自分は全部わかっていた。
最初からこうすればよかったんだって。
『構ってほしい、とか幼稚すぎ。都合良すぎ。
俺忙しいんだけど。分かってそれ言ってんの?』
「いや、まろはそんな事言ってない…っ」
どこかでぷつりと今まで保っていたものが切れて、 とめどなく涙が溢れて止まらなかった。
溢れたそれが、床につめたく零れる。
それを他人事のように眺めているだけだった。
そんな時だった。
「ないこ」
名前を呼ばれた気がして、肩がびくっと跳ねる。
幻聴かと思った。
でも違った。
前触れも無く、音もなく部屋のドアが開いて
今、一番会いたくなかった彼が現れたのだった。
「……え?なんで……?」
「ないこ」
驚く俺の前で、まろは無言のままゆっくり近づいてくる。
「……っ!」
俺のこんな姿を見て、彼は何を思ったのだろうか。
いやだ嫌われたくない。
咄嗟に手のひらで顔を覆う。
「まろは…俺の事嫌いじゃないよね…?」
「俺は……っ!まろの恋人だよねっ……?」
思わず暗示をかけるように彼に問いかける。
「ないこっ…!!」
「……ぇ」
予期せぬ出来事だった。俺はいつの間にかまろの大きな腕の中に抱かれていた。
俺はまろを抱き返すことも出来ずに、
行き先を失った両腕が冷たい床の上につく。
訳がわからないまま、彼の温もりが全身を包み込んだ。
「ごめん。気がつけんくてほんまにごめん」
「仕事のことも、ずっと無理しとった。…俺、少し仕事減らしたよ」
「え……?」
「ないこを寂しくさせるんやったら、仕事なんてどうでもええ」
「まろ…..」
「今までたくさん心配させてごめん。俺はないこが思ってる以上にないこのことが、」
「大好きやで。」
一言。たったの一言。
俺がずっと欲しかった言葉だった。
「まろ……っ」
「ごめんなぁ、ごめん、ないこ」
「よがっだ…嫌われちゃったのかと思ったんだよっ……」
「ほんまにごめん。心配ばっかさせた。俺はないこのことが世界でいちばん大好きや」
俺はまろの身体をを力いっぱい抱き返す。
今まで背中に背負っていた何かがすっと消えていくのを感じた。
いつまでこうしていたのだろうか。
俺はまろの大きな身体に包まれている。
まろの左胸からの規則正しい鼓動が心地よい。
「なぁ、ないこかわいい……」
「キスしていい?」
「……!?き、キス!?」
「だめ?」
「….だめじゃない……」
まろは待ってましたといわんばかりに笑って顔を近づけてくる。
恥ずかしくなってつい目線を下にそらすと、 骨ばった彼の手のひらで視界を覆われた。
真っ暗の視界の中で唇の感触を感じる。
どうやら俺の初めては 彼に奪われてしまったらしい。
「ないこ…もう絶対寂しい思いさせへんからな」
まろの手が俺の頬にそっと触れる。
身体が火照(ほて)っていくのを感じてさらに恥ずかしさに拍車がかかる。
俺の目の前でまろはいたずらっぽく笑って、また唇を落とす。
「まろずるい…」
唇が離れた瞬間思わずそう呟いた。だってこんなに優しくされたら、もうまろなしじゃ居られなくなってしまう。
まろは俺の言葉にクスッと笑って、ぎゅっと抱きしめてくれる。その腕は、どこよりも安心できる俺だけの場所だ。
コメント
9件
コメント失礼します…! え、あの…惚れました(?) めっちゃお話の世界に惹き込まれました✨ 素敵なお話ありがとうございました🥲🥲
あの、タグとか題名🐶×🤪じゃなくて逆だと思います、主様がよければ直していただけると幸いです