第4話 東京駅・臨界点
東京駅・丸の内中央口。
人の波はいつも通り穏やかに見えた。
しかし、その地下深くで、静かに“時限の音”が刻まれている。
――残り、23分。
警視庁指令室。
氷室悠真の指がキーボードを叩く音が、室内の空気を切り裂いていた。
「……複数の信号源がある。少なくとも三基の爆弾だ」
神城烈が低く唸る。
「三基? 本命はどこだ?」
「データ上はわからない。全てダミー信号で暗号化されてる」
氷室の額に一筋の汗が伝う。
「だが一つだけ、信号が“少しだけ遅れている”ものがある。
おそらく……それが制御母体だ」
「その座標は?」
「――東京駅、グランルーフ地下。メンテナンスルームB-7。」
黒瀬が通信を開いた。
『了解。俺と神城で突入する』
神城がうなずき、コートを翻す。
「行くぞ、烈火の時間だ」
11時37分。
東京駅構内・地下コンコース。
一般客の避難が完了した後、構内には警視庁の特殊部隊が展開していた。
黒瀬と神城は地下鉄連絡通路を進む。
手には拳銃と防爆スーツ、イヤピースから氷室の声が響く。
『残り時間、12分。
黒瀬、映像リンクをオンに。制御盤の映像を送ってくれ』
通路の奥、メンテナンスルームの扉が半開きになっていた。
黒瀬が銃を構えて突入――。
そこにあったのは、無数のコードと、黒い装置。
そして、その前に立つひとりの男。
黒いコート、顔の半分を覆うマスク。
その目だけが、鋭く笑っていた。
「……また会ったな、ゼロディヴィジョン」
「お前が、“Epsilon”か」
男はゆっくりと装置に手を置く。
「俺は、かつてそう呼ばれていた。だが今は――ただの“残響”だ」
黒瀬が一歩踏み出す。
「何のために、こんなことを?」
Epsilonの瞳が揺らいだ。
「東京はもう“情報”の檻だ。
俺たちは監視し、統制され、思考すら選ばれている。
だから――一度、ゼロに戻す必要がある」
神城が即座に叫ぶ。
「それで無関係な人間を巻き込むのか!」
Epsilonは静かに微笑んだ。
「無関係な人間など、もう存在しない。
俺たちは皆、同じ“プログラム”の中にいる」
そう言って、手のひらを爆弾の端末にかざす。
「終わりのカウントを始めよう」
同時刻。
氷室は警視庁のサーバに直接アクセスしていた。
画面上の数字が激しく変動する。
「……違う。制御信号がもう一つある。
奴は“東京駅の電力制御システム”をハッキングしている!」
氷室の指が止まらない。
「やめろ、Epsilon……お前のやってることは――」
その瞬間、画面がノイズに覆われた。
中央に現れた文字列。
“ようやく来たか、氷室悠真。”
氷室の目が見開かれる。
「……まさか、直接リンクを……!」
音声がスピーカーから響く。
低く、どこか懐かしい声だった。
“お前は、俺の後継者だったはずだ。
なぜ、警察に魂を売った?”
氷室の拳が震える。
「俺は、お前の理想のために人を殺す気はない!」
“理想じゃない。
――真実だ。”
通信が途絶える。
氷室は歯を食いしばり、端末を操作する。
「制御を奪い返す……! あいつにだけは、負けられない!」
残り、3分。
黒瀬と神城がEpsilonに迫る。
神城が叫ぶ。
「黒瀬、左側のケーブルを切れ!」
Epsilonが素早く動く。
「無駄だ! この回路は一度でも触れれば爆発する!」
黒瀬は一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸った。
――“勘”が告げていた。
(違う……こいつは、俺たちを止めようとしている)
黒瀬は突如として制御装置の“右側”を撃ち抜いた。
金属音とともに火花が散る。
氷室の声が無線に響いた。
『黒瀬、正解だ! 今の一撃でメイン制御が切断された!』
Epsilonが驚いたように顔を上げる。
「……その判断、どこで覚えた?」
黒瀬は銃口を向けながら答えた。
「勘だよ。人間にしかない、な」
その瞬間、氷室の声が再び叫ぶ。
『爆発シーケンス、停止確認――成功だ!』
緊張が一気にほどける。
しかし、Epsilonは静かに笑った。
「……なるほど。やはり、お前たちが“ゼロ”か」
そして、煙幕が炸裂する。
男の姿は、またしても消えていた。
東京駅地上。
夕陽が赤く街を染めていた。
黒瀬、神城、氷室が並んで空を見上げる。
氷室が呟く。
「Epsilonは、死んだはずの人間。
それなのに、あの声は……確かに“生きていた”」
神城が答える。
「奴の目的はまだ終わっちゃいねぇ。
“ゼロからの再起動”……これが序章ってわけだ」
黒瀬は静かに言った。
「いいさ。だったら、俺たちの反撃もここから始めよう」
風が、東京の空を渡っていった。
その中で、誰もが感じていた。
――これは、まだ序章にすぎない。
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