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Lyrix_リリックス
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かめちょん
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かめちょん
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ふっと手の力を緩め、足を引く同胞たちの手に体を預けた、その時だった。
ーー『…もう、止めなさい。』
凛とした、けれど酷く哀切に満ちた声が響き、魂たちの動きがぴたりと止まった。目の前に現れたのは、半透明の淡い光を纏った、父の姿だった。
かつてアトランティスを統べ、「人間と関わるな」と冷徹に言い渡した王。父は、僕と元貴を静かに見つめ、その目を悲しげに細めた。
『あの子が、リルが、私に言いに来たのだ。もう、リョウカを解放してやってくれ、と。
今、ようやくわかった。私は、…お前を傷つけぬためと言いながら、この都に遺された苦しみと呪いを、すべてお前ひとりに背負わせてしまっていた。王の血を引くお前に、永遠の孤独を強いてしまった…。本当に、すまなかった…。』
父の透き通った手が、頬に優しく触れたような気がした。あの日以降、久しぶりに見た気がする父の穏やかな顔に、かつてのアトランティスが重なり、まるで幼い日に戻ったような気分だった。
『…私ももう、人を恨むのに疲れてしまった。あの男たちが何をしたかは、到底忘れることはできぬ。しかし、それを背負っていくのは…もう、私一人で十分だ、自分を縛る必要はない。行きなさい、リョウカ。その人間の少年の元へ。』
父が魂たちを優しく宥めるように両腕を広げると、怨嗟の腕は静かに光の泡へと還っていく。
父の言ったことが上手く理解できず、頭に何回も響いた。
「…父さん、」
『直にここは崩れる。ここは憎しみと人への呪いで形を保っているのだから。
私が神の苦しみを背負い、このアトランティスをともに沈もう。お前はもう、神の血に囚われなくていい。
きっと結局…これが一番良かったのだ。憎しみの結晶となったアトランティスなど…残らない方がいい。』
足が、震えていた。
すべての呪縛から、本当に解放されたのだ。もう、人間を憎まなくていい。過去の怒りを、一人で背負わなくていい。大好きな人の手を、もう二度と離さなくていい――。
あまりにも巨大な救いと、堰を切ったように押し寄せた幸福に、全身から力が抜けた。
「涼ちゃん…!」
倒れ込むように揺れた身体を、元貴の両腕が迷わず抱きとめた。しっかりと、その温かい胸のなかに収まる。
元貴の名前を呼ぶ声が、耳に届く。元貴の涙でぬれた頬を、震える指先でそっと触れた。
何か言葉を返したかった。嬉しくて、幸せで、世界で一番愛していると、今度こそ、今度こそ真っ直ぐ伝えたかった。
「…っ、…、あ…」
けれど、激しく波打つ感情に喉が締め付けられて、上手く声にならない。唇を震わせ、必死に息を吸い込んでも、掠れた吐息が漏れるだけだった。言葉にならない代わりに、瞳からは大粒の涙が次から次へと溢れ出し、元貴を濡らしていく。子供のように顔をくしゃくしゃにして、声なき嗚咽に震える体を、元貴はさらに強く、壊れそうなほどきつく抱きしめた。
『…ふたりに、祝福を。これは、遥か未来への約束だ。肉体が滅び、魂がどれほど遠くへ離れても、次の世界で必ずお互いを見つけ出せるように。
人の子よ。誓ってその手、離すなよ。』
父の手から放たれた光の粒子が、胸へと吸い込まれていった。
父の魂が穏やかな光の霧となって、周囲の亡者たちを優しく包み込んでいく。激しい呪詛を吐いていたポセイドンの末裔たちの嘆きが、静かな祈りのような光へと変わっていき、一族を縛り付けていた数千年の怨念が、今、深海の闇のなかへさらさらと溶けて、父とともに昇華していった。
父に向かって手を伸ばそうとした。けれど、伸ばした手は力なく空間を泳ぎ、そのまま自分の胸元へと落ちた。
胸が、ひどく切なく、温かかった。父の優しい瞳が胸に残り、元貴の腕が体を包んでいる。
アトランティスは静かに光を失っていき、視界の端からはらはらと塵になって、海に溶けて消えていっている。
「…終わったんだね…。」
「…うん、…父さんが、終わらせてくれたんだ…。」
二人はしばしの間、少しずつほどけ消えていくアトランティスをただ眺めていた。瞼の裏に映るかつてのアトランティスがうつる。沈冥に、蒼い塵が流れる音だけが広がっていた。
元貴の口がゆっくりと開かれた。
「…涼ちゃん、告白の答えって、聞いてもいい?」
涼架の耳が林檎の色になった。元貴の顔に悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
「ね、どっちなの?言ってくれなきゃわかんないよ。」
「…僕は、…。」
言葉を探すように、涼架の瞳が深海を揺蕩う。少しずつ、その瞳にまた薄く熱い膜が張っていく。その背をゆっくりとさすりながら、元貴は、心底愛おしいものをみるように、涼架を見つめている。
「…僕、…やっぱり元貴が好き。永遠の命なんかよりも、神の血の宿命よりも、元貴といる一瞬を生きてたい。
…ずっとずっと、君とこうしたかったはずなのに…何度も何度も、遠ざけてしまって、…ごめんね…元貴。」
元貴がゆっくりと息をつき、微笑んだ。
「やっ、と、言ってくれたね。」
「うん、うん…やっと、言えた…。」
「もう二度とどっか行っちゃったりしないでね。もう僕、離さないよ。」
「へへ、うん。」
「あと、抱え込んじゃわないで。自分をもっと大事にして。」
「…うん。」
「それと、…来世で別の男見つけたら一生呪うから。」
「…元貴だって。ここまでして僕を連れ出して、アトランティスまで壊したんだから。ちゃんと責任取ってよ?」
「うん、もちろん。喜んで。」
閑かに二人の唇が重なった。無言のままに視線が重なる。
「…涼ちゃん。もうすぐ僕ら、死ぬんだね。」
「もうアトランティスもほとんど消えかかってるしね。アトランティスとともに生きてた僕も、魂だけの元貴も、もうすぐ…。…全然、実感わかないなあ。」
「まだ消えたくないのになあ…。せっかく手に入れたのにさ。」
「大丈夫、絶対また会えるよ。だって父さんが最期に、おまじないをかけてくれたんだから。絶対来世も会えるよ。…だって僕らは二人で一つでしょ?」
「うん、そう、そうだよ。絶対に、僕が、見つけ出すから。」
大音響とともに神殿の石柱が崩れ落ちた。頭上から巨大な瓦礫が降り注ぎ、海水が渦を巻いて激しく押し寄せてくる。
死が迫っているというのに、胸にあるのは、震えるほどの幸福感だけだった。
押し寄せる濁流が、視界を白く染めていく。アトランティスの都が崩れ、海の藻屑となって消えていく。
その大いなる崩壊の渦の中心で、ただお互いの体温だけを強く、強く抱きしめ合いながら、静かに、優しく、深い海の底へと溶けていった。
いつかまた、再びあなたの手を握る、その日のために。
中一の夏、家族で海へ行き、どこまでも続く海岸を見た瞬間に、すべての記憶が急激に蘇ってきた。その瞬間、涙が溢れて、止めどなく頬を伝い、足元の砂を濡らした。
楽しそうに笑う両親の声が、ひどく遠くに聞こえる。脳裏を狂おしく駆け巡るのは、あの昏く冷たい深海の青、崩壊する神殿、そして何より、涼ちゃんの泣いてしまいそうな笑顔だった。
「涼、ちゃん…」
喉の奥から、乾いた掠れ声が漏れる。でもその音はひどく喉と耳になじんでいく。
今すぐあの冷たい濁流に飛び込みたい衝動を必死に抑え、震える手でポケットからスマートフォンを取り出した。砂が液晶に触れるのも構わず、ただ縋るように、暴れる心臓を抑えつけて画面を叩く。
『アトランティス 実在』『アトランティス 沈没 真実』
何度も、何度も、検索ワードを打ち変えた。けれど、画面に表示されるのは、「ギリシャ神話の哲学者プラトンが記した寓話」「科学的証拠はない」「架空の理想郷」という、冷徹な文字の羅列だけだった。
どこをどう探しても、僕らが確かにあの場所で生きて、愛し合い、そして崩壊に呑まれて消えていった痕跡は、何一つ遺されていなかった。
世界から、僕らの生きた証が丸ごと消されている。その事実に、脳の芯がじりじりと焼かれるような目眩がした。まるで自分が狂ってしまったかのような恐怖が襲う。
けれど、胸の奥には、今も生々しいほどの熱さが残っていた。あの崩壊のなかで、涼ちゃんを壊れそうなほど強く抱きしめた、腕の感覚。あれは絶対に、ただの妄想なんかじゃない。涼ちゃんは、僕の半身は、この世界のどこかに必ずいる。
「元貴? どうしたの、そんなところでスマホなんか見て。」
背後から母親が不審そうに覗き込んできた。咄嗟に画面を消し、溢れそうになる涙を手の甲で手荒に拭って、いつもの顔を張り付けた。
「ううん、なんでもない。ちょっと眩しかっただけ。」
信じてもらえるはずがなかった。僕に前世の記憶があって、海の底に沈んだアトランティスの王族を愛していて、今もその人を探しているなんて言えば、頭がおかしくなったと病院に連れて行かれるのがオチだ。
誰にも言えない。両親にさえ、絶対に悟られてはいけない。
スマートフォンの閲覧履歴を消去し、胸の奥で静かに、けれど狂信的なまでの決意を固めた。
この世界の誰も、あのアトランティスを信じなくてもいい。神話だと、作り話だと笑えばいい。けれど俺は、あの最後のおまじないを信じている。どれだけ魂が遠くへ離れても、次の世界で必ず見つけ出せるという、あの切ない祝福を。
待ってて、涼ちゃん。今度は俺が、君を暗闇から引きずり出してあげるから。
コメント
2件
最終話はやっぱり、8月13日に🤭
うわあ…ここで来るか、って感じでした。父王の「もう、止めなさい」から最期の祝福まで、ずっと胸が詰まりましたね。特に「次の世界で必ず見つけ出せるように」という言葉——これが現代パートの元貴の決意に直結する伏線だったんだな、と。崩壊の中で「死ぬんだね」って言い合いながらも幸福感に満ちている二人に、逆に泣かされました。そして中一の夏、浜辺で突然記憶が蘇る元貴。あの「涼ちゃん」と呼ぶ掠れ声だけで、千年越しの想いが全部伝わってくるようでした。来世で絶対見つけるという執念、応援したいです。