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王宮の夜会会場に入るまでも長い。今は伯爵家の最後の辺りだろう。これから侯爵家の挨拶が始まる。六侯爵家に三公爵家、会場内はすでに一刻以上過ごしているだろう。絨毯の敷かれた床は柔らかくて立っているのも苦痛ではない。カイランは背が高いから、腕に掴まって身を任せても平気そうだわ。最後尾で待つ私達の後ろから声をかけられる。
「カイラン、少しいいか?」
アンダル様が申し訳なさそうに近衛と共に立っていた。リリアン様はいない。話そうとも動こうともしないカイランに私は許可を出す。
「カイラン、最後かもしれないわ。聞いてあげて?でもすぐに戻ってね」
無表情のカイランは私を見下ろし首を横に振る。私の肩に触れ告げる。
「側を離れないと決めてる」
私が許可を出したのにアンダル様を拒絶するカイランに驚いた。アンダル様は悲しそうにしているが見てもいない。
「手短に話してこい」
低い声が届く。ハンクがカイランに命じた。カイランが嫌でも話さなければならなくなる。私はカイランの腕に触れ、平気よと伝える。
「すぐ戻るから」
カイランがアンダルへ近づいて行く。ハンクは私に近づき腕を出す。見上げるとこちらを見ていない。つらくなるから身を預けろと言ってくれてる。私は素直に腕を掴む。カイランより太く硬い。顔が赤くなりそうで困るが下を向き耐える。嬉しくてこの瞬間を絵画に残して欲しい。ハンクの片方の手が、腕を掴んでる私の指を撫でる。驚いて仰ぎ見るが、ハンクは前を向いたままだ。私は力を強め腕を掴む。夫が離れているから仕方なく義父が交代しているように見えるだろう。不自然ではない。
「キャスリン。父上ありがとうございます」
カイランが戻ってきた。振り向くとすでにアンダル様は消えていた、会場に戻ったのだろう。私は腕を離す間際、指先で太い腕をさすり手を離す。
「アンダル様はなんて?」
久しぶりの親友にカイランは何を言ったのか。アンダル様の用件も気になった。
「うん。先日承諾も得ずに邸に馬車で乗りつけて泊まらせろと男爵夫人が門で騒いだ。スノー男爵は承諾を貰ったと聞いていたらしい。その謝罪だよ」
そんなことがあったのね、知らなかったわ。少し見てみたかったわね。
「ゾルダークは宿ではないと男爵には伝えたよ」
随分考えを変えたようだわ。先日の言葉に嘘はないと私に示そうとしているのよね。ゾルダークを宿に…彼女は変わらないわね。この様子だと会場でも突撃してくるかもしれないわね。その時のカイランの態度が同じように保てるかしら。恋をした相手だもの、甘やかした結果が彼女の行動よ。
アンダルの登場で気もまぎれ、列はだいぶ進んでいるようだ。もう侯爵家の最後の方になる。廊下の先が見え人々の集まりが見える。公爵家はハインス、マルタン、ゾルダークの順に会場へ入っていく。会場の貴族達はマルタン家のミカエラ様をエスコートしているテレンスに驚きざわめいている。それほどの一大事。勢力図に加える項目が増えたのだ。テレンスは堂々と、時々ミカエラ様に微笑み前へと進んでいる。ハインス家の挨拶が終わりマルタン家になるとテレンスを伴うマルタン家が王族に頭を下げる。陛下と王太子は無反応を示し、王妃は一瞬、眉根を寄せていた。第二王子のルーカス様は目を見開き驚いている。確かテレンスと同じ年のはず。学園でも知り合いだろう。
「マルタン公爵!よく来てくれた!夫人も変わらず美しいな。令嬢方も美しい…これはディーターのテレンスかな?」
下位貴族に声はかけないが高位貴族には声をかける。陛下に声をかけられマルタン公爵は頭を上げる。
「陛下ご機嫌麗しく。娘のミカエラが優しい青年に心を開いてくれましてね。やっと良い報告ができそうですよ」
アンダルと違ってテレンスは優しい青年だと軽く嫌味を言っている。まだ青年ではなく少年だけど。
「それは僥倖。良い報せを待ってるぞ」
陛下は終始笑顔を絶やさずマルタン公爵に相対している。陛下は手を振り、次を呼ぶ。
ハンクが先を歩きそれに続く。王族の前で並び頭を下げる。
「来たな、ゾルダーク公爵。夜会は久しぶりだろ?」
陛下は気安く声をかける。私達は頭を上げ陛下を見る。
「ご機嫌麗しく」
ハンクはそれのみで黙ってしまった。毎年のことなので誰も何も言わない。
「今回は小公爵夫妻が初参加か。これは美しい新妻だな。小公爵の後、私とダンスをお願いできるかな?」
これは断れない。私は頷き、光栄ですと答えるのみ。
陛下が手を振り、ゾルダークが下がると、管楽器が鳴り夜会の開始宣言をする。
「皆よ今宵は隣国チェスターより第二王女マイラ姫と我がシャルマイノス王国王太子の婚約を宣言する。ジェイド、御披露目だ」
呼ばれた王太子は奥へと下がりマイラ王女を連れてくる。会場は大きな拍手に包まれ、皆が歓迎している。王族と並んだマイラは女性にしては背の高い細身の美しい方だった。チェスター王家特有の銀髪が編み込まれ堂々と立っている。
この婚約で利益の増える貴族は多い。チェスター王国には海があり貿易が盛んで様々な物が入ってくる。それを少ない税金で輸入できるとなれば国も豊かになる。王太子は亡くなった婚約者を想い、なかなか次の婚約者を決めなかったと噂になっていたが、国のためならば否は言えないだろう。
高貴な方達の御披露目も終わり、王太子とマイラ王女が会場の中心へ向かい、その周りを高位貴族の夫妻が囲み一曲目のダンスを踊る。私とカイランも進み向かい合う。久しぶりにカイランと踊る。曲が始まり体を動かす。激しい曲ではないから楽しく踊れそうだわ。
「キャスリンが一番美しいよ、陛下も目をつけてた」
踊りながらカイランが話しかける。
「ありがとう。マダム・オブレのおかげね。陛下はこの前、少しお話ししたから気安いのかもね」
ふふ、と微笑みながら話す。スカートのレースが舞っている。ハンクがこちらを見ているのがわかる。満足してくれていたら嬉しい。
曲が終わり息を整えると、早々に陛下が近づいて私に手を伸ばし、踊るぞと笑っている。カイランは私の手を陛下に預け下がっていく。
「元気だったかな?」
踊り出し直ぐに陛下が聞いてくる。
「はい。王太子殿下の御婚約おめでとうございます」
陛下は頷き答える。
「君にダンスを申し込んだ時のあいつの顔、眉間に皺が増えてたよ、人間らしくなった。君のせいだな」
「私のせいですの?」
「そうさ。冷血な男を骨抜きにしたな。そのドレスもゾルダーク産の絹をここまで使って、ブラックダイヤまで貢がせて困った子だね」
「閣下は温かい方ですわ。私、骨は抜けませんの」
陛下は目を丸くし口を開けて笑い出した。周りで踊る人達が驚いてこちらを見る。
「あいつが温かいか。すごいな」
陛下は感心しているようで黙ってしまった。曲が終わりに近づくと、陛下が小声で話しかける。
「また忍んで行くよ」
陛下は私の手を取り、甲に唇を付ける。国王は滅多にしない行為、また注目されてしまう。二曲続けて踊るとさすがに疲れ、カイランの元へ戻る。ハンクは久しぶりに会う辺境伯達に挨拶されている。
「キャスリン、陛下と何話してたんだい?」
あんなに笑ってたんだもの気になるわよね。でもハンクの話をしていたなんて言えないわ。
「この前いらしたでしょ?間違えたお花の話よ。間違えたのが悔しくてお勉強しているのですって」
少し苦しいが咄嗟に出てこない。カイランも納得はしていない様子。
「疲れたかい?飲み物でも持ってくる?」
会場入りしてからかなりの時が過ぎている。喉も乾いたからお願いする。
「シャンパン?ワイン?」
「お酒の入っていない果実水をお願い」
今はお酒を入れたくなかった。カイランが離れるとハンクが戻ってきた。手にはワインを持っている。
「疲れたか?」
上からする声に首を横に振り答える。
「待ってろ」
今日の夜、私に会いにくると言っている。私は小さく頷く。
「キャス!」
お兄様が私を見つけて近づいてくるが、ハンクを確認して立ち止まり、また動き出し私の傍に来る。
「こんばんはゾルダーク公爵様」
ハンクは頷くだけで終わらせるが、動く気配はない。
「お兄様、お久しぶりね。入場前にテレンスに会って話したわ。あの子幸せそうで良かった。でも、強引に迫らないよう釘を刺しておかないと、お兄様からも話して」
ディーゼルはちらりとハンクを見て、ああと答える。
「お父様とお母様はお元気?なかなか会えないわ」
「挨拶に回ってる。元気だよ。テレンスのことを心配しているがな」
家族ならテレンスの性格を知っている。ミカエラ様に迷惑をかけないといいのだけど。カイランが戻って休憩したらミカエラ様に挨拶に行こうと予定を立てていると元気な声が届く。
「こんばんは、カイランの奥様よね?」
ふわふわの赤みがかった金毛を揺らし、私に近づくリリアン様。懐かしい気持ちが湧いてくる。