ー···何かを忘れている。
朝起きると漠然とした気持ちが追い寄せてきた。ナニカを忘れている気がしてままならない。いつからだったか、この気持ちが芽生えてきたのは。私は布団から身を出すと一気に寒さに耐えられずもう一度布団に入ってしまいたいと思ったが、今日は高校二年生最後の学校だったため、休む訳にも行かず、立ち上がり身支度を始めた。二年生で最後の制服だなーと思いつつ着替える。自分の長くなった髪をブラシでとき、ヘアーアイロンで真っ直ぐにし、髪のセットを終えた。階段で降りてリビングに行き、何も見るものがないため適当にニュースをつけた。そして焼いた食パンにマーガリンを塗り、食べながらニュースを眺める。
「〇〇県〇〇市の横断歩道で男子高校生がトラックにはねられ、病院に搬送されましたが、その後死亡が確認されました。事故の要因としてー…」
高校生、私と同じ年齢だったかもしれないと思うと私は自分が生きてることに情けなく感じてしまった。私は生きても死んでもどうでもいいと思ってるから。
食べ終わり時計を見ると7時30分を指していた。食器をテーブルから片付け、リュックを背負って、ローファーを履いた。鍵を開けて誰もいない家に「行ってきます」と言い、家を出た。
今日は午前中で学校が終わるから楽だなーと考えながら電車に揺られていた。私の家から学校まで40分で着くぐらいだ。まぁまぁ近いぐらいだろう。ふと、外を見ると葉っぱが無くなってしまって寂しそうだった木も新しい葉っぱと蕾があり、時期が変わっていくことを感じ取れた。あの蕾が春を迎えたことを知らせるように満開に花が咲き私達に時期を教えてくれるのだろう。そんなことを考えていたら学校の最寄り駅に着いていた。最寄り駅から学校まで徒歩10分程だ。駅で友達が待っていて、改札を出たらホームの柱にいるはず。と探すと、いた。
「結(ゆい)ー!」と私を見つけるやいなや、近づいて名前を呼んでくれた。
「おはよ〜、葵(あおい)!元気だね〜」
「だって、今日午前だけだし!明日から春休みだし!」といぇーいってピースする。
葵は、ミディアムぐらいの長さで三つ編みハーフアップをしている。とても彼女らしく似合っている。
たわいの無い話をしながら、学校に向かった。クラスにつくと健(たける)がこちらに向かってきた。
「おはよー、ふたりとも!なぁ春休み暇じゃね?」
「いつもそんなこと言って、結局最後におわんなーって言ってるのどこの誰?そして、課題あるの忘れてないよね?」
「ヴっ…ほんとに痛いところついてくるな、結って。」
「今日も仲良しだね〜」
「ちょ!葵!仲良くないから!」
「はぁ?酷くない?仮にも幼馴染じゃん」
「腐れ縁だから」
健とは、小学校から高校までずっと同じ学校に通っていた幼馴染で、この高校が野球が強いからと言い入ったらしい。野球部に所属していて短髪で爽やかな雰囲気がある。
「ふたりとも仲良すぎて、結がとられないか心配だよぉ」
「とらねぇし!」
こんなくだらない会話をしながらも、学校に通い続けた。今日も学校が無事終わり、家に帰った。
「(新しいクラス二人とも一緒だといいなー…)」
リビングに水を飲みに行こうとして2階から降りてくると、怒鳴り声が聞こえてきた。
親が喧嘩している。声はまさに、世界の終わりの直前みたいな叫びと今にも人を殺しそうな怒鳴り声が交わる。けど私の父と母は離婚をしない。なぜなら、お金目的でお互い仕事の関係上結婚したから。親はどちらとも仕事ばかりで家にいる時間は少なく帰ってきたと思えば、仕事でのイライラを家に持ち帰り喧嘩となる。そしてなぜ私が産まれたのか。それは、母方の祖母が孫を見たいと言ったので、作られたのだ。
ー···宮野(みやの) 結は、作り物だ。小さい頃から私の事や興味を示したことがないと思う。実際にアルバムも思い出もない。写真も、家族写真という名の周りからの評価を下げないためだ。
「嫌なこと思い出しちゃったな」とボソッとこぼしてしまい、はっとなり2階に戻る。電気を消し、布団に寝転がった。今日は疲れたのかすぐ瞼が重くなり私は身を任せ眠りに入った。
「えーと、だれー?」
前に聞いたような声が聞こえた。瞼を開けると男の人がいた。私と同じぐらいの年齢の人だろうか。でも、知らない人。なぜ私の夢に出てきたのか。
…ん?なぜ、夢だと認知できてるのだろうか。そして何故こんなにもお昼みたいに頭が回るのかそして、壁が黒いところにいるのか。そしてこの男の人は誰なのか。
「え、と、夢?」
突然の事でこぼれてしまった一言だった。
「…夢だと思うけど、なんでこんなにお昼みたいに話せるんだろうね?キミのこと知らないのに。」
「私も知らないです…。」
「夢だけど、お互い知らない人が夢に出てるってなんかおかしくない?普通知ってる人が出てくると思うんだけど。」
「もしかして、夢だけどお互い意識はここにあって夢の中で会っている…?」
「何そのパラレルワールドみたいな体験」
わはって笑う彼の顔は幼く可愛く見えた。彼は黒マッシュで髪はサラサラで触りたくなるような細い猫っ毛だった。身長は私より高く、同じ歳に見える。
「でも、夢なんですよね?これ。」
「じゃない?明日にはもう見なくなるでしょ。」
「たしかに…。」
「これ朝起きた時疲れないのかなー」
「わ、わかんないです…。」
「ていうか、敬語取っていいよ?」
「え、あ、わか…った。」
「うん」
ふふと笑う彼は優しい顔をしていた。あんまり人と関わるの好きそうじゃなさそうな人なのに、人当たりがいい。
「じゃあさ、朝起きるまでここで話しない?」
「う、うん…」
この現状に動揺を隠せないのは私だけなのだろうか。彼は意外にもあっけらかんとしていた。
ー···これが私の運命を左右する出会いとは知る由もなかった。