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第3話 鹿児島で始まる新生活
鹿児島に着いた翌日。
私たちは、これから暮らす家へ向かっていた。
車の窓から外を眺める。
見慣れない景色。
福島とは全然違う空気。
それを見ながら、私は何度も思った。
――本当に、鹿児島で暮らすんだ。
「……」
隣では仁ちゃんが運転している。
「緊張してる?」
突然聞かれて、私は顔を上げた。
「え?」
「さっきからずっと外見てるから」
「だって……」
私は窓の外を見る。
「全部知らない場所なんだもん」
「そのうち慣れるよ」
「そうかな」
「慣れる」
仁ちゃんは淡々と言った。
「俺もいるし」
「……」
まただ。
こういうところだけ、少し優しい。
でも本人は、きっと何も考えていない。
やがて車が止まった。
「着いた」
「……ここ?」
私は車を降りる。
目の前には、これから私たちが暮らす家。
「……わぁ」
思わず声が出た。
玄関を開ける。
中には、すでに運び込まれた荷物が並んでいた。
私の段ボール。
仁ちゃんの段ボール。
二人分の家具。
それを見た瞬間、急に現実味が増した。
「本当に……ここに住むんだ」
「そうだな」
仁ちゃんが段ボールを一つ持ち上げる。
「これは彩乃の?」
「うん」
「部屋、どっちがいい?」
「え?」
「好きな方選んでいいよ」
「私が選んでいいの?」
「うん」
私は二つの部屋を見比べる。
窓が大きい部屋。
もう一つは少し小さいけれど、落ち着く雰囲気。
「……こっちがいい」
「分かった」
仁ちゃんは私の荷物をその部屋に運んでくれた。
「ありがとう」
「これくらい普通だろ」
そう言いながら、仁ちゃんは次の段ボールを取りに行く。
私はその背中を見つめた。
結婚式の日。
この人は、
『この結婚を、本当の夫婦だと思わないで』
と言った。
それなのに。
今は私の荷物を運んでいる。
なんだか不思議だった。
「……仁ちゃん」
「ん?」
「私、ちゃんと家事とか頑張るから」
そう言うと、仁ちゃんが少しだけこちらを見る。
「無理しなくていい」
「でも……」
「政略結婚だからって、全部妻がやる必要ないだろ」
「……」
「二人で暮らすんだから」
その言葉に、私は少し驚いた。
二人で暮らす。
たったそれだけの言葉なのに。
夫婦としてではなくても。
この家では、私と仁ちゃんが一緒に生活する。
それを初めて実感した。
しばらくして、荷ほどきも一段落した。
私は窓を開ける。
鹿児島の風が部屋に入ってくる。
「……福島の風とは違う気がする」
「風に違いある?」
「あるよ」
「そう?」
「うん」
私は笑う。
仁ちゃんはそんな私を見て、少しだけ口元を緩めた。
――その瞬間。
私はまだ知らなかった。
この家で過ごす毎日が。
冷たかったはずの夫との距離を、少しずつ変えていくことを。
そして仁ちゃんもまだ知らなかった。
『ただの政略結婚』だったはずのこの生活を。
いつか、自分から手放したくないと思うようになることを。
コメント
1件
「だって……全部知らない場所なんだもん」っていう彩乃さんのセリフ、すごくリアルで胸にきました。移り住む不安と、仁ちゃんの「俺もいるし」というさらっとした優しさの温度差が絶妙ですね。窓の大きい部屋を選ばせてくれたり、段ボールを運んでくれたり、細かい仕草に仁ちゃんの本音がちらちら見える感じが好きです。「二人で暮らすんだから」と言ったとき、政略結婚の枠を超えた関係がゆっくり始まる予感がして、今後の距離の縮まり方がすごく楽しみです。このエピソード、静かだけど芯のあるいい話でした。