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#ちょんまげ
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祝福の拍手と笑い声が、まだ耳の奥に残っていた。
会社の若手社員の結婚式は、穏やかで、どこか眩しかった。白いドレスに身を包んだ花嫁と、誇らしげな新郎。寄り添う姿はまるで当然のように、これからの未来を約束されているように見えた。
その帰り道から、ちょんまげは少し静かだった。そして今、帰宅してしばらく経った部屋の中で――
「……ちょんまげ?」
ターボーが名前を呼ぶと、ソファに座ったまま俯いていた彼の肩が小さく揺れた。
「どうした。さっきからずっと変だぞ」
普段なら、結婚式の料理がどうだとか、スピーチが感動したとか、他愛もないことをぽつぽつ話すはずなのに。今日は帰ってからほとんど口を開いていない。
ターボーが隣に腰を下ろし、そっと顔を覗き込むと――
「……っ」
ちょんまげの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「おい、どうした。誰かに何か言われたか?」
「……違う、違うの……」
震える声で、首を横に振る。けれど、そのまま言葉が続かない。
ターボーは急かさず、ただ黙って背中に手を置いた。大きな手のひらが、ゆっくりと上下する。それだけで少しだけ呼吸が整う。
やがて、ちょんまげはぽつりと呟いた。
「……いいなって、思った」
「結婚式か?」
「うん……すごく、幸せそうで」
そこで一度、唇を噛む。
言葉にしてしまえば壊れてしまいそうな、そんな顔をしていた。
「……僕はさ」
か細い声が、部屋の静けさに溶けていく。
「男だから…ターボーと結婚できないし…」
ターボーの眉がわずかに動く。
「子供も…産んであげられない」
その一言で、堰が切れたようだった。
「ターボー、社長だし……会社だってあるし……跡取りとか考えたら……やっぱり僕じゃ……ダメなんじゃないかって……っ」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「今日の二人みたいに、ちゃんとした形で幸せになれる相手の方が……」
「ちょんまげ」
ターボーの声が、低く、しかし強く遮った。
そのまま、ぐっと腕を引いて抱き寄せる。
「それ以上言うな」
「でも……っ」
「聞け」
逃げようとする身体を逃がさない。
大きな胸に押し付けられて、ちょんまげの視界が揺れる。
「俺が誰に惚れたと思ってる」
「……」
「お前だろ」
即答だった。一瞬の迷いもない。
「俺からだぞ、最初に言ったのは。覚えてるか?再会して、会社に引っ張り込んで、そのあと……」
「……しつこかった」
涙声のまま、かすかに拗ねたように言う。
「だろ?それくらい欲しかったんだよ、お前が」
くっと笑って、ターボーは少しだけ距離を取る。そのまま両手で頬を包み、視線を合わせた。
「結婚できるかどうかなんて、最初から分かってた」
「……」
「子供が産めないことだってな」
優しく、でもはっきりとした口調。
「それでも選んだんだよ」
親指で涙を拭う。
「お前がいいから」
その一言は重くて、あまりにも真っ直ぐだった。ちょんまげの瞳が揺れる。
「でも……会社……」
「会社は俺がどうにかする」
あっさりと言い切る。
「跡取りなんて血だけが全てじゃない。いくらでも方法はある」
「……ほんとに?」
「俺は手段を選ばないからな」
少し意地悪く笑う。その余裕に、ほんの少しだけ胸の奥が軽くなる。
「それに」
ターボーは顔を近づける。
「お前以上に欲しいもんねぇよ」
唇が触れた。
最初は軽く。様子を伺うように。
けれど、ちょんまげが目を閉じた瞬間、深くなる。
「ん……」
呼吸が混ざる。優しく、でも逃がさないキス。
背中に回された腕が強くて、安心するのに、少しだけ息が苦しい。
離れたとき、ちょんまげの頬はほんのり赤くなっていた。
「……泣き顔、反則」
「……うるさい」
でも、声はもうさっきほど沈んでいない。
ターボーはそのまま額をくっつける。
「まだ不安か?」
「……ちょっと」
「じゃあ、消えるまで付き合う」
そう言って、再び唇を重ねた。
今度はゆっくりと時間をかけて。
触れ合うだけじゃなく、確かめるように。
やがて、そのまま抱き上げられる。
「わっ……!」
「軽いな相変わらず」
「下ろして……!」
「やだ」
寝室へと運ばれる間、ちょんまげは抵抗するふりをしながらも、しっかりと服を掴んでいた。
ベッドに下ろされると、またすぐに影が落ちる。視線が絡む。
「……怖いか?」
「……ちょっとだけ」
「優しくする」
その言葉通り、触れる手は丁寧だった。指先でなぞるように、確かめるように。
キスも、焦らず、何度も。
少しずつ体温を分け合っていく。
「……ターボー」
「ん?」
「……好き」
一瞬、動きが止まる。
そして、満足そうに笑った。
「知ってる」
「……言いたかったの」
「じゃあ、俺も言う」
額に軽くキスを落とす。
「好きだ」
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。さっきまでの不安が、完全に消えたわけじゃない。
でも――
この人が、ちゃんと向き合ってくれることを知っている。それだけで、十分だった。
その夜は、言葉よりも触れ合いの方が多かった。安心させるように、何度も名前を呼ばれて。その度に、ちょんまげは小さく応える。
離れないように、確かめるように。やがて、疲れて眠りに落ちる直前。
「……なあ」
ターボーの低い声が、耳元で響いた。
「これからも、不安になったらちゃんと言え」
「……うん」
「勝手に一人で答え出すな」
「……うん」
「俺も一緒に悩むから」
その言葉に、ほんの少しだけ笑う。
「社長なのに?」
「だからだよ」
大きな手が、頭を撫でる。
昔と変わらない、でも今は少し特別なその感触。
「お前のことは最優先だ」
その一言を最後に、ちょんまげは安心したように眠りについた。
未来がどうなるかなんて、まだ分からない。
けれど――
少なくとも今、隣にいるこの人は、自分を選んでくれている。
それが、何よりも確かな約束だった。