キョウカの発言に食い気味に返答すると、20分近くかけて「推す」という事を説明された。
アイドルだとか、俳優だとか、これまた知らない単語が出てきたせいで、せっかく説明してくれたのに理解が出来なかった。
その間も男性はあまり声を発することはなく、ただ視線を感じるのみだった。
「…という訳で推していいか?」
「許可とかいるん、ですかそれ」
言葉が詰まりながらも、何とか会話を続けていると、急にキョウカと男性が扉の方へ顔を向ける。
不思議に思った私は、「どうしました?」と聞いてみるが、2人は揃って「なんでもない」と返すだけ。
どこか孤独感を感じてると、キョウカは男性と短い仕草だけのやり取りをした後、部屋を後にした。
残されたのは、私と男性だけだった。
「…あー、取り敢えず点滴取るか。邪魔だろ?」
男性が指さしたのは、私の右手にくっついてる細い管。
すっかりその存在を忘れていた私は、短く声を零した。
男性に促されるままにベッドに深く座り直すと、あっという間に管が私の腕から離れていった。
「痛かったか?」と聞かれたが、あまり痛みを感じなかったので首を横に振った。
「よかった。念の為に点滴をうってたが、その様子じゃ大丈夫そうだな。」
安心したような表情を浮かべた男性にお礼の言葉を伝えると、優しく微笑まれる。
キョウカとの対応の差に驚きながらも、ぎこちない笑みを浮かべて微笑み返した。
ベッドの近くにあった丸いイスを持ってきた男性は、それを私の傍まで持ってきて、腰をかける。
私より10cmほど高かった視線は、少しだけ下がったように感じた。
「キョウカから、アンタが気持ち悪さを感じた前後の話は聞いてる。ここに来るまでに何か食べたりしたか?」
そう問いかけられ、私はキョウカと会う前の記憶を遡る。
食べたものといえば、あの綺麗な白いキノコぐらいだ。
「そう……ですね。白いキノコを食べ、ました。」
「となると、この山だと有り得るのは、ドクツルタケあたりか…」
明らかに危なそうな名前が男性の口から出てきて、私は瞬きを繰り返す。
もしかしたら、私はとんでもないのを食べてしまったのかもしれない。
死ぬことはないから大丈夫なんだろうが、恐る恐る男性に問いかけてみる。
「だ、大丈夫なんでしょうか…?それ…」
「いや大丈夫ではないな。今は一時的に症状が落ち着いてるが、それも症状のうちの1つだし…。今は食べてから何時間経ってるか……」
ブツブツと小さな声であれだこれだと呟く男性に、どう声をかけようか迷ってると、戻ってきたのだろうキョウカの声がやけに大きく響いた。
「だーいじょーぶだろ!悪魔の子って毒素とか分解するの早いし。相当な量じゃなきゃ、半日以内には毒素なんて消えてるわ!」
「だぁーってろって…」
「心配性がよぉー…。な?ユキも何ともないだろ?」
やけに自信満々なキョウカと、キョウカに睨みをきかせながら頭を搔く男性。
私と同じ魂を持つキョウカがそう言うなら大丈夫なんだろうが、それでも不安なものは不安だ。
しかし、今は特になんともないのは事実なので、キョウカの言葉に同意するように頷く。
「ほれみろ。」
「お前はもう少し心配してやれ。子孫?なんだろ?」
頭を搔くのを止めたと同時にため息をついた男性は、私に体調に異変を感じたらすぐに言うように。と圧をかけるように強く言った。
それに私が返事をすると、少し顔の強ばりが解れたように見える。
「そうだ、まだ名前を名乗ってなかったな。ホープだ。よろしくな、ユキ。」
男性は目を少し開くと、すぐに目を細めて手をこちらに差し出す。その手が何を示してるのか分からず、私がオドオドしていると、「握手」と小さく優しい声を発した。
「こうやって、挨拶とかで手を握るのを握手って言うんだ。覚えて損はないぞ。」
そう言ってホープは私の手を優しく握り、ゆっくり上下に2度揺らした。
その間にキョウカはまた部屋の外へと向かう。微かに聞こえるキョウカの声を片耳に入れながら、私は握手していた手を離した。
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