「逃がさないよ!」
そう言ったひよりは、まるで獲物を捕まえた犬のように、しっかりと桐生の腕を掴んでいた。
「お前……力強ぇな……」
「桐生くんが逃げるからでしょ!」
ムッとした顔のひよりを見て、桐生は小さく舌打ちする。
――こいつ、なんでこうもまっすぐなんだ。
避けようとすればするほど、こっちに飛び込んでくる。
(……やっぱ、犬って苦手だ)
好きとか嫌いとか、そういう話じゃない。
距離を詰められると、誤魔化せなくなるから。
桐生はふっと視線をそらす。
「……別に、避けてねぇよ」
「嘘。絶対避けてた!」
「……」
こいつには嘘が通じない。
ひよりはじっと桐生を見つめたまま、手を離そうとしない。
そのまっすぐな視線に、桐生は胸の奥がざわつくのを感じた。
(ったく……)
仕方ねぇな。
桐生はポケットに突っ込んでいた手をゆっくりと引き抜くと、
ひよりの手首をそっと掴み返した。
「……じゃあ、もし避けてたとして」
「う、うん……?」
「お前は、どうしてほしいわけ?」
その言葉に、ひよりが一瞬戸惑った顔をする。
「ど、どうしてほしいって……」
「……」
桐生はじっとひよりを見下ろす。
少しの沈黙。
やがて、ひよりはぎゅっと唇を噛みしめると、小さな声で言った。
「……逃げないでほしい……」
桐生の胸が、ズキッと痛んだ。
(……ほんと、お前はずるいよ)
そんな顔、されたら――もう、誤魔化せないだろ。
「……あー、もう」
桐生は小さく息を吐き、ひよりの頭をポンポンと撫でた。
「わかったよ。もう逃げねぇ」
「ほ、ほんと……?」
「お前に捕まった猫は、大人しくするしかねぇだろ」
そう言って、桐生はふっと笑った。
ひよりの顔が、一瞬で真っ赤になる。
「~~~っ! ずるい! またそうやってっ!」
「お前が追いかけるからだろ」
犬が猫を追いかけるなら、猫は――捕まるしかない。
桐生は観念したように、小さくため息をついた。
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やっほほほほー🖤