テラーノベル
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濡れたアスファルトに叩きつけられ、シオンは呻く。どうにかアーシャを守ることはできたが、全身が痛くてすぐには立ち上がれない。
「こ、の……」
雨が体温を奪っていく。
体力もどんどん失われている気がする。
それでも気合を入れて体を起こし、アーシャを抱え直した。中型だったドラゴンは、今や完全に大型へと進化している。無論、中型や大型などという区分は人が勝手に定義付けしたものだ。区分けが変わったからといって、極端に強化されるわけではない。
しかしやはり、五十メートルを超えるドラゴンは脅威だ。
「大型の脅威は、高い知能と巨体、そして並外れた運動性能、あと高出力のデミオン。勝てる要素がない」
見渡し、三〇八小隊を探す。
氷花、セリカ、ヒムロ、ハル、それぞれ生きてはいる。彼ら彼女らも体を起こし、そして大型ドラゴンの威容に委縮していた。
まさしく見上げるほどの巨体だ。
とてもまともに戦えるとは思えない。
「氷花ァっ! アーシャを背負ってすぐに逃げろ! 俺が足止めする」
もはや隠密など、意味がない。だからそう叫んだ。
名を呼ばれた氷花は一瞬肩を震わせ、ほんの少し悩む。しかしながらすぐに仲間たちへと呼びかけた。これが最善手だと、諦めるしかなかった。
「皆集合! 如月シオンに任せて逃げるよ!」
「でも逃げるってどこに……」
「どこでもいいから! 考えている時間も惜しいの!」
気弱なヒムロの言葉は切って捨て、とにかく急がせる。氷花の本気度が伝わったのか、セリカとハルもすぐに行動を始めた。
そして一度シオンの下に来て、気を失っているアーシャを預かる。
「……私も残ろうか?」
「ちょっと氷花!」
「だって相手は大型よ? 一人で足止めなんてできるわけないわ」
ほんの気の迷いが、氷花にも生じた。セリカがすぐに窘めようとするも、シオンが手で制する。
「必要ない。大型相手なら一人だろうが、二人だろうが、大差ない。奇跡的に邪龍からの逃げ延びたんだ。その悪運で何とかするさ」
「でも、この子はシオンを必要としているんじゃないの?」
「……アーシャには謝っておいてくれ」
「やっぱり死ぬつもりじゃない」
その言葉は無視して、シオンは大型ドラゴンの方へと一歩進み出る。そしてポーチから最後の一本になったDアンプルを取り出した。
文字通り、最後の切札。
命懸けの一分間を創出するための薬剤だ。
「これを使う。戦場のデミオン濃度がこれから上がっていく。だから離れてくれ。理由はそれで充分だろ」
「……あーもう! 分かったわ。お姉様には馬鹿な奴だったって伝えておくから!」
「それでいいよ」
氷花はアーシャを背負い、走り始める。
ヒムロとハルも小さく会釈して、彼女に続いた。最後に残ったセリカは何かを言いたそうにしつつも、結局は無言のまま去っていく。
これでいい。
これが最適解だ。
「さて、雨に感謝しないとな。お前が氷花たちを見失うまで、戦い続けてやる」
赤い刃を向けて、そう宣言する。
大型ドラゴンは咆哮を止め、こちらを睨みつけている。ただそれだけで世界を支配しているとすら思わせる鋭さだ。
恐れか、寒さか。震える身体を誤魔化し、勢いよくDアンプルを腕に打ち付ける。高濃度デミオン活性剤が注入され、ドラゴンスレイヤーとしての性能を底上げした。
「来い!」
「オオオオオオオオオッ!」
シオンが挑発するように叫ぶ。
呼応するべく咆哮した大型ドラゴンは、迷わずシオンへと突撃を仕掛けた。たった一歩で数十メートルを踏破し、雨すら吹き飛ばす豪風と共に圧し潰そうとする。
(全身全てが凶器……これが大型ッ!)
踏み砕かれるアスファルトが飛び散り、シオンを襲う。攻撃ですらない、ただの移動の余波だ。だがそれだけで人は死ぬ。
ドラゴンスレイヤーだから耐えられるにしろ、まさしく桁違いの存在だ。
それでも、必死に思考を巡らせた。
◆◆◆
「大型ドラゴンの倒し方?」
幼き日、六道諸刃にそれを問うたことがあった。まだ蟠りもなく、ただ対竜戦術の教えを乞う関係だった頃の話だ。ドラゴンを見たことすらない当時のシオンがするには、あまりにも滑稽な質問だったことだろう。
しかしそれでも、生真面目な諸刃は答えてくれた。
「大型と戦うなら狙撃手が必須だ。できれば拠点防衛用の砲台があればなお良し。遠距離攻撃で隙を作らないと、そもそも近接攻撃はできない」
「そうなの?」
「俺たちと蟻みたいな関係だよ。うっかり踏み潰しちゃうくらい、大型ドラゴンと人間の間には差がある」
「ふーん」
当時のシオンはよく分からずにいた。
無邪気だが、愚かな質問をぶつけるような、分別のない子供に過ぎなかった。
「じゃあどうしても一人の時は?」
「……ランク七のドラゴンスレイヤーなら、まぁ」
「おじちゃんみたいに?」
「崩水様なら一人でも大型を殺せるかもしれない。シオンにはまだまだ無理だよ。大人しく戦術と、チームワークを学んでほしい」
「俺は蒼真に認めさせたいんだよ。手っ取り早くさ」
ただ真っ直ぐに、と言えば聞こえがいい。
当時のシオンは焦燥し、視野が狭まっていた。まだ子供で、リスクなど考えもしなかった。
◆◆◆
不意に思い出す、幼き頃の記憶。
まさか本当に単独で大型ドラゴンと戦うなどとは夢にも思わなかった。あれは馬鹿な子供が夢想した、意味のない質問だったはずなのに。
「俺は、たかだか、ランク四くらいだっての!」
迫る大型ドラゴンを相手に飛び掛かり、空中で刃を振るう。本来ならば刀の間合いにない、無意味な振る舞いだ。だが強化状態のシオンは、過剰なデミオンを斬撃として放射できる。
デミオンの結合を破壊する、赤い飛ぶ斬撃。
大型ドラゴンの頭部に直撃し、左側に鋭い縦の傷を残した。
「ゴアッ!」
「おわ!?」
痛みに悶えるだけで、災害になる。
シオンはその風圧だけで弾き返されてしまった。また大型ドラゴンも翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がる。雨は一瞬だけ吹き飛ばされ、シオンはどうにか着地しても強風のため立ち上がれなかった。
(救難信号を飛ばしてからそろそろ……何分だ? どれだけ耐えれば助けが来るか)
信号がキサラギの拠点が拾っていれば、ヘリで救援を送ってくれるかもしれない。だが覚悟を決めたにもかかわらず、助かる道を模索している自分に気が付いて自嘲する。
「この期に及んで……我ながら意地汚い、な!」
「ギャアアア!」
再び斬撃を飛ばし、長い首に鋭利な傷跡を残す。大型の強固な竜鱗すらも切り裂く攻撃だ。しかし瞬時に再生され、傷はなかったことにされてしまう。
そして再び羽ばたき、雨を吹き飛ばしながら空高く飛び上がった。
「何をするつもりだ……」
シオンは警戒しつつ刀を構えるも、すぐに顔を青ざめさせた。
大型ドラゴンはそのまま宙に留まることなく、重力に従って落下する。五十メートル超えのドラゴンの落下はそれだけで絶大な威力の攻撃となりえるものだ。
「ふざけッ!?」
すぐに背を向けてその場から離れ、走り出す。
そして大型ドラゴンが落下すると同時に跳んだ。それによって落下と同時に発生した衝撃からは逃れられた。しかし地面が割れて下地に敷かれている砂利や土すら弾け飛ぶ。水道管とガス管が剥きだしになり、散った火花が残留していた都市ガスに引火する。
火柱が立ち上り、大爆発が起こった。
「ぐっ! が!?」
空中ので爆発の衝撃を受けたシオンは上下の感覚すらなくなるほど回転しつつ吹き飛ばされた。そして瓦礫の山に直撃して何度か転がり、ようやく止まる。
内臓を掻き回されたような感覚のせいで、咄嗟に立ち上がることもできない。
それでも呻きながらドラゴンの方を見た。
「あ、の……野郎!」
ドラゴンは口を大きく開く。そしてその奥から深紅の燐光が漏れ始めた。紛れもない、デミオンブレスの発動兆候である。
富士樹海で目の当たりにした、ドラゴンの奥の手。
邪龍のものに劣るとしても、即死級の攻撃であることには変わりない。
「く、そ!」
急いで体を起こし、刀を杖代わりにして立ち上がる。
痛みは気力で何とかなる。
死の恐怖など今更だ。
しかし肉体の故障は物理的に行動を不能にする。
シオンは前に進もうとして急に力が抜け、倒れてしまった。
(この感じ、背骨がやられた)
人体を支える中心の骨に支障をきたせば、立ち上がることすら難しい。勿論、ドラゴンスレイヤーの代謝能力ならば回復できる負傷だ。しかしすぐには戦えない。
そして大型ドラゴンに容赦などない。
深紅の燐光はやがて激しくなり、デミオンブレスは発射直前となった。
「ここ、まで……か」
アーシャたちは無事に逃げきれたのだろうか。ただ思い巡らして、眼を閉じかける。
今、デミオンブレスが放たれようとした。
しかしそこに銃声が鳴る。雨の音すら上回る強烈なその音が響くと同時に、大型ドラゴンの頭部が仰け反る。強烈なデミオンの光も散ってしまった。シオンは驚いて目を見開き、茫然とした。
「間に合ったようだな」
聞こえたその声はシオンも知らないものだった。深く体に響くようなその声はどこか安心感を与えてくれる。何者の声かを確かめるべく首を捻ろうとしたが、その前に抱きかかえるようにして体を起こされた。
「無理に動くな。酷い怪我だ」
「あなた、は?」
「儂は獅童源三。その服を見るに君もキサラギのドラゴンスレイヤーか。救援信号をキャッチして一般人かと思って来たのだが」
獅童源三と名乗ったその男は、獅子のような風貌だった。逆立つ白髪と顔の皴が印象的で、片腕でシオンを支えることができるほど大きい。
そしてもう片方の手には対竜武装の刀を手にしていた。
「ドラゴン……スレイヤー?」
「ふん。キサラギだけがドラゴンスレイヤーを保有しておるわけではない。それよりも下がるぞ」
「あ、いや! あの大型竜を何とかしないと。それに俺の、その、仲間も」
「問題ない。お前の仲間は儂の部下がすでに保護した。心配するな」
デミオンブレスを止めた先の銃弾もその部下が放ったのだろうと予想できる。彼の言葉に嘘はないと確信できた。
ただ、これ以上の考える時間をシオンに与えてもくれない。
再び大型ドラゴンが激しく吼える。空気が震え、雨が吹き飛び、暴風が大地を撫でた。
「やれ、竜胆」
源三がインカムに向かって命じる。
すると再び銃声が鳴り、大型ドラゴンの片目が吹き飛んだ。威嚇のため吼えていたドラゴンも、今度は喚くようにして暴れる。
更にもう一発の銃声。
今度はかなり近いところから鳴った。また今ので大型ドラゴンの後ろ脚が貫かれ、バランスを崩して倒れる。
「当たり……です」
「よくやった竜胆」
新たに現れたのは大型の狙撃銃を持った女のドラゴンスレイヤーだ。
小柄なボブカットの女で、口布を巻いて顔の半分ほどを隠しているのが特徴的だ。また前髪の右側が一部赤色になっており、その部分を耳に掛けてヘアピンで止めていた。
一見するとただの少女。
しかし扱う武器は扱いの難しい大型の対竜武装だ。
「あなたたちは、いったい」
「私は”旭”のドラゴンスレイヤー。赤城竜胆……です」
「は? ”旭”……?」
シオンはその名を聞き、思い出す。
しかし赫竜病患者の治療について何度もデモ活動をしている団体だ。その拠点が横須賀にあるということは分かっている。しかし積極的な交流があるわけではないため、実態は不明だ。
だが今は悠長な説明をしている場合でもない。大型ドラゴンはまだ健在なのだ。源三は鷹のような眼光で大型を睨みつつ、指示を出す。
「撤退するぞ竜胆。大型は手に負えん。スタングレネードで追撃を撒く」
「了解、です」
そう言って源三はスタングレネードを取り出し、ピンを抜く。激しい音と閃光でドラゴンの動きを止める装備品だ。ドラゴンスレイヤーが装備することもあるが、どちらかといえば一般人がドラゴンから逃げる際に用いる道具である。
源三が大型ドラゴンに向かってスタングレネードを投げる。
また同時に竜胆によってシオンは背負われる。
「こっちだ」
そう言って源三は走り始めた。竜胆もそれに続き、背負われるシオンはなされるがまま。その瞬間、スタングレネードが炸裂し、激しい光と音響が辺り一帯を塗り潰す。
視覚と聴覚を頼りとする大型ドラゴンもその二つを狂わされれば堪らない。
「ギャアアアアアアアアア! オオオオオオオオ!」
翼や尾を激しく動かして暴れまわり、怒りを吐き出すかのように吼える。
しかし閃光と音が収まった時、ドラゴンが標的と定めた人間は姿を消していた。残るは瓦礫の山と、虚しく響く雨の音だけであった。
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