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この作品のCPは彰冬になります、初投稿で初心者なので変な所は有ると思うので、大丈夫だよ!何でも読めるよ!と思ってくださる方はお読み下さい!
この作品での彰冬は付き合っておりません!
午後の陽光が、Vivid Streetのアスファルトと壁一面に描かれたグラフィティアートに眩しく反射していた。平日、学校が終わって少し経った時間帯。どこかのガレージからか、微かに練習中のベースの重低音が響いてくる。そんな喧騒と活気が混じり合うストリートを、青柳冬弥は隣を歩く相棒、東雲彰人との間に漂う、ここ最近無視できなくなってきたある種の空気感に、内心で小さく首を傾げていた。
(やはり、近い気がする…)
それは気のせい、というには些か頻度が高すぎた。
隣を歩けば、以前よりも肩が触れ合う回数が多い。彰人が何か面白いものを見つけて指差す時、ぐっと身を寄せてくる角度が鋭くなったように感じる。カフェで向かい合って座っていても、ふとした瞬間にテーブル越しに身を乗り出してくる時の顔の距離が、以前より数センチは縮まっている気がするのだ。そのたびに、冬弥は意識しないように努めても、心臓がわずかに跳ねるのを感じていた。彰人の体温や、ふわりと香る彼自身の匂いに、ドキリとしてしまう。
(だが、彰人に他意があるようには見えない…)
彰人の態度は至って自然だ。まるでそれが当たり前であるかのように、彼は冬弥との距離を詰めてくる。だからこそ、冬弥は戸惑っていた。これは自分の考えすぎなのだろうか? それとも、これが彰人なりの親愛の示し方で、自分がそれを過剰に意識してしまっているだけなのだろうか。白石や小豆沢とは、もちろんこんな距離感にはならない。だが、彰人は同じユニットを組む「相棒」だ。男同士の、特別な信頼で結ばれた関係。もしかしたら、自分が知らないだけで、そういうものなのかもしれない。
考えれば考えるほど、分からなくなる。この微妙な居心地の悪さ、いや、居心地の悪さというよりは、慣れない感覚に胸のあたりがそわそわするのを、どうにか解消したい。
ちょうどその時、前方を歩いていた子供が派手に転んだのを見て、二人同時に足を止めた。幸い、すぐに母親らしき女性が駆け寄って事なきを得たが、その一瞬の静止で、彰人の腕がまた冬弥の腕に軽く触れた。じわり、と接触した部分から熱が伝わる。
(…よし、聞いてみよう)
これ以上、一人で悶々としているのは性に合わない。それに、もし本当に自分の勘違いなら、早くそれを正したかった。
冬弥は一つ息を吸い込み、意を決して口を開いた。
「あ、彰人」
隣を歩き始めた彰人が、ん?と顔を向ける。その顔も、やはり近い。
「その…なんだ」言い淀みつつも、言葉を続ける。「少し、距離が近くないだろうか? 最近、特にそう感じるんだが…」
尋ねられた彰人は、一瞬きょとんとした顔をした。まるで「何を言っているんだ?」とでも言いたげな、純粋な疑問を浮かべた表情。
「そうか?」
彼はこともなげに言った。
「別に普通だろ。相棒なんだから」
その言葉と同時に、彰人はごく自然な、流れるような動作で、隣に立つ冬弥の腰にすっと右腕を回した。ぐっと引き寄せられるような感覚はない。ただ、そこに彰人の腕がある、という確かな感触。服越しに、彼の体温と、しっかりとした腕の存在感が伝わってくる。
「な?」
確認するように、彰人は少し笑って言った。
突然の、そして予想もしなかった大胆な接触に、冬弥の思考は一瞬停止した。肩が驚きで小さく跳ね、腰に回された腕の熱を感じた瞬間、ぶわりと音を立てるように顔に血が集まっていくのが自分でも分かった。首筋から耳まで、きっと真っ赤になっているだろう。心臓が早鐘を打ち始める。
「そ、そう、なのか…?」
声がわずかに上ずるのを止められない。
「あ、相棒とは、これくらいが普通、なのか…?」
彰人のあまりにも堂々とした態度と、「普通だ」と言い切る自信に満ちた声に、冬弥の疑念は急速にしぼんでいった。自分が知らなかっただけで、これがスタンダードなのだとしたら? 白石たちとの距離感は、あくまで友人としてのもの。だが、彰人とは酸いも甘いも共に乗り越えてきた「相棒」。そこには、また別の、もっと近しい距離感が許容されているのかもしれない。自分が今まで意識していなかっただけで。
(そうか…俺が気にしすぎだったのか…)
そう思い至ると、先ほどの自分の問いが途端に恥ずかしいものに感じられた。まるで、相棒の行動を疑うような響きに聞こえたのではないだろうか。
「そうか…、すまない。俺の勘違いだったようだ」
素直に謝罪すると、彰人は満足そうに、しかしどこか悪戯が成功した子供のような、意味深な笑みを口元に浮かべた。
「まあ、気にすんなって」
ポン、と腰に回したままの腕で軽く背中を叩かれる。
「これからちゃんと、冬弥に『相棒の距離』ってやつを、俺がしっかり教えてやるからよ」
その言葉には、有無を言わせぬ妙な説得力があった。彰人がそう言うのなら、そうなのだろう。彼が「教える」と言ってくれるなら、もう自分が悩む必要はない。冬弥は素直に安堵感を覚えた。
「ああ、それは頼もしいな。ありがとう、彰人」
純粋な感謝を述べると、彰人の笑みが一層深くなったように見えた。だが、冬弥はその笑みに含まれた別のニュアンス、独占欲やからかいの色合いには全く気付かない。彼の心はすでに、この小さな疑問が解消された安堵感と共に、次のステージへと向かっていた。
(相棒の距離、か。どんなものだろうな。いや、それよりも今は、次のライブの構成を詰めないと。最初の曲はやはり…)
思考は滑らかに、自分たちが最も情熱を傾ける音楽へとシフトしていく。隣に相棒がいる。その腰には、相棒の腕が回されている。それが「普通」なのだと、彼は今、教えられた。
彰人は、そんな冬弥の横顔を、腰に腕を回したまま、楽しそうに見つめていた。自分の言葉をあっさりと信じ込み、もうライブのことで頭がいっぱいになっている相棒の姿に、言いようのない満足感と、ほんの少しの優越感を覚えていた。
彼が言う『相棒の距離』などという尺度が、この世界のどこにも存在しない普遍的な定義ではないこと。それは、彰人が今、まさに冬弥に対して作り上げつつある、二人だけの特殊な関係性の証であること。
その真実に、まだ青柳冬弥だけは気づいていない。
Vivid Streetの陽光は、そんな二人の秘密めいたやり取りを、ただ明るく照らし続けていた。
終