TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

希望の方舟

一覧ページ

「希望の方舟」のメインビジュアル

希望の方舟

5 - Ⅴ. 方舟の行く末

♥

2

2023年08月09日

シェアするシェアする
報告する


「あれ……」

「ん? 真子どうかした?」

外へ向かう途中に通った操舵室の机の上に、何かが書かれた紙が置いてある事に真子は気がついた。

「これ座標かな」

その紙を見た遥季が呟く。

「一応持って帰って号長に見せようか」

「うん、分かった」

真子はそれを防護服越しの手に持って、その場を離れた。




外に出ると、来たときよりも雨風が強まっていた。

ふと、紙が濡れてないか確かめようと真子が手を開いたその時、突風がその場を吹き抜けた。

その風で真子の手の中の紙が飛ばされていく。

「あ!」

真子は飛んで行った紙を追いかける。

「真子!」

後ろから二人の声が飛んでくる。

甲板を風に舞いながら遠ざかった紙は柵を超え、下の階の手すりに風で張り付いた。

真子は柵から身を乗り出し必死に手を伸ばす。

「真子! 危ないだろ!」

追いかけて来た灯が真子の足を抑える。

「だって大事な紙かもしれないじゃん!」

「だからってお前が死んだらどうすんだよ!」

激しい雨音の中、叫ぶように灯が言う。


「二人とも危ないでしょ!」

息を切らせた遥季もやってきて真子の体を支える。

「もう少しだから!」

早くなった息を整えようとした真子だったが、どんどん苦しくなっていく。

「真子! 酸素が切れる! そんな紙なんてどうでもいいからすぐに戻るよ!」

真子のボンベを見た遥季が叫ぶ。


「あと……少し…………取れた!」

今度こそ離さないようにしっかりと握りしめる。

「行こう!」

そう言って灯が真子の手を強く引く。

進むごとにどんどん息が上がる。

「真子……ゆっくり呼吸して……」

自分も苦しそうなのに、遥季は真子の心配をする。

真子は言われた通りに、出来るだけゆっくりと呼吸を繰り返しながら自分の船を目指して歩いた。




酸欠でふらふらになりながら帰ってきた真子達を見た号長は、凄い剣幕で三人を叱った。

真子はぼんやりとした意識の中、怒られた事よりも、無事に戻れた安心感でその場に座り込んだ。




大事を取って、地下で一週間の隔離生活を送った後、真子達は自分の部屋に戻る事が許された。

久しぶりに学校に行ったその日、真子は授業中、隣に座っていた灯とともに号長室へ呼び出された。


「失礼します」

扉をノックして中に入ると、号長の他に数人の大人と遥季の姿もあった。

「二人は授業中だったね、すまない」

「いえ……」

何の話だろうと灯と顔を見合わせる。


「これなんだが……」

号長の視線の先には、真子があの船から持ち帰った一枚の紙があった。

「この紙、やっぱり座標だったよ」

遥季が真子の方を見て言う。

「この座標はここからずっと南西に進んだ所を示している」

「あの船に乗っていた人達はそこに行ったという事ですか?」

灯の言葉に号長は低く唸るように考え込む。

「その可能性はあるだろう。だがそこに向かうのは大きな賭けになるかもしれない」

真子は前に聞いたことがあった。

この船はいろんな場所を航海した後、比較的安定した海域のこの辺に腰を落ち着けた。その途中には、何度か転覆するほどの危険もあったらしい。

この船が強く揺れた記憶が真子にも微かに残っていた。


「これは私一人では決める事が出来ない。全員の意見を聞いた後、多数決で決める。二人にはそれを先に伝えておくよ。もちろん多数決にはお前達にも参加する権利がある。よく考えておきなさい」

そう言った号長の目は、真子の目の奥の方を真っ直ぐに見ていた。




「真子はどう思う?」

号長室を出た灯が真子に尋ねる。

「私は……まだ分からない……」

「そっか……まぁ俺もだけどね」

灯は頼りない笑顔を浮かべる。

真子はさっき、初めて大人と認められた気がした。

だがそれは同時に、大人になるという事がこれほど重い責任を背負う事なんだと、真子に強く突き刺さった。




一週間後、食堂に全員が集まった。

この一週間で、皆がこの方舟の未来について真剣に考えた。

全ての事情を知った上で、どちらがより良い選択なのか結論を出したのだ。


「では、多数決を前に皆さんの意見を聞きます。思い残す事のないように何でも言ってください」

号長の言葉にあちこちから手が上がった。

『私は今の生活を続けたい。リスクを負ってまであるかも分からない希望を追うのは怖い』

『俺は行くべきだと思う。今のままがいつまで続くか分からないんだから』


たくさんの人が自分の意見を言った。

それを聞きながら、真子の心の中では湧き上がる思いが渦を巻いた。

真子は膝の上に置いていた手のひらをギュッと握りしめる。

隣に座っていた灯が真子の肩にドンとぶつかってくる。

「真子なら出来るよ」

その小さな声に背中を押された真子は、思い切って手を上げた。


大勢の中で号長と目が合った。

号長が小さく頷いて真子を立たせる。

真子は深く深呼吸して口を開いた。


「私はこの船に乗った時、まだ七歳でした。

十年が経った今でもまだ、皆さんより知識も経験も未熟で、頼りないと思います。

でも、三号船を実際見た時に思ったんです。

私達の船もいつかこうなってしまうんじゃないかって。

きっとその恐さは今のまま、この先もずっと続くんだと思います。外の世界がこのままである限りは。

だからといって、新しい場所を目指す事が正しいとも思いません。

この選択が正しいかどうかはきっと、ずっと後にならないと分からないんだと思います。

だから私はどっちの道に進んだとしても、この船の仲間が、家族が選んだ道が正しいと信じます。

それが生き延びる為に一番大切な事だと思うから……」


続く静寂の長さの分だけ真子の鼓動が速まる。

緊張して、最後は何を言っているのか分からなくなってしまった。

急に怖くなった真子が灯の方を見ると、灯は目に一杯の涙を溜めて真子にありったけの笑顔を見せた。

それと同時にどこからともなく始まった拍手が大きく真子を包み込む。


「ありがとう、真子」

そう微笑んだ号長の言葉に力が抜けた真子は、そのまま椅子に座り込んだ。




「では、投票により多数決を行います」

真子は配られた紙に自分の出した結論を書いた。


全員の票を集め終わると、すぐに開票作業が行われた。

静かな食堂を張り詰めた空気が満たす。


開票を終えた号長が前に立つと皆の視線がそこに集まった。

「では、開票結果を発表します」

真子は息をするのも忘れて、続く言葉を待つ。


「無効票が約一割。そして残りが17票差で、ここを離れて新天地を目指すという意見が多数を占めました。

この結果を踏まえまして、一週間後、ここから南西の方角を目指してこの海域を出発します。

私達は必ず生き延びます。それだけはこの先もずっと変わりません」


それを聞いた周りの皆の顔が一気に引き締まる。

ここにいる半分近くの人が、自分の意見とは違う道に進む事になる。

だが、それを顔に出すものはいない。

きっと皆、覚悟がある。どの道、目指す物は一つなのだ。


真子も改めて覚悟を決める。

いつかまた地上で家族に会えるまで、必ず生き延びると。




「真子! ちょっといいか?」

号長が遠くから真子を呼ぶ。

「はい、何ですか?」

「明日から私の元で働かないか?」

「え……?」

真子は思ってもみなかった提案に戸惑う。

「私が号長の元で、ですか?」

「そうだ。さっきのお前の意見を聞いてそう思ったんだよ。きっとお前にはこの船をまとめる力がある」

「え……でも私、号長みたいに皆をまとめるなんて、全然自信がありません……」

「私みたいになる必要はない。真子は真子のやり方で、この船を引っ張っていけばいい」

「……私に出来ますか?」

真子は恐る恐る号長の目を見る。

「あぁ、出来るとも」

そう言い切った号長の目に迷いは一つもない。

「私、頑張ります!」

「あぁ、期待してるよ」




話が終わるとすぐに、真子は周りを見渡した。

一番に伝えたい人達がいた。

「灯! 遥姉!」

二人が真子の方を見る。

急いで駆け寄る真子を二人は笑って迎える。



この先何があっても、きっと大丈夫だ。

真子一人ではどうにもならない事も、この二人、そしてこの船の皆がいれば必ず乗り越えられる。




これから一緒に新しい世界を目指すんだ。

希望をのせた、この方舟に乗って。

この作品はいかがでしたか?

2

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚