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朝菊です。初めてこんな書きました😭
つい書きたいことがありすぎてこんなんになっちゃいました。
11148文字。お楽しみください。
⚠ばりばり史実⚠血表現あり
いつだろうか。暑い日だった。縁側に2人で腰を掛け、吊り下げられた風鈴がチリンと鳴いてたのを覚えている。
「アーサーさん。私に英語を教えてください」
彼に頼んだ初めてのお願いだった。
菊はアーサーをお慕いしていた。
彼との関わりは鎖国してからも、少しだが続いていた。何も言わずに側に居てくれて話も聞いてくれる。国同士というか友達の様な存在だった。
つまり現実は友達止まり。でも、私はそれを苦に思ったことはなかった。こうやって好きな人と関係が続いていることは幸せだし、人より傲慢な性格ではなかったから。
そんなある日、日本は開国した。
つい最近の事だ。アルフレッドさんから、鎖国を辞めるようしつこく言い寄られたのが原因。
不平等条約も結ばされ、彼からはいいように使われた。そこで気付いたんです。日本は今、世界に遅れをとっているという事を。舐められているという事を。事実を知るたびに焦りや、国民と県への申し訳無さで、夜は眠れたものではなかった。
ずっと。200年間国民に、県に迷惑をかけてきた。償いというには遅すぎたかもしれないが、これからは出来るだけ外交を大切にしていきたい。私が国と国でのビジネス関係の架け橋になればいい。そんな考えだった。
でもまずは言語からだ。ずっと大阪さんに横についてもらう訳にもいかないし、初めて関わる国と会話が上手く成立するなんてことは0に等しい。自分で喋れるようになったら彼らの負担も減るだろう。そこでアーサーさんに教えてもらうことにしたのだ。
「……というわけで」
「なるほどな。……分かった。教えてやる」
「ほんとですか!?ありがとうございます…」
アルフレッドさんから貰った英単語帳を懐から取り出した。
「まず知ってる単語言ってみろ。お前の英語力を測ってやる」
「は、はい。はろーとあぽー…ぐらいなら」
「……壊滅的だな」
「知ってます」
笑う事もできない、壊滅的な英語力と発音に彼は頭を悩ませた。しょうがないじゃないですか。200年間引きこもってて日本語の会話すらも危ういのに。
「てか、俺じゃなくてもいいんじゃないか?アルの野郎が頻繁にココに来るようになったんだろ?じゃあアルに…」
「アルフレッドさんから教わることも、もちろん考えました。ですが…いざ教えてもらったら、脳筋すぎて…」
「あー、想像できる」
彼との会話を思い出す。
「アルフレッドさん、私に英語を教えてください」
「?英語かい?もちろんだよ!」
「何から教えればいいんだい?」
「じゃあ……まずは単語からお願いします」
「OK!じゃあ簡単なものからいくね」
「Hello、Apple、Strawberry、Home、Nature、…」
「ちょちょちょ…!待ってください!」
「ん?」
「あの、意味とかは……」
「あ!忘れてたんだぞ!」
「……」
「それは…災難だったな、」
「まぁ、帰りにこの単語帳をくれたのは感謝しています。」
「よし、分かった。じゃあこれからは、俺がお前のTeacherな」
「!よ、よろしくお願いします!」
彼は胸を張り、優しい笑顔を私に向ける。
「それと…てぃーちゃーってなんですか、?」
「……」
格好良く決まったムードを濁してしまった私の1言に、彼は赤面した。ごめんなさい。この会話が格好良くキマるように、これから沢山教えてくださいね。
「じゃ、じゃあ次は文法やってみるか、」
「はい。お願いします」
「Do you like food?」
「あ、あいらいく、しおじゃけ、」
「ん、発音は改善の余地ありだな。けど文法は正解だ。」
「ほ、ほんとですか!?良かった、」
「じゃあ次。Where do you want to go?」
「……??」
初めて聞いた英単語に”?”を浮かべた。
「これは、あなたはどこに行きたいですか?だ。」
「これを答える時は……I want to go to england」
「あ、あいうぇんとぅ、とぅ、ごーとぅいんぐらんど!」
「…ぷっ、」
「あ、!今笑いましたよね、!?」
「はは、悪い、あまりにも…(笑)」
「もう……次です次!」
「分かった分かった(笑)」
そんな和やかな雰囲気を纏った彼は、急にこちらに目を合わせた。静かな縁側で蝉の鳴き声が響く。彼は少し目を合わせるなり
「I love you」
かなり早いテンポでそう私に問題を出した。
「あらぶゆ?急に難問ですね…」
「アラブユってなんだよ(笑)」
「え、違うんですか?」
「全然違うな」
「左様ですか、ちょっと待ってください。今調べますので」
「ああぁいや!!大丈夫だ!」
そんな重要な単語じゃないしな!!と彼は焦りながら、私が開いた単語帳を急いで閉じた。
重要じゃないなら何で教えたんでしょうか……。少し性格が悪い疑問に首を傾げた。
「分かりました。では、この意味が分かる時は、私が英語をますたーした時ですね。」
「ふは、アルに教わったのか?」
「はい。ますたーとひーろーはアルフレッドさんが、よくおっしゃっていましたので」
「ふっ、アルらしいな」
「ですね」
それからも雑談を交えながら、アーサーさんに英語を教えてもらった。
懐かしい。幼い頃は、こうやって耀さんに漢字を教えてもらったものだ。平仮名を勝手に作ったことにはグチグチ言われましたが…。
そんな事を考えながら話していると、あっと言う間に時間が過ぎ、すっかり日が陰る。家の白壁が夕陽に照り返されていて眩しかった。
「今日はありがとうございました。久しぶりにお会いしたのに、私の我儘に付き合わせてしまってすいません。」
「大丈夫だって。俺も、久しぶりにお前と会えて嬉しかったし……」
「べ、別に俺がお前に会いたかったからとかそんなんじゃねぇけど、!」
「ふふ、ありがとうございます。」
彼の顔が赤く照らされていた。夕暮れ時だからだろうか。それとも照れているからだろうか。後者の方が嬉しいが、私の目では判断が難しかった。
「また何時でもいらしてください。次は貴方のお願いに付き合いますので」
「お前と話せるだけで満足だよ」
「そんな謙虚になさらず」
「謙虚になんかなってねぇっての。本心だ」
「……そ、そうですか、」
照れた顔を隠すように、ゆがめて笑った。
だけど、そんな平和な環境もそう長くは続かなかった。開国に付いてくるものは良いことばかりじゃない。もちろん悪いことも付き物。無理矢理に開国をさせられたこの国にとって、そんな事は視野になどなかった。
「そうですか…ロシアさんが……」
世界会議には顔を出さない国がいる。この時代なら尚更だ。そういう国は、決まって何処かを自分の植民地にしようと動いている国だった。ロシアさんもそう。南下政策とやらで、彼はどんどん勢力を伸ばしていた。
「祖国…このままじゃ日本も……」
「祖国。ロシアと協力関係を築くべきです。彼の脅威は計り知れません…どうかご検討を。」
「何言ってるんだ…あんな奴が話をまともに聞いてくれる訳ないだろ…!ここは英国と組むべきだ、」
英国。最近その言葉に敏感に反応するようになった。筆を机に置き、政府を落ち着かせる為に口を開く。
「お二人共、落ち着いてください。」
「確かに。どちらの意見も理解できます。ですが、ロシアさんが世界会議に来ていない国だということ、どんな人か分からない以上、安易に関わることはでません。顔合わせすら上手くいく保証はないです。」
淡々と口を閉じた2人を見ながら、言った。
「私は、英国と条約を結ぶことを検討したいです」
政治に参加している。そう最初に思えたのがこの瞬間だった。片方は笑顔を見せ、もう片方は眉間にシワを寄せる。始めて人にしっかりとした妬みを向けられていると実感したのも、この瞬間だった。
「Hello菊」
「こんにちは。アーサーさん」
いつもと変わらず挨拶を交わす。あんな政治の話なんかなかったかのように振る舞った。
「紅茶淹れますね」
「あぁ。ありがとう」
滅多に使わない戸棚から紅茶葉を取り出す。彼の為だけに用意したと言っても過言ではない。紅茶を淹れ、貰った薔薇の束を花瓶に飾った。
「久しぶりですね。何年振りですか?」
「さぁ……最近は俺とお前も含めて皆忙しいからな。」
「もう嫌になっちゃいますよ。引きこもり生活に戻りたいです」
「はは、お前がそう思うのも無理ないよ」
紅茶が1月の寒さを過ごす体に染み渡った。外には雪が積もっているせいで、あの時みたいに縁側で過ごすことは叶わなかったが、それでも彼と変わらず過ごせる時間が嬉しい。冬なのに風鈴の音が2人の耳に入る。
「……フウリンの音か?」
「外すのが面倒くさくなってしまって……」
ズボラな部分が知られてしまい恥ずかしくなる。
「はは、やっぱ菊は面白いな、(笑)」
「…」
彼は伏し目気味に笑いながら、悲しげな目つきを見せた。
「……アーサーさん。外、行きませんか?」
「流石にこっちは2月近いだけあって寒いな。そんな薄着で大丈夫か?」
「お気遣い感謝します。私は大丈夫ですよ。慣れてますので」
最近、欧米との貿易で手元に来たコートを身に纏い、海が近い崖へと連れて行った。
「……綺麗だな。こっちの夜空に負けないぐらい」
「ここは私のお気に入りの場所なんです。幼い頃はよく来ていました。」
冬の深夜、凍った無数のきらめく星がそこにはあった。それは夢の景色のように、ただひたすらに美しい眺めだった。月は海に反射し、月明かりは歓迎するように私達を照らす。
何百年前振りだろうか。怒られた時はよくここで星たちに慰めてもらっていた。懐かしい思い出が蘇り、久しぶりにここで干渉に浸る。
「イギリスさん。私は、ここに来ると決まって悩みを吐いていました。」
「愚痴吐き場といったら聞こえは悪いですが……。この広い星空を見ていたら、自分の悩み事なんてちっぽけに思えてしまうのです」
単純ですよね。自分の言葉に付け加え、星空に向いていた目を彼へと向けた。
「私は、貴方を国としてではなく、良き友人として接していきたいです」
「友人の悩みを分け合いたいと思うのは…おかしい事ですかね」
苦ではない。ないはずなのにどこか心にヒビが入ったような気がする。
合わせていた彼の目は丸くなった。口をつぐむ素振りを見せたと思ったら、彼は口を開く。
「気付いてたのか…流石菊だな、」
「お褒めにお預かり光栄です」
「……ロシアさんの事ですよね。」
「はは、そうだな。イギリスのお偉いさんがたは、最近その話で持ちきりだ」
「俺にそんな事聞かれても知らねぇし…好きで国に生まれた訳じゃねぇのにさ。」
やになっちまうよ。呆れたような、疲れたような細い声を出す彼に、気の毒で胸が塞がった。きっとこっちに来たのは政府が嫌になったからだろう。私も同じ経験がいくつかある。
だが、それと同時に少しの嬉しさも感じてしまった。最低だと、自分でも分かってる。だけど、自分と同じ悩みを持っている彼に酷く共感していた。
「イギリスさん。私と同盟を組んでくれませんか」
「……え」
唖然としていた彼に言葉を重ねた。
「ロシアさんが脅威なのはこちらも悩んでおりましたので……条約を結べば、最新鋭の武器も、経済的な援助も保証します。」
どうですか?耀さんみたく交渉術の真似事をする。
「私は是非とも、イギリスさんと同盟を組みたいです」
その言葉を聞くなり、彼は頬に喜色を浮かべた。
「あぁ。お前がその気なら、明日にでも同盟を組もう」
まるで野原に咲く蒲公英のように、その笑顔は優しく、温かかった。
同盟を結んでから増えると思っていた彼との関係は、その逆でパッタリと無くなった。だが、私も他国の心配を考えるほど暇じゃない。
急速に変わりゆく世界に置いて行かれないように、欧米の文化も世界会議で他国を誘い、取り入れた。優しい言葉で謙虚に。偽りだとしても、この時だけ自分の性格が誇らしく思えた。強国に認めて貰えるように好印象を与えつつ、中立な立場でいて甘い蜜だけ啜るように。
街を発展させて、工場を作って、武器を作って、作って、作って、作って、作って。
ありがとう。菊。
その言葉だけが聞きたくて____。
「ロシアと……戦うんだよな」
「……はい。」
僅か2年程が経った頃だった。和やかさなどは感じられない居間で、彼と会話を交わす。
無理もない。味方だった国がいつ寝返るか分からないこんな状況で、平然を保っている方がおかしい。
「出来るだけの援助はするつもりだ。だけど、無理はすんなよ」
「……善処します」
彼への気遣いに、思ってもいない返事をする。
自国の独立と安全を守るためには仕方の無いことだった。自分でも分かってる。こんな小さい島国がロシア帝国に勝てるなどわずかな希望だった。
「……アーサーさん。多分、これからも100年ほど……いえ、300年はこうやって対談することは無いでしょう。もしかしたら何千年後かもしれません」
唾を飲み込み、正座している手に力が入る。涙を堪えるように、自分の浴衣をキュッと握りしめた。
「あの時の言葉……今でも覚えています」
「ちゃんと、返事が伝えられるその日まで。居なくならないでください、」
何かを察したように、彼の頬は赤くなった。あぁ、この顔が平和に見られる暮らしに……なってほしかったものです。私、あれから随分勉強したんですよ。きっと、あの時、その意味を知っていたら、未来は変わっていたんでしょうか。
このまま、貴方とどこか遠くで添い遂げられていたのでしょうか。
「その……お前こそ、居なくなんなよ、」
「ふふ、どうでしょう」
「あのなぁ…」
「冗談ですよ。すいません。おいたが過ぎましたね」
その言葉に、”はい”とは言えなかった。
草木の匂いが鼻につく。嫌な匂いだ。今までの戦を思い出す。ないはずの血の匂いまでも脳が思い出させてきた。
久しく戦場に参戦した。
関係は少なくなっても、絆は薄まらない。日英相互において、この乱世では大いに助け合った。 日露戦争で、戦費調達やら諜報活動ではこれ程かというほどイギリスが援助してくれた。
でも血が耐えることはない。脳が見るのを拒否している感覚だ。斬って……斬って…斬って、斬って斬って。それでも戦い続けなければいけなかった。
何の為に?
自国の為だと、思いたかった。
これしか道は残されていなかったと。自分に言い聞かせた。
多くの犠牲をはらいながらも
日本は勝利を収めた。
久しぶりの世界会議。顔の傷がまだ痛むが、顔は出さないと敵意を示していると勘違いされても面倒だ。頬に当て布を付けながら出席した。
「おはようございます」
変わらずいつもの笑顔で挨拶する。
「お、おはよう……」
____
「……おはよう」
____
「あ、あぁ……」
____
「H、Hello…キク…」
____
違和感がじわじわと私を侵食していった。おかしい。前まで何ともない顔をして笑顔を向けながら、私に挨拶を返してくれた国が今日は1人もいなかった。アメリカさんに至っては違和感の塊だ。陽気な彼がそこまでだと、自分も不安やら疑問を持つ。
そんな時、見覚えのある顔が目に留まった。
「おはようございます。アーサーさん」
彼だけは違うと。いつものように優しい笑顔で挨拶を返してくれると。
「……おはよう。菊」
信じているから。
「あの件はありがとうございました。……何とお礼を言ったらいいか……。」
「んなの良いって。俺もお前に国債のことで助けてもらったし、」
「そうですか。借りを返せているのなら、良かったです。」
「まさか本当に勝つとはな」
「私でも、未だに驚いています」
「これも我が国民とアーサーさんの協力があってこそでした」
どれにおいても、私達は欠かさず感謝を伝えた。それだけで精神が安定するなんて、馬鹿みたいだが真実だ。
「なぁ……菊、こんな時に言うのもあれなんだが……」
「お前……最近鏡見たか?」
「?」
いきなり意味が分からない質問に首を傾げる。
「鏡、は、……確かに、最近は見ていませんが…」
会話の意図は分からないが、とりあえず質問に答えた。
「もう、何なんですかいきなり(笑)」
「お手洗いに行ってきますね。会議には間に合いますので」
「……あぁ。」
彼の表情はよく見えなかった。見ようとしなかった。ただ、1月のあの時と同じような、か細い声が私の背中に吐かれただけだった。
(鏡……ですか。もしかしたら、今日食べた米粒が顔に付いていたのかもしれませんね)
お手洗いを済ませ、久しぶりの鏡に映った自分の姿に、思考が止まった。
「………これが、私……?」
目の前に居たのは、いつか知っていた自分の姿とはかけ離れていた自分だった。光を失った赤黒い瞳。ほとんど冷酷そのもののような顔つき。
目の前の鏡で笑顔を練習するも、とても自然な笑顔とは言えなかった。映されるのは不気味な笑顔を浮かべる自分だけ。
嫌な可能性が頭を過る。あの時。国と挨拶を交わした時、私はちゃんと笑えていたのだろうか。アーサーさんと話している時だってそう。(笑)っている感覚はあった。あったはずなのに。
「君……よくそんな笑顔できるね、ユウジョウってやつかい?」
廊下に出て会議室に行こうとする道のりで、仮眠室から書き覚えのある声が聞こえた。
「さぁな。気遣いみたいなもんだよ。自分でも気づいてなかったらしいしからな……」
その声に反応して、足を止めた。
「まぁ…キク自身が気付いたとしても、あれはもう止めようがないよ。」
「……」
「……ロシアに、勝ったんだろう?」
「……あぁ。そうだな」
「味方になってくれたら、随分頼もしいんだけどね」
嫌な会話だ。称賛とも呼べるが嫌味のようにも聞こえる。
「気を付けなよ。俺は、君がアイツに利用される前に、関係を切ることをおすすめするよ」
「はは、見くびり過ぎんだ。菊はそんなんじゃねぇよ」
「……あれはもう、キミの知ってるキクじゃなくてもかい?」
「……お前はどうなんだよ。一応開国させた身だろ?」
「……今は同情より罪悪感だよ。皆に対してね。日本を開国させなかったら、恐怖が増えることもなかったんだけど、」
申し訳なさそうに彼は呟いた。
「後悔してないっていうのは……嘘かな、」
呆然として、もう何も言えなかった。ショックやら、怒りやら、困惑やらが腹の中で育っていった。喜怒哀楽の1つじゃ表せられない、名付けようもない様々な感情は、居場所も見つからぬまま、私の中に残った。
頭が真っ白になって、……それから、どうしたんだろう……会議もまともに参加していたかすら思い出せない。
ただ、確かなのは。
「日英同盟の破棄を遂行する」
彼が初めて真面目に会議を進めていた現状と。
アーサーさんの怒鳴り声と。
会議室の床が鮮明に目に焼き付いていて。
いつの間にか私は頭を下げていた。
「なぁ、菊……」
その声は呪いみたいに脳内に焼き付いた。
裏切ったのは、あなたの方でしょうに。
私達の両思いは儚く散った。
そんな私達をお構いなしに時は、世界は進んでいく。
「このままでは軍備費が足りませんね…」
「今の軍備を米国にあててください。あちらが勝利すれば金も入ってくるでしょう」
ただただ自国を守りたくて。
「祖国。貴方のためなら、この生活も苦ではありません」
「祖国の為に、私も一生懸命戦います」
迷惑を掛けてきた分を償いたくて。
「後悔してないっていうのは……嘘かな、」
この感情を無いものにしたくて。
「菊……見ない内にそんな生意気に育って…」
我が国の国民を傷つけた国が許せなくて。
「アーサーさん。私に英語を教えてください」
あれ。
私にしたかった償いって。
こんな事でしたっけ。
「…はっ、…はっ、……」
息が不規則に肩を揺らした。震えながら吸って、吐いて……。ボロボロで傷口も塞がらない体の痛みに耐え、ただ前の敵に、かたきに、折れた刀を向ける。
「……君は狂ってるよ。」
「君の仲間はもう負けたんだ。勝ち筋なんて1ミリもない。いい加減現実を見なよ」
「君はもう、俺達に屈するしかないんだ。」
屈する?
その言葉に、込み上げてくるものは怒りしかなかった。歯を食いしばり、どうしようもないそれを抑える。
「……若造の分際で、この私に屈しろと?白旗を上げろと?」
私が?
「自惚れるな、」
「この私が!この国が!貴様ら如きに、屈するなんて醜態晒すわけないだろう!!?」
「、貴様らに屈するような膝などは持ち合わせていない!!!」
あの時から。あの人を裏切った時から、
私に負けなど許されない。
彼に吠えた瞬間だった。
私は、どこで道を誤ってしまったのでしょう。
こんな恩返しの仕方がしたい訳ではなかった。
ただ、開国したのなら、他国との関わりで国が豊かになれば……国民が笑顔になってくれれば。
それだけだったはずなのに。
「……仕方ないよ、こうでもしないと、君…」
「止まらないだろう、?」
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい王さん。嫌だ。嫌だ負けたくない。こんな、こんな。
撃たれた箇所から痛みが全身に広がっていき、そこで意識を手放した。
「…」
暑い日だった。縁側沿いの部屋で寝込み、結局片付けなかった風鈴がチリンと鳴いた。静かなそこで蝉の鳴き声が響く。
あの時の会話を思い出す。
「……いい加減出てきたらどうです、?こんな状態ですので、私はそちらへ行けませんよ」
「………うん、お邪魔するよ、」
日本は敗戦した。
今の菊には赤黒い瞳も、生きる闘志も宿されていなかった。黒曜石のように深く、真っ黒な目。
「その……痛むかい?…体…」
「……まぁ、それなりには。右足と横腹は酷い火傷で今も溶けてから治ってませんし、腹部の銃傷も塞がってません。肋も折れていますし」
「……そっか、…そう、だよね……」
自分でも性格が悪いと思う。彼の手はみっともなく震えていた。目線は下で泳ぐばなり。唇をつぐみながら太陽は無理に笑顔を作った。
「キク、俺に何か…出来ること、ないかな…」
「……」
「……国民の救済と国の安全を。それだけで大丈夫です。」
「……うん、」
静まり返った部屋で、ガラガラと彼が戸を閉めた音ははっきりと聞こえた。
まさか、彼があんなに動揺されるとは思ってもいなかった。いつも無神経な彼にもあんな一面があったことに鼻で息をする。
「……ねぇ、アーサーさん。」
「……気付いてたのか」
「だいぶ前から。やはり兄弟ですね。やることが一緒です」
「はは、そりゃどうも」
彼は寝込んでいる私の横に腰を下ろした。
「あんま、アルをいじめてやんなよ」
「……いじめたつもりはないんですけどね」
「嘘つけ」
「アイツはまだ子供だ。経験も俺らより少ないし、見ての通り、アイツも今回の戦争でだいぶ参ってる。恐ろしいことしちまったなって」
「お前を撃ったことで、それがさらに追い詰められてるんだろうよ」
「……正直、感謝はしています。アルフレッドさんが私を撃ってくれなかったら、今頃歯止めが効かなくなっていたでしょうから、」
「私も子供ですね……2人の敵だとか言って、冷静な判断ができてませんでした」
「また、友人のイタミワケってやつか?」
「……そのようなものです」
「それで……貴方は何をしにきたんですか?」
「彼みたいに、私を慰めに?」
「あぁ。慰め……だな。だけど、俺は大人だからな。あんな下手くそな慰め方はしねぇ。」
彼は優しく私の頬を撫でた。
「お前の望み、何でもいいから言ってみろ。日帝でも、テンノウでもない、本田菊の望みをな」
「……」
「………謝りたいです…フェリシアーノ君に、ルートさんに、王さんに…アルフレッド、さんに…」
今まで堪えていた涙が目尻から頬を伝った。悲しくて、申し訳なくて、それでも優しくしてくれるのが嬉しくて、涙が止まらなかった。
「ひど…ことっ、たくさん、…して、しまった…のでっ…ちゃっ、と…あや、り、たい…ですっ、」
途切れ途切れの言葉に、嗚咽が混じって掠れて、聞き取るに堪えない声だろう。情けなさと自分のみっともなさが手に取るように見えてきて、息継ぎも会話も成り立たなくなって、涙ばかりがあたりに散らばっていく。
そんな私の頭を、彼は優しく撫でた。
「……分かった」
「き、く……?」
「菊…」
アーサーさんに抱きかかえられた私を見た2人は、声を合わせて名前を呼ぶ。
「っ、」
衝動的にそこから動きだした。体がまともに機能しない事実も忘れて、ただ抱きしめて、謝りたくて。その一心で彼らの方へ向かった。
転びそうになった私を、彼らは抱きかかえるように受け止めた。
「ごめんなさいっ…」
菊の瞳には、確かに光が一周していた。
いろんな事がありました。
「懐かしいですね…」
桜が満開の庭で彼と風に吹かれた。
「いつの話してんだよ、」
「はて、もう100年以上は経ちますね」
「100年以上返事を待たされた俺の身にもなれっての」
唇を尖らせ、彼は不機嫌そうな顔を浮かべる。
儚く散ったと思っていたものは、まだ完全に散ってはいなかった。
「すいません…ちゃんと伝えたかったので」
いじらしく、焦らすように下を向きながら笑った。
「ほら、早く伝えないとアイツら来ちゃうだろ?」
「……今じゃないと駄目ですか?」
「おれが拗ねてもいいなら良いけど」
「それは……嫌かもです、」
「だろ?」
目をパチクリさせながら彼と目を合わせる。風に吹かれて舞った花弁が私の頬に触れた。
「I love you, to」
多分、あの時から1番発音を練習した文法だ。諦めていたが、気持ちが隠せず練習していた。上手くいった発音にほくそ笑む。
「……俺の為に練習してくれたのか?」
彼は落ちつきはらったような目で、眉を落としながら私の顔を覗き込んだ。それはもう本当に落ちついた、感情の乱れを感じさせない穏やかな笑顔で。
「はい」
「あい、うえんとぅとぅびー、うぃざゆー。です!」
それに応えるかのように、私も彼に微笑み返した。
「……ぷっ、」
「あ、!今笑いましたよね、!?」
「はは、悪い、あまりにも…(笑)」
「もう、」
どこか懐かしい会話に満更でもなくなる。こんな会話で躓いているようじゃ、英語をますたーするのはいつになることやら……、
i want to be with you.脳内では完璧に再生された英文でも、いざ声に出したら幼稚になる発音に頬を膨らます。
「Me too.」
「………え、」
「なんだ?求めてた返事と違ったか?」
「え、ぁ、い、いえ!」
全く…彼には敵わないですね。
その日、菊の家からは
歓談が絶えなかったという。