4.本音
「黒名くん、お客さんが来てはるよ」
「こんな朝にか…?待って髪くくる。誰?」
「多分、今黒名くんが1番愛してはる人。」
「…?」
首を少し傾けて口を開けたまま考えている黒名を急かすようにして洗面所へと押す。
歯を磨きながら眠たそうに目を擦る黒名くんを確認すると部屋の入り口へと向かった。
黒名くんの来客はまだ眠たいのか、それとも顔を隠そうとしているのか下を向くように俯いていた。
「カイザーとは話せたん。」
僕がそう問いかけて横に並ぶと来客…ネスは小さく頷いた。
「話せました。ちゃんと自分の気持ちを伝えました。」
「…どうやったか聞いてもいいん 」
「…聞いてくれるんですか。カイザーは世一を好意として愛している訳ではなかった。サッカーを面白くする為の挿絵だと…。」
ネスはやっと顔を少し上げると引き攣りながら微笑んだ。
そして震える手で首を抑えると今度は震えた声でつぶやいた。
「カイザーを叩いてしまいました。この手でカイザーの首を…締めました。」
「え…死んだん??」
突然の自白に頭が真っ白になった。
ネスも慌てて首を横に張った。
「亡くなってませんッ!昔、カイザーは自分で自身の首を締めていました。僕が感情的になって締めてしまった時、こう言われたんです。」
“お前が代わりに俺を終わらせてくれるのか”
「僕は黒名を選べません。でも世一も選べません。正直になった結果です。」
ネスが僕の方を向き直った直後、部屋から黒名が出てきた。
ネスは気づいていないのか口を開く。
「僕は、世一が好きです。この世で1番大切です。」
(やってしもーたかもな…)
黒名の反応を伺うと思ったよりも驚いた顔はしていなかった。
その代わりに涙目になりながらネスの背中に抱きついていた。
「馬鹿野郎ッ気づくのがおせぇよ!気づいたなら諦めんな!!ちゃんと好きだって言えよ!」
ネスは僕と目線を合わせながらあたふたと手を動かしている。
どうするべきが分かっていないのだろう。
僕はネスに微笑んで自分のお腹を触るようなジェスチャーをしてみせた。
ネスはその手の意味に気づいたようだ。
優しく、ゆっくりと手を黒名の手に重ねた。
黒名は声をあげて泣き始めた。
「ネスぅ、お前なんか嫌いだッ!俺の好きな人が潔だとか二度と言うなよッ!!俺が好きなのはネス、お前なんだからな!!💢」
黒名の告白に思わず口を押さえる。
ネスはと言うと優しく口元を上げていた。
そして黒名の手を解くと向き直って膝をついた。
「ごめんなさい、蘭世…。嬉しいです。ちゃんと。蘭世が僕を好いていてくれるように僕にも世一に対する気持ちがあります。友達として側に居てください。 」
黒名はネスの目を真っ直ぐに見たまま、深く重く頷いた。
後悔はもう残っていないのか、少し怠さのあった黒名のプレーは元に戻り潔くんとのコンビネーションも掴んできた。
ネスが全てを終わらせた。
いや、ネスが黒名をスタートラインから押した。
後はネスだけだ。
ネスがどう動くかによってこれからが大きく動く。
障害物のなくなった今、ネスを咎めるものはもう居ないはず。
「ネス、潔とどうなりたい?」
「え、今聞きますか…?笑」
「確かに気になる話やな。」
僕はネスに肩を寄せて肘でつつく。
すると黒名もネスに肩を寄せて小さな体で体当たりしてきた。
「それ僕にまで被害きてはるねんけど!?」
「しーっ!まだ潔寝てるから!」
「え、世一居たんですか!?聞かれてたらやばいんじゃ…」
「大丈夫。潔寝起き2分くらいは何も考えてないから」
「急に立ち上がっていつもの調子に戻るんほんま慣れへんわ。」
「カイザーも寝相は悪いですよ。寝癖が酷いので僕が直してます。もう直すこともできないかもしれませんけどね。」
たしかに今3人は一緒にいる。
複雑な至って良好な関係だ。
サッカーをするだけのライバル的な存在。
僕はこの物語に魔法をかけただけ。
さぁ潔くん。選ぶのは君だよ。
「…ネスが俺を??え?」