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記事を目で追うアリスはあまりのショックに、地面がグラグラしているようだった
母屋のリビングでお福に新聞を見せられて、全文を読んだ今、なんだか座っている床が、傾いているように感じる、タブレットの選挙ニュースサイトの記事もじっくり読む
なぜこんなことに?
鬼龍院と北斗さんが?
そしてわかった、自分の過去が北斗さんの選挙戦に悪影響を与えている、北斗さんはゆうべどうして言ってくれなかったんだろう
でもどんなに後悔していても、鬼龍院と婚約していた事実は消えない
そして婚約を解消して、北斗さんと恋に落ちて結婚したことも、今まで一度だって後悔したことなどない、でもどうしてそれが二人が対立する理由になるの?
この記事を書いた人物の目は節穴なのだろうか?一気に怒りが沸き上がる、そしてやられて初めて分かる・・・・
自分の過去をまったく関係ない者に掘り起こされて、人目に晒される屈辱・・・
今までの自分の努力が汚されたような感覚、北斗さんも今同じ気持ちを味わっているのだろうか
「次の鬼龍院の街宣場所はどこかしら、夜の闇にまみれてアイツの後頭部を、レンガで殴ってやるわそしたら鬼龍院は怪我のため立候補を辞退、めでたし、めでたし・・・・」
「そろそろ本気でアイツを撃つか?」
「ナオ君!」
ブツブツアリスが独り言を言っていると、直哉が大きなあくびをして入って来た、上半身裸で髪はボサボサだ、彼も連日の選挙運動で相当疲れている
「俺は今日は午後から街宣カーに乗るから午後出勤さ」
「ナオ君・・・このこと詳しく話して 」
アリスは真剣な表情でタブレットをナオに見せた
ナオはうなずき自分もその場にいたと、椅子の上で伸びをして頭の後ろで両手を組む、二つの缶コーヒーのうち一つをアリスに渡す
「鬼龍院がわざと兄貴を怒らすために、アリスの事を持ち出してきたのは間違いないな、さすがの俺も近くに記者が潜んでいるのは気がつかなかったんだ 」
「私の存在が・・・・ややこしくさせているのね」
「兄貴ならなんとかするさ 」
ナオが缶コーヒーを飲みながら言う
「たとえこの事でみんなが大騒ぎしても、こっちの陣営は崩れないよ、俺は兄貴の立てた環境問題の政策こそ、この町に必要だと思っている。そしてそれを見事兄貴がやり遂げてくれると信じている、1人10万円給付より遥かに大事だ」
アリスは自分の存在がこんな形で大切な自分の夫の、足を引っ張るなんて思ってもみなかった、ぐっと泣きそうになるのを堪える
「元気出せ!」
バンッと直哉に肩を叩かれる
「要はこんなくだらないゴシップまがいの話題が、消し飛んでしまうような話題が出たらいいんだ。今の所は貞子とそろそろ大規模な集会をした方が、いいと言ってるんだがちょっと資金がな・・・・ 」
直哉はさりげなさを装っているけど、両手が落ち着きなく動いている
「集会をするのにそんなにお金がかかるの?」
アリスはぶっきらぼうに言った
「小さなホールとか体育館ならすぐに借りられるけど、貞子と話し合っているのは、大きな会場に人を集めてマスコミも呼ぶんだ、集会が出来れば環境問題に関心がある、観光事業系列と農業開発関係の票を、かっさらえる自信はあるんだ、この町の住人は会社勤めは少ないからな、みんな何かしら自営業をしている」
そうして何か対策を考えると直哉はいなくなった、アリスは直哉がいなくなっても、じっと身動きせずに考えていた・・・・
昔母親の琴子もやっていた事だ、多くの人から支援を頂くためには資金がいる
そこをなるべく資金を使わずに、なんとかやっていたのに、自分が北斗さんの選挙を難しくしているなんて、いたたまれない気持ちでアリスはコーヒーを飲んだ
そして自分の頬をパンパンッと二回叩く
泣くな!自分!
北斗さんの役に立つ方法を考えるのよ!
その時賢明に涙を堪えるアリスの様子を、お福が台所から見つめ、布巾を握る手にぎゅっと力をこめた
..:。:.::.*゜:.
「あのさ・・・小4の時の・・・・覚えている? 」
すっかり人もいなくなった夜の選挙事務所で、北斗と二人っきりになった、信夫が椅子ごと北斗の所に寄ってきて話しかけた
まる一日かけて危機管理対策を、現時点ではすべてやりきった
たぶん明日になれば別の問題が発生するだろう、SNSとはそういうものだ
注目されればされるほど平和な時は過ごせない、しかし今日の分はやりきった
すっきりした顔の信夫に比べて、北斗はすっかり意気消沈してやさぐれていた、目の下にクマをこさえ、呆然としながら、まだ怒りに心を支配されている様子だ
「・・・・初めてお前が引きこもった時?」
北斗が本日10杯目のコーヒーを飲み干して信夫に聞いた
「あの時の僕は家族の中でもはみ出し者だった、学校の先生も親も姉さんまでもが僕に言った「いったい信夫何が不満なんだ?」ってね・・・そんなの分かるわけない・・・僕だって何が何だかわからないんだから・・・ 」
そう肩をすくめた信夫をじっとうつろな目で、北斗は何が言いたいんだ?と見つめる
「でも・・・・僕は覚えている、北斗は忘れてるかもしれないけど・・・僕が引きこもって部屋から出てこなかった時言ってくれたよね、僕に「何が嫌なんだ?」じゃなくて、「何が怖いんだ?」って聞いてくれた・・・・」
「ああ・・・覚えているよ・・・俺もそうだったから・・・・」
北斗が少し微笑むと信夫も微笑む、ほっと緊張の糸が解けて、室内に穏やかな空気が戻ったようだった
「そう・・・僕は嫌じゃなくて怖かったんだ、どうしてもみんなと同じ教室で。じっと座っていられなかった、じっとしてると・・・怖いんだよ、だから歩き回った、それが授業中でダメな事はわかっていても、また母さんや姉さんが呼ばれて、教師から説教をされるのがわかっていても・・・僕のせいで・・・・僕は・・・死んでしまいたいと思った」
「・・・・わかるよ・・・・今の俺がそうだ 」
「僕は知ってる・・・・君が毎朝一番に来てあそこの高架下の、浮浪者のおばあさんにパンをあげているのも・・事務所の横のゴミ箱を必ず掃除しているのも・・・」
思わず「なんで知ってるんだ?」と北斗が目を見開く
「君は困っている人を見ると放っておけないんだよ、それは君が持って生まれた性分・・・君の本性だ、そしてそれを僕は誇らしく思っている」
信夫はにやりとしてポケットに手を突っ込み、(ハリボーグミゴールド)の小さな袋を取り出し、下手投げで北斗に放る
パシッと北斗が上手くキャッチする
小さな頃から北斗はこのグミが好きだ、幼馴染だからこそ知っていることだ
「これは賄賂には入らないよな」
信夫に感謝の言葉を表したいのだけど、何を言えばいいかわからない、なので北斗は貰ったハリボーグミの袋を開けた
そして信夫は自分の服をくんくん匂い出した
「さすがに・・・・今日は帰って風呂に入るよ、今回の事件でずいぶん長い間入ってないんだ 」
「戸締りはやっておくよ 」
信夫が帰り支度をしドアから出て行く時に、くるりと北斗に振り向いて言った
「~淡路の風~は君しかいないよ北斗・・・僕はそう思う、君は勝たなきゃいけない・・・・何としても 」
バタンと事務所のドアが閉まる音が、今の北斗にはやけに大きく聞こえた