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「髪の毛、触っていい?」「いいよ。」
肩に触れるぐらいの長さの髪は思ったよりさらさらで、思わず「綺麗」と佐藤は零す。
少し顔を傾けて、照れながらも月に負けない儚さで「ありがと」と照紅は返す。
病室の窓から見える落葉樹はまだ1枚の葉をつけているが、あと少しすれば散ってしまうだろう。
佐藤は持ってきた接着剤を手に取り「あの葉っぱが散るまで死なないでね。」と言うが、
それを見て照紅は当たり前に「そんなの持ってたら説得力ゼロだよ」と笑う。
「じゃあこの花が枯れるまで」
「造花は枯れないでしょ。」
これならと佐藤はお見舞いで持ってきた造花を差し出すが、照紅にあっさり流される。
照紅はそう言いながらも造花を受け取り、膝の上に大事そうに置いた。
「…今日満月だね。」
今度は照紅が静かに呟く。
「そうだね。」
「満月から新月になるのってさ、丁度2週間くらいなんだよ。」
「……。」
「…じゃあ、あの月が見えなくなるまで、頑張って生きるよ。」
そう言って、照紅は自分の腕に繋がった点滴を撫でた。
「…ずるいよ。」
そんなの、どうしようもないじゃない、と佐藤は胸の中で零した。
照紅が寝た後に、佐藤は病院を抜け出した。
途中見かけた神社やお地蔵様に手を合わせ、沢山祈った。
「新月になりませんように」と。
…結局、全部無駄だった。
佐藤は目の前の光景を目にし、そう心の中で呟いた。
あの後病院から電話がかかり、病室に駆けつけた時にはもう遅かった。
佐藤は照紅の名前を何度も呼んだが、照紅が返事を返すことはなかった。
力の抜け切った手には、まだ温もりが残ってる造花が握られていた。
佐藤は病室の窓から空を見上げた。
あの時の会話も。
撫でた髪の触り心地も。
1つ葉を残していた落葉樹も。
形に残らないものばっかりで、全部無かったみたい。
その日は、嫌というほど完璧な新月だった。