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「ん…う〜…..」
「無駄な空気使うな。何?凹んでるの珍しいね。話聞こうか?」
私は皮肉屋で唯一考えを躊躇無く零せる相手に本音を嘆いた。
「あのさぁ..友達と家族以外の人間関係断つ事って出来ないのかな…。他の人間なんて信用出来ないし、無能が多いし、逆恨みで攻撃してくるし、迷惑だし、存在するだけ社会の効率を落とす部品でしか無いよ。」
黙って本を読みながらも聞いてくれた永田は一息間を開けてバサリと音を立てて本を閉じた。ページが少し折り曲がってしまっている。
「本、大事にしなよ。」
三度の飯より本が好きな私は永田が前々からこうする度に思っていた事を口にする。
「俺が買った本だから気にするな」
ウザがる声で指摘され、「確かに」と零す。所詮は他人の所有物。私に口出しする権利は無いのだ。お互い借りとか作りたくないから余計なお世話は焼かない約束だった。気を付けよう。
永田は「その意見については、俺も同じ事思ってた。」と同意の意を示すと、苦い物を食べたように顔を顰める。
「ん〜…まあ、きっとさ、俺もお前も、もっとバカに生まれてたら人を簡単に信用出来るから社不にならず、生きやすかったんだと思うな。
人の心を知り過ぎるから、知らなくても知りたくなってしまうからどっかのタイミングで絶望してしまって、…。
なあ?結局、自分自身ですら疑ってしまうもんだから。
お互い、嫌な所が一緒。類は友を呼ぶ、先人は上手い事言ったよな。」
そう言って永田はまた本を開く。
気にしない方が、バカ。違和感を感じた。無意識の内に、苦しまないよう選択をする世の中の方が余程賢いのでは無いだろうか。
「逆に、私達が気にせず探らず生きる方法を知らないってことは、バカなんじゃないか。
永田が言った世の中のバカの方が余っ程幸せに生きる方法を、余計な事を知らないまま居られる方法を分かってるから、私達の方がバカかもしれないよ。」
助言のような慰めに失礼ながらも反論すると、永田は読んでいた推理小説を再び閉じて少し目を細めて得意そうにふっと鼻で笑った後、喋り出した。
「…うん、お前の言うことにも一理あるみたいだな。」
永田は、珍しく異なる意見を否定しなかった。
「….」
私が黙っていても、永田は関係無いとでも言うように話し続ける。
「それじゃ、議論を始めようか。バカなのは俺達か、それとも世間か。」
《議論》彼のその言葉が、甘酸っぱい蜜柑のような、心に波紋を起こす魅力的な果実のように聞こえた。
「よし乗った。」
「そう来なくちゃな。」
そう言って私達は顔を見合せて笑った。
結論を言えば、納得のいく答えは出なかった。
同じ意見の者同士が話すのでは無く、別の意見の者も交えなければ議論の定義不足、そして不公平になる。早々に気付いた私達は己の視野の狭さと鈍感さ、時間を無駄にした事に悔しくなった。
私は無駄が大嫌いなのだ。しかし、人間は生きている限り、無駄な事を多くする生き物だ。生き抜く為に効率を追い求める動物とは違い、自分にはこんな余裕があるのだと見せ付ける為に、今日も無駄な一日を浪費する。
あゝ!同族であり我ながら、何て情けないのだろう!
いやしかし、先入観を無くし常に公平な目で見なければ、いくらこのような自問自答をしても無駄と言う物。
最近思うのだ。空虚な古い箱に存在理由を問い続ける哲学と、空虚な古い箱を捨て、道具を入れた棚を置く合理的な思考は、意外にも似通っているものなのかもしれないと。
もしかすれば、効率的な方法を考えるまでの思考自体が非効率的な行為かもしれない。
物は試しと言う。一度心赴くまま、素直に生きてみようか。どんな世界が見えるのだろう。
否、きっと私にそれは出来ないなと思い直す。最初から諦めるのは止した方が良いのだろうが、これは実行にすら移せない。
人は誰しも皆、何処かに邪な心を宿す者だと私は知っている。物心付いた頃、人をバカ正直に信じては、幾度と無く失敗してきたのだ。失敗に学んだ事は、信じれば必ず裏切られると言う事。
仲良くなれたと思った人も、一度私の本心を話してみれば『意味が分からない』『気持ち悪い』と言って離れていった。
そうでなくとも『そこまで重く考えるお前が悪い』『お前が変なだけ、他人を信じてみろ』等と下手な忠告を寄越してきた人達とは、自ら縁を切った。
こんな事なら『気持ち悪い』と言って離れられる方がマシだ。
悩む事は人間の特権であり私にとっては読書の次に至福の時間。
私の悩みの定義は〔物事の最適解を見つける為に行う確証の無い冒険〕としている。
厨二病らしいが、そう捉えると気持ちが楽になるのだ。
苦しみに悪態を吐くだけより、この苦しみは失敗したらそこまで、そもそも正解する確率は0なのかもしれない試練なのだと言い聞かせれば突破したくなる。私は私が思っている以上に自信過剰なのだろう。
永田は私の様子に呆れた溜息を吐き、本で殴ってきた。
突然頭に響いた鈍い痛みに思わず「あっだ!」と変な声が出る。
ズキズキと痛む頭を摩り永田を睨むと「はっ」と鼻で笑われた。
何だか無性に腹が立って、本を奪い取り、思い切り殴る。
「痛た…流石に強過ぎやしないか?」
赤くなった額を摩る永田。全く良い気味だ。
「はは、ざまあ見やがれ。」
永田には後から聞いたのだが、私は酷い顔をしていたらしい。だからって殴る事は無いと思う。
これは私の実話を元にして書いてみました。友達の永田は勿論偽名ですが、とても良い友達です。
お互い頑固で、効率厨で完璧主義なので気が合うのです。
議論をする際、対立する事も少なくないですが意見と人格は別の物としているので仲違いする事はありません。
まあでも、彼も私も、他人を心から信じられないから、本心なんて一生話しはしないんでしょうね。
読んでくれてありがとうございます。