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「学生の自立心を、しっかりと養うためだ。必要以上に手は貸さん」
(なんだかなぁ。こういうときだけ学生扱いって、マジで酷すぎる)
ムカつきながら歩いているうちに、タケシ先生の家に到着。鍵を開ける見慣れた背中に続いて中に入ってから、自分のキモチをこめて、ぎゅっとタケシ先生に抱きついてやった。
「俺がガキじゃないこと、教えてあげる――」
耳元で囁いて、タケシ先生の体を壁に強引に押し付け、逃げないようにしっかり両腕で囲ってから、キスしようと顔を近づける。俺が迫るよりも先に、タケシ先生の顔が突然、一気に近づいた。進んでやってくれた行動に、内心喜んだのもつかの間、額に激痛が走る――容赦のない頭突きをされたから。
「いって~……」
「こんなトコでいきなり襲うなよ、バカ犬!」
こんなトコって、やっとふたりきりになれた空間なのに、どうしてタケシ先生には壁ドン、チューが成立しないんだよ。
壁にめり込ませるくらいの勢いで思いきりドンして、体を固定させなきゃダメなのか? 今まで他のヤツに、こんなふうに拒否られたことはないのに……。
(これってタケシ先生の愛情を、疑ってしまう事態だぞ)
俺は無言でタケシ先生の脇を抜け、病院に向かって、スタスタと歩いて行った。
「おいこら、どこに行くんだ!?」
その声を無視して真っ直ぐ診察室に入り、電気をつけて中の様子を確かめる。俺の描いた絵が、いつも使っている診察室の机の目の前の壁に、ちょこんと飾ってあった。
タケシ先生はどんなキモチで毎日、この絵を見ているんだろうか――一日の大半をこの場所で過ごしているからこそ、ここに飾ってくれたんだろうけど。
「おまえに、聞きたかったことがあるんだ。一瞬の会話から、あの景色を選んで描いたんだろうけどさ。どんなことを考えながら、その絵を描いたのかなって」
診察室にあるベッドに、いつの間にか座って、こっちを見ながら質問してきたタケシ先生。
「実はこの絵、ちょっとだけアレンジしてるんだ」
「アレンジ?」
「バックにある、紅葉と黄色い車の色のバランス。実際はもっと、赤の主張が多かったろ。それを控えめにして、車の窓ガラスに空の青を入れて、黄色をアピールしてみたんだ」
紅葉の色と、車の黄色に差し色を入れることによって、より色を引き立たせてみた。
「そうだったのか。あのときのシチュエーションは、すっごく最悪だったのに、この絵を見ると、なんでかな。いい思い出しか、浮かばないんだよ。本当に不思議だ――」
タケシ先生は瞳を細めて、すごく嬉しそうに俺の描いた絵を見てくれる。
軽井沢の病院でタケシ先生に再会したとき、本当に嬉しかった。まさか捜しだしてくれるなんて、夢にも思っていなかったから。
だから嬉しくて、この手に抱きしめようとしたのに、さっきと同じように頭突きをした挙句、地元の担当医として華麗に演技をしてくれて。
すっげぇ最悪だったのが、病室に引っ切りなしに、いろんな人がやって来たこと。
軽井沢の担当医はわかる。なのに、関係のない若い女の看護師たちが、んもう呆れるくらいに、次から次へと用事を作っては、病室に入ってきたのだ。
それは、イケメン開業医のタケシ先生のせい。
いつもどおり、幾重にも猫を被って優しく対応してる姿に、胸の中がこれでもかとジリジリした。せっかく逢えたのに、俺はまったく構ってもらえなかった。
挙句の果てには、タケシ先生が帰ってから、看護師たちに詰め寄られ、彼女がいるかどうか、根掘り葉掘り聞かれたこと。
「俺がカレシだ、どうだ驚け!」
なぁんて言えるワケないから、仕方なくキレイな彼女をでっちあげてやったんだ。
そんな軽井沢のことを思い出しながら、どこかぼんやりしている、タケシ先生を見つめた。なにを考えてるかわからないけど、ほんのりと目元が赤くなってる。
「タケシ先生、俺のこと好き?」
「あ? ああ……」
ベッドに座ってるタケシ先生の両肩を掴んで、勢いよく押し倒した。
「ちょっ、なにするんだっ、ここは神聖な診察室だぞ」
「だからだよ。いつでも俺を、思い出してほしいから」
「……歩?」
離したくない、ずっと傍にいたい――。
不思議そうな表情で、俺を仰ぎ見る視線に、俺の視線を絡める。
「やっぱタケシ先生の言うとおり、俺ってガキだ。次から次へと、ワガママしか出てこない」
そのあたたかい体を、両腕でぎゅっと抱きしめる。
「バカだな。そのワガママを聞くために、俺がいるんだろう?」
心に染みるような優しい声が、俺の耳にそっと届いた。まるで、その声に包まれてしまいそう。
「歩、全部とはいかないまでも、なるべくなら聞いてやるよ。大好きな、おまえのワガママなんだからな」
「タケシ先生……」
「だからおまえも俺のワガママを、ちゃんと聞くんだぞ……わかったな?」
タケシ先生のワガママって、なんだか想像がつかない。
「……涼一くんのこと、なんだけど――」
突然の話題転換。いったい、なんなんだ、頭がついていかないぞ。
「小田桐さんが、どうかした?」
「おまえ、妙に見つめていたよな。その……気に入ったのか?」
気に入ったというか、目の前にいることが、多かっただけなんだけど。
「確かにキレイ目男子で、目の保養だなぁとは思ったよ」
「しかも結構、話が盛り上がっていたよな」
「…………」
(もしかしてタケシ先生、小田桐さんにヤキモチ妬いているんじゃないか!?)
体に回してる腕の力を抜いて、じっとタケシ先生の顔を見つめると、わざわざ横を向いて、俺から注がれる視線を逸らした。
「あんまり仲良くなるなよ。桃瀬に文句言われるの、俺なんだから……」
横を向いて顔を隠したんだろうけど、そのお蔭でしっかりと見えてしまった。頬から耳にかけて、いい色に染まってるタケシ先生の姿。
耳を赤くしながら告げられた言葉に、思わずニヤけてしまう。
「タケシ先生のワガママ、超かわいいんだけど」
「うっさいな、これはワガママじゃなく注意だよ。バカ犬っ!」
「じゃあ今度は、俺のワガママ聞いてよ。この恋するキモチに、是非とも応えてほしいんだ」
そう言って大好きな泣きボクロに、そっと口付けをした。
「俺が嫌いな野菜を頑張って食べたように、タケシ先生にも甘いもの、進んで食べてほしい」
「甘いもの?」
「せっかく、甘い雰囲気に持っていこうとしても、頭突きとか力技で阻止するの、いい加減に止めてほしいんだ」
困った顔して訴えると、心底おかしそうにクスクス笑い出す。
「しょうがないだろ、慣れていないんだから。正直、照れ隠しもあったりするし。だが、おまえのワガママだしな、なるべく頑張ってみるけどさ」
「じゃあ、頑張るついでに今、ここでしよ……」
俺の言葉に一瞬眉根を寄せたけど、しょうがないなと呟き、触れるだけのキスをしてくれた。
「ホント困ったヤツ。わかったよ、いろいろ頑張ったご褒美にくれてやる」
そんな投げやりな物言いなのに、嬉しそうに笑ったタケシ先生を、これでもかと強くぎゅっと抱きしめてから、美味しく戴いた。もう胸がいっぱいで、一度で終わらなかったのは言うまでもない――。