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14 - 最終話 「あの人」

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2024年03月23日

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最終話「あの人」

まるで大きな冷蔵庫の中に閉じ込められたような寒さで 氷みたい冷たくなった手で扉の取っ手に手を掛け、ドアを開けた。

お店の中は外ほどは寒くないけど、まだ上着を脱げるほどじゃ無いみたい。正面には沢山のお菓子が並んでいる。僕の大好きなあのチョコもあのグミも。

それでも僕はまだお菓子に手を伸したりなんかしない。お母さんが言ってたんだ。『お菓子を取る前にちゃんと菊さんに挨拶をしてね』って。だから、僕は正面の棚を左に曲がって座敷の方に向う。

座敷には誰かの人影が座っている。

「菊さん、こんにちは~」

今出せる精一杯の声でそう僕はその人影に声をかけた。すると、人影は僕に気が付いたのか、少し慌てたような様子で座敷の障子に手をかける。

「は~い」

障子の向こうからこちらに返事をした音はいつもの高い声では無い。大きく、少し低く曇った声だった。

障子が開かれるとやはりそこには男の人が立っていた。青色のネクタイを締めて、紺色のブレザー?を着ていた。

「あっ、君はこの前お父さんとお母さんとお菓子を買いにきてた…….」

その制服を着たお兄ちゃんは僕を見てそう尋ねた。僕が首を縦に振ると、そのお兄ちゃんはゆっくりと会計台の所に腰を下ろして『ごめんな。今、菊さん居ないんだ。用事があって……..』お兄ちゃんはそう教えてくれた。

「お兄ちゃんはここにいつも来てるよね」

「うん、そうだよ」

「そうなんだ」

お兄ちゃんは鞄から本を取り出して、栞を指でつまんでページを開く。本の背表紙には文字が書いてあるけど、漢字ばかりで分からない。

僕はお菓子を選ぶことにした。10円コーナーでチョコを2つと40円コーナーでスナックを1つ取って会計台を目指す。お兄ちゃんはまだ本を読んでいる。そんなに面白いのかな?

「お願いします」

お兄ちゃんは僕に気付くと本を閉じて会計台の横に置き、僕が選んだお菓子を受け取った。

「60円だね。ここで、食べていく?」

「うん」

僕は財布から50円玉と10円玉を1個ずつ取り出してお兄ちゃんに渡した。お兄ちゃんは『ちょうどだね~』と言ってお菓子を袋に入れて渡してくれた。

「君、寒いでしょ。上がりな」

僕はお兄ちゃんに言われた通りに座敷に上がった。座敷のお部屋の中央にはこたつが置いてありその上には勉強道具が置かれていた。お兄ちゃんはすぐに道具を自分の鞄の中にしまって僕に座るように言った。

「待ってて、今、温かいお茶を出すから」

お兄ちゃんはそう言うと台所の方へ行ってしまった。僕は腰を下ろして部屋を見渡す。左の方には仏壇があって誰かの写真が飾られている。右の方からお兄ちゃんがお茶入れている音がする。

僕はこの座敷に上がったのは初めてじゃない。前にも何回か入ったことがある。お母さんが買い物に行った時に菊さんと一緒にこの部屋で待ってたんだ。あの時は暑くて菊さんにアイスクリームを貰って、食べると頭がキーンってして、びっくりしたなあ。

「お待たせ、熱いから気をつけてね」

僕はお兄ちゃんからお茶が入った湯呑みを受け取る。本当に熱い。僕は袋からさっき買ったチョコを1つ取り出した。

「そういえば、君名前は?」

「まえだそうた」

「そうたくんか~」

「お兄ちゃんは?」

「晴斗だよ、よろしくね。そうたくん」

それからお兄ちゃんは僕にこう尋ねた。

「そうたくんは家に帰らなくて良いの?けっこう遅い時間になっちゃてるけど….」

お兄ちゃんは後ろの時計を見つめた後、湯呑みを持ち上げながらそう言った。

「うん、大丈夫。お母さんが今近くのお店に買い物に行ってるんだ。『買い物が終わるまでここで待ってなさい』って、だからお母さんが後で迎えに来るんだ」

「そうなんだ、じゃあ、そうたくん。何か僕としたいことある?」

「したいこと?」

「このまま待ってるだけなんて退屈でしょ。だから、お兄ちゃんと何かして遊ばないかなあって思って….」

「う~ん」

僕は一生懸命に考えた。トランプとかオセロとか色々。悩んで、悩んで僕はお兄ちゃんとするのにぴったりの遊びを思いついた。

「将棋!!」

「将棋ね、分かった。多分、押し入れの中にあったはず….」

お兄ちゃんは隣の座敷の部屋の押し入れを開けて、将棋盤を探し始めた。

「お兄ちゃん!!僕をあまり舐めない方が良いよ。学校で僕に将棋で勝てる人なんて居ないんだから」

僕は得意になってそう言った。いくら相手が高校生だからって僕が将棋で負けるわけが無い。

「楽しみだなあ。でも、将棋なんて久々にやるよ」

僕達は将棋盤を開いてこたつの上置き、駒を並べた。ジャンケンは僕が勝ったから僕はいつも通りの手順でまず右から二番目の歩の駒を動かした。絶対に負けない。


負けた。あっさりと。途中までは僕が勝ってたはずなのに、気が付いたら飛車の駒を取られそれから他の駒もどんどん取られてしまった。

「そうたくん、強いな。負けるところだったよ」

「次は勝つもん!」

「じゃあ、もう一回やる?」

「もちろ…..」

僕がそう言い掛けたとき、ガラッとお店の入り口を開ける音がした。

「ただいま~」

菊さんだ。僕はお店の方の障子を開けた。そこには菊さんとお母さんが立っていた。

「さっき近くでそうたくんのお母さんと会ってね。一緒に帰ってきたの」

「そうなんだ」

お母さんは僕に近づいて僕の頭を撫でる。お兄ちゃんと菊さんがいる前ではして欲しくなかったから、お母さんの手を払った。

「ちゃんと良い子にしてた」

お母さんは僕が手を払ったことはものともせず、次は僕のほっぺを触りながらそう言った。

「うん、してたよ。ねえ、お兄ちゃん。」

「うん、良い子だったもんね」

お兄ちゃんは優しく答えてくれた。お母さんはお兄ちゃんと菊さんにお礼を言って、僕の手を握った。

「晴ちゃん、留守番させちゃってごめんね」

「ううん、楽しかったし」

お母さんは菊さんと少しだけ話をした後「じゃあ、失礼します」と言って僕と一緒にお店を出た。後ろを振り返ると、菊さんとお兄ちゃんが立っていてこっちに手を振っていた。僕は大きく手を振り返す。

「お兄ちゃん、ありがとう!!次は絶対、負けないから~!」

お兄ちゃんは僕の言葉に応えてくれたのか。さっきまでよりもさらに大きく手を振ってくれた。また、嘉村堂に行こう。次は将棋と何をするかな~。

僕はオレンジ色の空の下をお母さんと手を繋いで歩いていった。




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