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「ふーん。次の国の名前はハンキッシュ皇国っていうんだな」
俺達はエンガード王国国境近くまで来ていた。どうせ次の国は通過するだけだと思い、これまで国名すら聞いていなかった。
「そうだよ。通るだけだけど、もしもいい国ならまた行きたいね!」
まだ行ってもいないのに聖奈さんはテンション高えな……
「問題なく国境を抜けられればいいのですが…」
「大丈夫だろ?転移魔法で武器と魔導書と魔法の鞄は家に運んだから、怪しいモノや危険なモノは持っていないからな」
転移魔法の詠唱だけは書き写ししておいたから、問題はないはずだ。それまでも没収されたら、無理ぽよ……
子供が書いた落書きだと思ってくれたらいいが。
この世界の国境は、地球程は混んでいない。
商人の馬車が何台か並んでいるだけで、荷物の少ない冒険者はすぐに通されている。
結局、護衛対象の商人を待たなくてはならないようだが。
他の道から国境を跨げば良さそうなものだが、馬車は道がないとダメだし、街道以外は魔物が多いので、そんなことをする人はいないようだ。
いても少数だろうな。
「次!」
どうやら俺達の番が来たようだ。
呼ばれたので馬車を前に出し、指示通り下車する。
出国の際は、そこまで厳しくないと聞いていたが、俺達も例に漏れることはなく、冒険者カードを出しただけで何も話すこともなく、馬車も少し確認されただけで終わった。
次は入国審査だな。面倒なので、一回で済ませて欲しいが無理だろうな。
この二重セキュリティのお陰で、知らないうちに色々な安全が享受されているんだろう。
「ここは非干渉地域なんだって。まぁ、100mくらいなんだけどね」
草すら生えていないな。向こうの手続きをする建物が丸見えだし。
ここからの密入国は不可能だな。強行突破とかわらん。
「良かったね!途中の町で剣を買っておいて」
馬車の中に古びた中古の剣が三本転がっている。
これは武器を何も持たない冒険者なんていないから、そのカモフラージュ用の物だ。
魔法使いならわかるが、そもそも希少な魔法使いが三人もいるパーティなんて、怪しさで目立ってしまうからな。
「そうだな。俺はカッコいい剣が欲しかったけど…」
無駄に捻ってある握りづらそうな持ち手に、刃の部分は二股から剣先で一つになっている漆黒の剣とかが欲しかったな。
多分重くて持てないけど。
いいんだ。飾りなんだから……
「セイくん、剣つかえないよね?」
「そうだけど…もしかしたら才能が開花するかも?」
二人に冷たい目で見られた。
やめて!ゾクゾクするからっ!
「セイさんは既に魔法使いなので不要ですよ」
「そうだよ!剣は私かミランちゃんだよね!」
女性二人を前衛で戦わせて、俺は後ろに隠れて時々魔法を撃つ。か……
無理やっ!
絶対無理やっ!
「次!前へ!」
無駄な議論を繰り返していたら、俺達の順番が来た。
次からは馬に乗ってこよう。魔法の鞄のお陰で、馬車はもういらないしな。
まだ馬に乗れないし、馬車は楽だからやめないと思うけど……
馬の上で剣を振り、魔法を放ち、魔物達や野盗などを蹂躙して、助けた女性からモテモテになる展開は遠いな……
いつか必ず……
「何をしている!早く降りろっ!」
やべっ!怒られた!
聖奈さんとミランから白い目で見られている……
なんなら、後ろの馬車の人からも……
その後は特にトラブルはなく、入国審査は終わり、無事に俺達はハンキッシュ皇国に入国した。
ハンキッシュ皇国に入り南下を始める。
「ハンキッシュ皇国ってどんな国なんだ?」
することもないので、馭者をしていない聖奈さんに話を振る。
「うーん。王国とそこまで違わないよ。そのまま1.5倍した感じじゃないかな?」
聖奈さんは国境近くでも情報を集めていた。
流石お姉さん!
「そうか。この大陸でも大きい国なのか?」
「ううん。大きい国は王国の10倍くらいの大国があるらしいよ!国土はそうでもないらしいけど、とにかく人が多いんだって。
そこまで人が多いなんて穀倉地帯なのかな?」
10倍って3,000万か。
大国はいくつあるんだ?流石に敵となる国が無いなんてないよな?
もしないならこの大陸は平和ってことか。帝国以外。
「そうかもな。他には何かあるか?」
「皇国は所謂日本みたいに歴史が長い帝国みたいなモノなの。歴史が長いということは、それだけ国としては安全だということ。
つまり、刺激が少ないの…」
何を求めて旅をしているのかな?殺戮かな?
確かに皇国と帝国は同じだな。日本も帝国を名乗っていた時期もあるし、両方ともエンペラーを国のトップに掲げるしな。
「でも、異世界常識だと皇国には危機が訪れるから、油断は禁物だよ!」
その言い方だと、危機が訪れるのを待っているようにしか聞こえないのだが…気のせいかな?
時は経ち、聖奈さんの期待には添えないが、俺達は無事に南下を果たし、魔導王国との国境に辿り着いていた。
魔導王国は正確にはナターリア王国と呼ぶようだ。
初代女王の名であり、建国の魔女ナターリアに敬意を表した形だ。
元々は昔あった大国の一部でしか無かったそうだが、地球とは違いリアル魔女狩りが行われ、ナターリアを中心に人が集まり独立した過去がある。
その為、魔女を始めとした魔法使い達が多く集まったことで、周囲からは魔導王国と呼ばれるようになったと。
もちろんその名に恥じないように、この大陸で魔導に関しては他の追随を許さない。
「皇国は南北に長いから結構時間かかったな」
季節はもう秋に入っている。日本はまだまだ暑いけど。
月の神様ともアレ以来話せていない。
「そうだね。しかもトラブルがなかったよね」
期待してたのかよ……
「私は宿の食事が苦手でしたので、長くかかったような気がしますね」
皇国の料理は質素だった。肉はほとんどなく、魚料理が有ればいいほうで、まるで精進料理みたいだったな。
精進料理、食ったことないけど。
イメージだよイメージ!
「まあ、あそこの建物を越えると待ちに待った魔導王国だ」
俺達は期待を胸に国境を越えた。
「学園がある王都までは、馬車で5日くらいらしいよ」
国境近くの町の宿で旅の疲れを取っていると、早速町に繰り出していた聖奈さんが、情報を仕入れて戻ってきた。
「魔導王国っていうくらいだから魔導列車とか走ってるかなって思ってたけど、無さそうだったよ」
調べれば調べるほど、残念な結果になりそうだからやめたら?
とは言えず。
「そうか。ありがとう。今日も日本に帰るんだろ?」
「うん。嬉しいことに忙しいんだよね」
悲しそうに言われても……
俺は全然忙しくないから、罪悪感が……
実は、バーンさんの工房の隣に新たな建物をみんなで作ってもらい、工作機械を導入したんだ。
電源はソーラーパネルなので、晴れの日は切り倒した木を板などに纏めて加工してもらっている。
蓄電池は効率がまだまだ悪いし高いから……
俺がやった仕事といえば、ソーラーパネルの設置と旅の間に機械の説明書をこちらの文字に翻訳したくらいだ。
聖奈さんはこっちでトラブルが起きないので、会社の経営などに力を注いでいた。
2日に一度ほどのペースで迎えに行くと、必ず目の下に隈を作っていた。
労働基準法違反で俺を捕まえさせる気かな?
そんな感じで家具の値段が安定して、さらに以前に比べて生産量も増えている。
もちろん手作業が殆どだから、地球の大量生産には程遠い。
それでも、大まかな加工は機械で、そして細かい作業は手作業で行なっているので、クオリティは変わらず、正確なサイズに手作りならではの味がある仕上がりも維持できていた。
ハーリーさんから仕入れたモノも、軒並み順調に売れているようだ。
鑑定士に宝石・貴金属などを鑑定してもらい、適正価格で販売もしている。
ちなみにギルはこの大陸のだいたいの場所で使える。正確には商人は商人組合で両替が出来るし、国境でも両替は可能だ。少しだが、宿にスムーズに泊まれる様に今回も両替をしておいた。
戦時中の国ではない限り、商人組合や冒険者組合はある。ありがとう組合。大陸中に蔓延ってくれていて。
「この国がいい国だったらここにも家を買いたいね!」
そう。俺達のあてのない旅にも、漸く目的が出来た。
それは、拠点を大陸中に増やすことだ。
聖奈さんは天下統一とか世界征服とか、よくわからんことを言っていたが、確かに気軽に街中に転移できる所が増えると楽だし、便利でもある。
行きたい時にどこにでもすぐに行けるって、幸せなのよ……
「まぁ、それは王都についてからだな。俺が地球ですることは、当分ないよな?」
「うん!この前の旅行で終わりだよ」
旅行とは、親を連れて行ったあの温泉旅行のことではなく、それとは全く別の旅行の話。
俺たちがミランを再びぼっちにしてまでした旅行の目的地は、アフリカ大陸だ。
アフリカでは絶えず紛争が起こっている。
つまりは武器を卸している人達がいるということだ。
もうわかるだろう?
聖奈さんは強い武器を求めて、そんな危険地帯に俺を騙して連れて行ったんだ……
税理士さんにも強く止められたと聖奈さんから笑い話として後から聞かされた。
止められた理由は身の危険と、輸送の問題があるからだ。
もちろん武器を運ぶのが一番難しい事だが、俺たちにはそれが一番簡単だから問題はなかった。
アクション映画とかでよく見る対戦車ロケット弾とか、他には戦車の装甲を突破できる徹甲弾など、威力重視で買い漁っていた。
対物ライフル以外はそこまで高価ではなかったのが意外だったが…安価だからこそ世界中で使われているんだなと、戦争の理由に今更ながら少し気付くことが出来た。
と、いうことで、魔法の鞄の中身はさらにヤバくなってしまった。
一先ず、色々なことは忘れて、素直に魔導王国を楽しもうと思う。
「じゃあ、今日も行くか」
俺は月へと願い、地球へと転移した。