「っ……まっ…まぁ……!」
 やっと言葉が出るようになった百合子さんはそう一言だけ叫んだ。
 颯人さんから顔をあげて彼女を見ると、真っ赤な顔でまるで獣でも見るような目つきで颯人さんを見ている。
 彼女は私に視線を移すと、先ほどとは打って変わって今度は憐れみの目で私を見た。
 「あの、ご家族でお食事の所、お邪魔しました。ではごゆっくり!」
 そう言って百合子夫人は莉華子さんにも同じ様に憐れみの目を向けると、先ほどから顔を真っ赤にして話を聞いていた柚木社長を引きずりながら、颯人さんから逃げるように去って行った。
 もしかすると彼女の頭の中で、颯人さんのお父さんにも同じ趣味があるのでは……と思ったのだろうか……?
 そんな事を考えながら彼らが去って行くのを呆然と見ていると、颯人さんが突然嬉しそうな声をあげた。
 「おっ、俺たちの食事が来たぞ」
 見るとウェイターが大きなカートに私達の食事を乗せながらやって来た。
 「よかった。腹減ってたんだ」
 颯人さんは皆がまだ呆然と私達を見ている中、嬉しそうにナイフとフォークを手に取った。
 
 
 
 ◇◇◇◇◇◇
 
 
 
 次の日の朝、私と颯人さんは家族を見送りにサンフランシスコ国際空港までやって来た。
 「いろいろ有難う。今回も本当に楽しかったわ。蒼も元気でね。体には気をつけて無理をしないでね」
 「うん。お母さん達も元気で。気をつけて帰ってね」
 「颯人さんと仲良くな。日本に帰って来ることがあれば少し遠いが宮崎まで遊びにおいで」
 私は両親に国際線出発口で別れを告げた。ほんの短い間だったが、とても楽しい時間を過ごせて良かったと思う。これでまたしばらく両親と会えなくなるのかと思うと少し寂しい。
 「蒼、俺また多分11月辺りこっちに来るけど、なんか日本からいる物あるか?例えば、ボンデ──…」
 「スキンケアと化粧品以外何もいらないから!」
 翠がクククッと笑いながら私に何か言おうとしているのを、思わず睨みながら遮った。
 私は最後に莉華子さんに別れの挨拶をした。
 「あの、是非またいらしてください。私も颯人さんもいつでもお待ちしています」
 すると彼女は私の両親と別れの挨拶をしている颯人さんをちらりと見ながら言った。
 「私ね、本当は心配だったの。颯人は結婚したらどうなるのかなって。私と翔平は海斗にとっても颯人にとっても、あまり良い親だと言えなかったから……。でも今の颯人を見てとても安心したわ。蒼さん、颯人を幸せにしてくれてありがとう」
 莉華子さんはそう言うと手を振って私の家族と共に国際線出発口へと姿を消した。
 
その夜、私はワインのボトルとグラスを二つ持って、颯人さんがパソコンで仕事をしているソファーにやってきた。
 「少し休憩して一緒に飲みませんか?これお義母さんと私の家族からお世話になったお礼にってもらったんです」
 颯人さんの隣に座るとワイングラスを差し出した。
 「……蒼、飲んでも大丈夫なのか?」
 颯人さんは少し混乱したように私を見た。そんな彼に私は微笑んだ。
 「……不妊治療、ちょっとお休みしようかなと思って。実は颯人さんがとってくれた予約もキャンセルしました。諦めた訳じゃないんです。ただちょっと根詰め過ぎたかなと思って……」
 リビングルームに飾ってある不妊に良いと言われるパワーストーンや、風水で運気や子宝に恵まれる言われる色とりどりの生花や観葉植物、そしてココペリやお腹にスパイラル模様のある受胎の女神の像を見回した。
 「もちろん子供は欲しいですけど、でもそればかりに気を取られて今目の前にある大切なものを見失いたくないんです」
 そう言うと私は彼の頬にキスをした。颯人さんはいつもの様に私の背もたれに腕を伸ばすと私を抱き寄せた。
 「ごめんな。本当は蒼をいろんな事から守りたいのに、全然力になれなくて……。蒼がすごくつらい思いをしているのを見てなんとか力になりたいのに、何も出来なくて無力さをすごく感じたよ」
 颯人さんは真剣に私の瞳を覗き込んだ。
 「何度も言うけど、俺は蒼が側にいてくれたらそれだけで幸せだから。蒼と一緒になったのは子供を産んで欲しいからじゃない。蒼と一緒の人生だったらきっと幸せになれると思ったからだ」
 「私も颯人さんと一緒になったのは、颯人さんと一緒だったらどこに行っても、どこに居ても必ず幸せになると思ったからです」
 私は妊娠することばかりに気を取られすっかり忘れていたこの大事な気持ちを思い出した。
 「家族も日本に帰ったし、ご近所さんも皆で3、4日ほど旅行に行っていないし、せっかくなので貰ったワインを飲みましょう。これ一本300ドルもするカベルネ・ソーヴィニヨンなんですって。しかも12年ものですよ!お義母さんがすごく気に入ったワインで、何本かお土産にも買ったらしいんです。絶対に美味しいですよ!」
 私は微笑むとワインとソムリエナイフを颯人さんに渡した。
 「実はワインに合うおつまみも買ったんです。ワインを開けててください。今おつまみ持ってきます」
 私は急いで先ほどキッチンで用意したチーズやクラッカーを持って颯人さんの隣に戻った。
 「アレックス達今いないのか?どうりで静かだと思った」
 「今回は皆で一緒にラスベガスに行くって言ってました」
 颯人さんはそれを聞くとクククッと笑った。
 「3、4日は平和でいいな」
 確かにとてもいい人たちで一緒にいると楽しいが、やはりこうして静かに颯人さんと二人だけで過ごすのがいい。
 「それじゃ、乾杯!」
 「乾杯!」
 颯人さんがワインが入ったグラスをくれ、二人で乾杯してまずは匂いを嗅ぐ。ダークチョコレートやコーヒーの様なそれでいて何かの木のような複雑な匂いがふわりと漂う。
 颯人さんがまず口に含んだのを見て私も少し飲んでみる。すると口の中にいろんな味が一気に広がる。かなり長い間熟成されたワインとあって赤ワイン独特の渋みもなく、ラムレーズンの様なドライフルーツの様な味が口の中に残る。
 「すごく美味しい!さすがお義母さんが選んだだけあります。まあ、お値段もすごいですけど……」
 「うん、確かに美味いな」
 私と颯人さんはしばしこの高級なワインを味わう。しかし久しぶりにワインを飲んでいるからか、私は一気に酔ってしまい、ニコニコと笑いながらふにゃりと颯人さんに寄りかかった。
 彼はくつくつと笑いながら私を見下ろした。
 「蒼は可愛いな。柚木夫妻に言ったのは本当だよ。蒼が可愛くて仕方がないんだ」
 そう言っていきなり私をソファーに押し倒すと、深く長くキスをした。
 「誰よりも愛してるよ」
 「私も颯人さんを愛してる」
 彼が愛おしくて、首に両腕を絡めながらキスをした。
 「蒼、今から抱いていい?」
 颯人さんは待ちきれないと言わんばかりに私の服の中に手を入れながらキスの雨を首筋や胸元に降らせた。
 「颯人さん、私の事思いっきり可愛がって……」
 私は完全に酔っ払いながら颯人さんに甘えるように擦り寄った。
 彼はそんな私を見て笑いながら、性急に私の服を剥ぎとった。そして胸の頂きを舌や唇を使って愛撫しはじめた。
 「あっ……ゃああん……」
 思わず甘い声が漏れてしまう。それを聞いた颯人さんは私のすでに濡れそぼっている秘部に手を伸ばし優しく触れた。
 「……蒼、可愛いよ」
 ふわふわと雲の上を漂っているような快感の中で、ずっとこうしてただ愛される為だけに彼に抱かれたかったんだと今更ながら気付く。
 酔っ払っているのもありちょっとした悪戯心で彼の耳に囁いた。
 「縛ってお仕置きしてもいいですよ」
 彼はクククっと笑うと私の両腕を頭の上に置き彼の大きな左手で押さえつけた。
 「今言ったこと後悔するなよ」
 彼はそう言うと私の上に覆いかぶさった。
 この夜、私達はただ単に愛を確かめ合う為だけに何度も体を重ね合った。
 
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