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「あ、起きた……えっと、大丈夫?」
爽やかな赤い果実を連想させる瞳がジッと自分の顔を覗き込んでいた。
うつ伏せに寝かされているのは、未だ出しっぱなしの翼がへの負担を考えての事だろうか。
残念な事に普段ならあり得ない方向にひん曲がっているこの翼はある程度治るまでは背中に仕舞えない。仕舞ったが最後、背中が膨張したり変形したりしてしまう。
「大丈夫に見えるか?お前、名前は?」
「あっ…レウ、レウクラウド、ですっ!」
「れうれうくらうど?愉快な名前やな…」
「ちっ、ちがうよ!レウクラウド!!」
「そんじゃあ、レウやな。助けてくれてありがとう、めっちゃ助かったわ」
「あ、ううん……水、かえてくるね…!」
返事を待つことなくパタパタと部屋を出ていったレウの背は平均よりも高く感じたものの、肉付きはかなり悪く、顔色だって悪い。一目でわかる不健康な人間だった。
質素な服は裾が擦り切れている。
同じように擦り切れてしまった服を身に付けているのに、自分の服の方が綺麗に見えるのは材質に差がありすぎるからだろう。
布団だってペラペラで体の節々が痛い。
「ふざけんじゃ無いわよ…!!出て行け!!このっ、悪魔ッ!!」
「ご、ごめんなさいっ…」
そんなことを呑気に考えていれば、耳に刺さる鋭い声とか細いレウの声。
なんだなんだと体に鞭打って廊下を覗いてみれば、床に座り込んで右頬を押さえるレウとそんなレウを見下ろして木べらを手に肩を震わせる女が居た。
レウと女の近くにはひっくり返った水桶が水溜りを作っている。
「悪魔め!」とか「気味が悪い!」とか言いながら打たれる様子を見ていられずに部屋から出ると、女の動きが面白いほどピタリと静止した。
怖いくらいに目を見開いて、頬を紅潮させている様子を見て「アッチの部類か…」と内心溜息を吐いた。
「て、てんしさま!!天使様ッ!!どうか、どうかお助けを!!」
「……」
「このっ!この悪魔をどうか私から遠ざけてください!!」
「………」
チラリと見えたピクリとも動かないレウの様子が、なんだか哀れに見えた。
水彩画のように滲んだ暗い色に溜息を吐きながら、いかにもソレらしく見えるように女に向かって両手を広げた。
大抵の神は何故かこうして両手を広げ、何を考えているのやら薄く微笑んでいるものだ。
「…それなら、銀貨を用意なさい。出せる限りの銀貨を」
「ぇ…ぎ、銀貨ですか……?」
「銀には魔を遠ざける力があります…この辺りで使われている銀貨は純度が高い」
「なるほど……!」
何かに取り憑かれたみたいに地下室へ走りだした女の背中を見送って、ぼうっと床を見つめているレウの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせると、レウは大きな丸い目をぱちくりとさせて驚いている。
「おら、荷物まとめてこい。銀貨受け取ってさっさと逃げんぞ」
「え!?…あ、あの人の事だましたの!?」
信じられないといった風に目を見開いたレウにクツクツと喉を鳴らす。
全く…一体何を勘違いしているのやら。
「俺はあの女の助言をしてやっただけやで?人間様が好きだっていう“物語”どおりにな」
「え、え?………それって天使様として…その、大丈夫なの?」
詐欺師を見るような視線を手のひらで払い落として、まるで神の使いとして救済を望むものに助けを差し伸べるようにそっと手のひらを胸に当てた。
「我々は道に迷う哀れな者たちを救うために存在しています…神を信じなさい。さすれば貴方の未来は自ずと明るい光に満ちてゆくでしょう……」
柔らかく、楽しげにも見えるその美しい笑みは、まさしく“天使の微笑み”であった。
自身が述べた詩の一節は人間が信じてやまない分厚い本の中身だ。
これを読んだ神は、たしか……
「んなわけあるか!助けてやってるんだからこっちにそれ相応の対価をよこせ、対価を。我々は慈善事業団体じゃねぇよっ!!」
「……はぇ」
「まぁそういうこった。手数料、手数料〜」
遠慮して動かないレウの背中をぐいぐいと部屋に押し込むと同時に下から階段を上がる足音が聞こえて、後ろでに扉を閉めてからニコリと微笑む。
女は銀貨が詰まった袋をいくつか手に持って上がってきた。
「こ、こちらがっ、銀貨でございます…!」
「……では、私は対応してまいります。決して、扉を開けてはいけませんよ」
感謝を繰り返す声を背に、パタリと扉を閉めた途端に笑いが止まらなくなって、なんとか声を抑えるのに必死だった。
……あぁ、人間って…本ッ当に愚か。
ー ー ー ー
next?→100♡