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【桐山side】
時が止まった気がして、ふいに近くの小さな時計まで瞳孔を動かす。
…一時二十九分。
その時計はいかにも止まっていた。俺の勘違いではなく、あの日、鈴木ちゃんが間を持て余してさようならと告げた日から、何故か壊れてそこから動かなくなった時計。
奇跡的に秒を刻む針が、ちょうど一秒進めば、
分を刻む針は一分進み、綺麗に一時半になるという、微妙な時間帯で止まってしまっていた。
直すのも面倒なのでいじりはしない。
が、今はそんな事を思い出している暇じゃなかった。
…今 …なんて…?
「…今…なんて…?」
気付くと、思ったことがそのまま口に出ていた。
彼女は、少し驚いた様子だったが、もう一度、先程よりもゆっくりと答えてくれた。
「…鈴木ミナミです…。えと、よろしくお願いします」
「…!」
ドクン⎯⎯⎯⎯⎯⎯
その時、心臓が大きくはねた。それは、自分でも確認できるほど。
運命だと思ってしまった。
まさか、そんな馬鹿なことがあるもんか。
スズキ、ミナミだって?
嘘だろ。こんなの奇跡としか言いようがない。
渡辺 珠穆朗瑪の偽名、“鈴木”と、有村ほのかの偽名、“ミナミ”。
こんなの運命だと思わない方がおかしいくらいだ。
鈴木ちゃんと、ミナミが、帰ってきた気がしたんだ。
「…あの、…先輩…でいいですか?」
気が付くと、彼女は俺の顔をの覗き込むようにして、少し気が緩んだのか、微笑んでいた。
その様子は、少し意地悪そうにこちらを見て笑う鈴木ちゃんそのものだった。
彼女の急な先輩呼びに、反応がワンテンポ遅れる。
「ぁ…うん…ぃや、…えーっと、桐山…で 」
と言ったのも、完全に彼女を鈴木ちゃんと重ね合わせてるからであって、彼女に“桐山さん”
と呼ばせる気満々だった。
予想通り、彼女はしっかり俺の期待の道路を走る。
「〜ッと、えー、き、りやまさん。き、桐山さん…ですね!」
彼女は何やら嬉しそうに、ニコニコしてこっちを見ている。何かを復唱する時の癖なのだろうか。彼女の指は何本か内側に折り曲げてられており、まさに数える指をしていた。
俺は、ますます彼女に興味がでる。なんでこの仕事につこうとしたの?ここに来てみて、どんな風に思った?出身は?年齢は?好きなことは?……
…全部知りたいと思った。のに、先程のように思いが言葉になることはなかった。
代わりに、さっきの返事が口からこぼれる。
「…うん。そう。…じゃ、俺は…」
鈴木って呼ばしてもらう。
そう言いかけた時、ふと、脳裏に鈴木ちゃんが浮かぶ。
…いや、ダメだな。鈴木ちゃんは鈴木ちゃんだし。俺の中の鈴木ちゃんはいないし。自分がそこにすがりついてるみたいで腹が立つ。
俺は、その言葉を飲み込んで言い直した。
「…じゃあ、俺はミナミって呼ばしてもらってもいい?」
彼女はその言葉を聞き、どこか嬉しそうで、また、それを見てる自分の心がくすぐったい。
自分ってこんなに初心だっけ。そのくらい心が温まって、沈んでいた何かが動き出したみたいだった。
自分は、初対面の相手にこれほど優しい気持ちになれただろうか。今までの人生を辿っても、そんな出来事は見当たらない。
…心地いい。
ただ、純粋にそう思う。
この日々が続けばいいと。
俺は、少しの間彼女を見つめていた。それは自分でも自覚があった。彼女に熱を持っていることも、ほんの少しだけど、なんとなくだけれど、自覚していた。
あって数分、彼女の印象は相変わらず情けないが、それが“ 嫌なところ ”では無くなっていた。
一目惚れ。
その言葉が綺麗にじゃないけど当てはまる。このどうしようもない、複雑な思いに近いのは、この言葉しかなかった。
そんな風に、ぼーっと彼女の前髪やらポニーテールのくくり目やらを見ながら考えていると、パソコンの真横に置いてある自分のスマホが震える。
「…あ、桐山さん、鳴ってますよ。スマホ…」
彼女に呼ばれ、ハッとする。震えているのに気がついてはいたが、気にしようとは思ってなかった。
また、反応が遅れる。
「ん?…あ、ああ。ちょっと出てくるわ。その間、見てて」
そう言って、そのまま俺は立ち上がり、スマホを片手にドアを開けて外に出る。電話相手はただの仕事仲間とでも言えようか、別の警備員の人だった。
話はすぐに終わり、元の場所へ戻って来ると、
彼女は何かが引っかかったように顔を歪ませながら俺の方を見て言った。
「…そういえば桐山さんって、…えっと、着信音なしにしてるんですね」
自分でも確かに、と思うほど、バイブ機能が自然だった。
「あぁ、まぁ…これは…癖?というか、話すと長くなるんだけど…」
そもそもマナーモードを設定したきっかけが、鈴木ちゃんのフラッシュバックだった。
鈴木ちゃんは、着信音を聞くと、何度も繰り返して、『ごめんなさい』『僕が悪い』と自分を責めるような言葉を、喘ぎ喘ぎ綴ってしまう。
フラッシュバックのトリガーが着信音ってことに気づくのに、さほど時間はかからなかった。
フラッシュバックが起こるのはほぼ確定で、着信音がなった時、もしくはスマホを持っている時のどちらかだった。
そこから、自分の着信で、常に子供の様な無邪気な笑顔と、何処か知的な態度の彼が、大きく取り乱して自虐的になるのを見るのが辛くて、着信音をバイブに変えたのだ。
彼女には、事を断片的に話した。
すると彼女は、「そんなんですね…」と、一言言うと、そういえばと話を続けた。
「そういえば、さっきここに来る前に、同じように着信音でフラッシュバック起こしてた男性を見かけました」
「へぇ、。それ相手もだけど大丈夫だった?」
俺は、あまり知らない奴の健康状態に興味は無かったが、彼女との会話を続けたかったので聞いた。
どうやら、彼女がこっち方面の道を歩いていると、人通りの少ないところに何やらうずくまっている人を見かけたそう。
最初は、その男性がフラッシュバックを起こしているのではなく、何かの病気からなる発作なのかと思い、すぐに駆け寄ったらしい。
緊張が解れたのか、彼女は、流暢に話をしてくれた。
それと、彼女はその男性が頭から離れないらしく、不思議な雰囲気を漂わせていたのが印象的だったと話す。
だからかは分からないけど、その人の特徴まで話し始めた。
俺は、彼女の脳裏から離れない人物ってどんな人なのだろうと気になってしまい、より、真剣に話を聞くことにした。
「全体的に黒い服を着ていて、私と同じくらいの背丈でした」
相変わらず的確な言葉選びとしっかりとした口調。
「それで、どことなく寂しそうなんです。昔の事を思い出して、フラッシュバックされてたそうなんですけど…。何かあったんでしょうか」
そんなの俺に聞くなと思ったが、彼女が本気で聞いてきた訳でもないので、ここは無視。俺は頷くだけ頷く。
「だって、あの人がフラッシュバック起こしていた時、ものすごく苦しそうで…ずっと自身を貶してるんです。しかも、なにかに向かってずっと謝ってて…」
その言葉を聞いた瞬間、身の毛がよだつ気がした。フラッシュバック時に自分を貶し、ごめんなさいと何度も謝り、更には彼女と同じくらいの背丈。
そんな人、世界中探せば何処にでもいると、分かってはいるのに、嫌でも鈴木ちゃんと重なってしまう。
「…どうかしました?」
「えっ?」
「あ、いや、その…顔が強ばっていたので…すみません」
「…いや、大丈夫」
と言いつつも、彼女の言葉はそれから消えることはなく、家に帰ったあともずっと引っかかったままだった。
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