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とても最高です!
屋上のフェンス。
正確にはフェンスの内側…だが、俺はそこに立っていた。
たまに強い風が吹いて、まるで俺を下へ誘っているかのようだった。
……まぁ、今から飛び降りるのだけれど。
「今ここで飛べば、どんなにバカみたいに鬱な日々も来なくなるんだろうなぁ」
なんて、普段の【三枝明那】なら考えられない言動だろう。
でも、俺はもう耐えられないのだ。
今すぐにでも死んでしまいたい。
俺はすぐにこういうことを言う奴だというのに、一切気づかれなかった。
「……ふわふわりん、今飛べば…」
なんて、とある曲を口ずさむ。
誰が歌っていたのだろうか。あまり覚えていない。
アンチに苦しめられたあの日から、俺の心はどこか壊れてしまったのだ。
「ごめんねふわっち、置いてって。」
俺の中で、友人という枠のもっと深い所まできてくれた彼。
俺の大事な大事な、大事な……
彼にはとてもお世話になった。
いろんなことを一緒にやって、いろんな相談に乗ってもらって…
沢山の時間を彼と過ごした。
お世話になったくせに、その恩返しすら出来ず俺はここで朽ち果てるけど。
「ライバーに【永遠】なんてあるわけないから。」
あぁ、それでも、それでも。
最期にふわっちと話したい。彼の声を聞いてから、いつものテンションで話してから逝きたい。
「…今配信してる……忙しいよね、俺なんかの電話になんて出ないよね…」
なんて言いながらも、ふわっちに通話をかける。
配信中だけど気づくかな。
ディスコでかけたから気づくと思うけど、ここで出てくれなかったら俺はそれだけの価値ってことだよね。
…基本的に逆凸以外で配信中にかけることない俺がかけたらどうなるかな。
数日前にこの日は配信をしないって伝えてあるけど、覚えてるかな…
1コール……2コール……3コール……
「でない、か。」
諦めて発信を切ろうとしたとき、ポロンッと音を立てて通話をかけた相手が応答した。
「ッえ」
『あきにゃ~?どしたん急に~』
「ふ、ふわ、ふわっち……」
まさか出るとは思わなくて、声が震えてしまった。
言葉を紡ごうにも、こういう時に限って吃音が出てしまう。
『…明那?どこに居るの?風超強くない?今日そんなに……明那?』
優しい、ふわっちの声。
沢山の人に愛されてる、ふわっちの声。
その声は、どう頑張っても俺だけのモノにはならなくて。
その声で俺だけの名前を呼んで、俺だけを見て、俺だけを愛してくれたらいいのに。
俺の大好きな、大好きな友達、親友、___恋人。
「…ふわっち、ごめんね、ごめん、おれ……ッ」
本当にごめん。
こんな、こんな
『あき、明那…ッまって、今どこ!?今から行くから!!絶対待ってろ!!!
ごめん皆、俺明那の所いくから配信切るな!!ッスパチャありがと、マジでごめん!!
___リスナーより明那の方が大事だッ』
思わず出てしまった、かのような声のトーンで発せられたその言葉に
俺は酷く安心して少し満たされた気持ちになれた。
あの不破湊が、リスナーより俺を選んでくれた。
__でも、ごめんねふわっち。本当に。
俺の勝手な気持ちで振り回して。
でもこうでもしないと
不破湊はおれだけを考えないでしょ?
「明那!!!」
あれから5分くらいだろうか。
物凄く息を切らしながら彼はやってきた。
いつも綺麗に整っている髪も、今日は完全オフだったので下りているのに走ったためボサボサだ。
頬に伝う汗が綺麗だ。
俺の姿を視界に入れると、俺とフェンスを交互に見た。
フェンスの内側に居ることに安堵したようだった。
「明那…どうして」
「…ふわっち、ふわっちは何も悪くないんだよ。
ただ、ただ……【三枝明那】は、つかれた。
ほんとうのじぶんに、なりたい。」
視界が歪む。
目の前が見えにくい。
ふわっちの姿をちゃんと見たいのに、鼻がツーンとして、ぼやぼやして、頬がぬれていく。
そんな俺を見ただろうふわっちが、優しく俺のことを抱きしめてくれた。
ぎゅう…っと、やさしく。でも、強く。
二度と離さないというように。
「明那…おれ、俺のとこに居よう。」
「…?ふわっち、?」
「俺の家にずっと居よう。明那が、明那がまた【三枝明那】としてみんなの前に立てるまで。
それまで活動休止しよう。
つか、明那と一緒に暮らしてみたかったんよな~!!
……それじゃ、ダメ?」
抱きしめていた腕を緩め、俺の顔が見えるようにしたふわっち。
優しく、でも不安げな瞳を揺らして俺に問いかけていた。
俺が、また活動できるように、【三枝明那】に戻れるまで、ふわっちと一緒に…
……
「ふわっち、……ふわっちは、本当にいい奴だよ。…配信、中断させてごめんね。」
「明那のためなら、何してても明那を優先するよ」
「めんどくさい心友でごめん」
「明那でめんどくさかったら俺の姫、めんどくさいどころじゃないぞ」
「迷惑かけてごめん…ッ」
「明那のしたことが迷惑とかマジで思ったことないぞ?」
「…こんな俺が恋人で、ごめんッ」
「俺は明那だから好きなの。明那以外なら3日後に別れてる。」
「…ッぐす、っふわっちぃ~!!」
「あきなぁ~~!!!!」
バカみたいに2人で泣いた。
大の大人が2人で、しかも男同士で思いっきり泣いた。
あんなに情けない日は二度と来ないと思う。
正直、明那があそこまで追い詰められてるとは思っていなかった。
あんなに、顔色も悪いし隈も酷かった…
誰や、俺の明那を傷つけたゴミは。
社会に居られなくしてやる。二度と陽の光なんて浴びさせない。
「……あ、まゆ~?ちょっと調べてほしいことがあるんやけど」
2人で泣いた後、俺の家に戻った。
泣きつかれた明那を背負って。
俺とそんなに身長差はないのに、どうして明那はとても小さく見てるのだろう。
背中に乗った体温は暖かいのに、何処か冷たかった。
明那を俺のベッドに寝かせた後、俺はもう一人の心友に連絡をしたと言う訳だ。
『なに?』
「明那にアンチした奴の住所と本名、SNSのアカウントと家族の名前…
とにかく徹底的に調べて。」
『…本当、不破くんは明那のことになると周りが見えなくなるよね…
わかった、明日には報告するよ。』
「ありがとうまゆ~!!今度飯行こな!」
そう言って通話を切る。
…黛灰。
俺たちが恋人になったことを告げても、今までと変わらず接してくれる本当の親友。
俺も明那も、そんなまゆゆのことが大好きだ。
「な、明那」
そんなに苦しんでたなら俺に言ってよ。
全然迷惑だなんて思ってないんだから。
明那から受ける感情の全てを受けたいと俺は思っているんだよ?
それだけ明那のことが好きなんだ。
「…先に逝かないで。
逝くなら…___俺と心中して。」
明那が俺以外の前で死ぬとか許せない。許さない。
誰かに死に目を見せるなんて許されない。
俺の死に目も明那にしか見せない。だから、…だから
「俺と心中して、明那。」
すよすよと寝息を立てている明那に、心が温まる。
本当に、大好きな大好きな俺の、俺だけの明那。
活動休止中と言わず、ずっと俺の家に住めばいい。そうすれば…ずっと、ずっと……
ちゅ、なんて音を立てて明那の額にキスをする。
何度か優しく頭を撫でて、俺も明那の隣で眠りにつくのだ。
「…ふふっ」