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「――ストーカーか!普通にキモい。俺」
青木は背中に朝陽を浴びながら、白鳥が自分の家だと教えてくれた、青いアパートの前に立っていた。
「でも緑川に待ち伏せとかされたら嫌だしな……」
昨日の夜は、何気ない用事で電話をかけ、受話口で白鳥が寝落ちするまでずっとダラダラと話していたから、緑川の入り込む隙は無かったはずだ。
(ジャッジは明日の朝。勝負は今日。圧倒的に俺が有利――)
そのはずなのに、胸騒ぎが止まらない。
(そもそもクラスメイトで少しずつ仲良くなるパターンって、BL漫画にはないんだよ……。嫌な奴か、幼馴染か、近づきたくない変わり者か、高嶺の花か、そのどれかしかないんだって)
自分の頭の中を占めるBLの知識とセオリーが、今の青木の立ち位置を否定する。
(でもそんなこと言ってらんねえ!あと一日、あと一日だけ一番でいれば俺は――)
突如、脳裏に赤羽の姿がチラついた。
(あいつ――)
腕時計を見下ろす。
(あいつ、明日のこの時間にはもうこの世にいないんだな……)
「あれ?青木?」
青木は顔を上げた。
学生鞄を肩につっかけた白鳥がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってくるところだった。
「どうしたの!?」
「いや、ちょっと早く起きちゃったから、たまに一緒に行くのもいいかなーと思って」
「ええ!マジで?」
白鳥は白い頬をピンク色に染めて微笑む。
「嬉しい……!」
「喜んでもらえたらな良かった」
青木も鞄を肩につっかけて歩き出した。
「――でも」
白鳥は隣を歩きながら青木の顔をのぞき込んだ。
「青木はなんか、悲しそうだね」
「はあ?んなわけねーだろ」
「そう?だって、なんか今にも泣きそう……」
白鳥の指が青木の下瞼を触る。
「――眩しくてさ。俺、朝陽って苦手なんだよな」
青木は笑った。
明日、赤羽がいない世界で朝陽を浴びた自分は、何を思っているのだろう。
そう思ったらまた下瞼が熱くなった。
◇◇◇◇
校門へ続く坂道に差し掛かったところで、
「白鳥」
後ろから声がして白鳥と青木は同時に振り返った。
「あ……」
「げ」
背後から追いかけてきたのは、緑川だった。
前は白シャツ姿だったが、今日はちゃんとブレザーも着ている。
(――こいつはこいつでイケメンなんだよな……)
青木は目を細めた。
(しかも高身長。肩幅もあってなんていうか、細マッチョ的な……?)
「おはよう」
緑川が微笑むのに対して、
「オハヨウゴザイマス」
白鳥は目を反らし、青木を見つめた。
「青木、俺、日直だった!先行くね!」
「え?あ、ああ」
「ということで今日の立哨活動はできませんので、よろしくお願いします」
白鳥は緑川を見ないまま頭を下げると、校舎に向けて走って行ってしまった。
「…………」
「――――」
残された二人は見つめ合った。
茶原、黄河、桃瀬、黒崎、そして赤羽。
死刑囚の中で自分を知らない者はいなかった。
(こいつも俺を恨んでるんだろうな……)
青木は身構えた。
「お前――」
緑川がこちらを睨み落とす。
(ほらやっぱり……!)
こちらも睨み上げる。
しかし緑川は毒牙の抜かれたような顔になると、
「白鳥のクラスメイトか?」
とぼけたことを抜かした。
「……は?」
青木が唖然として見上げると、
「違う?じゃあ白鳥とはどんな関係?」
緑川は頭を掻きながら首を傾げた。
(なんだこいつ。ふざけてんのか?それともマジで俺のことを知らない?)
青木は眉間に皺を寄せた。
「名前は?」
「…………」
立ち止まった2人の背後を、登校している生徒たちが通り過ぎていく。
(公の前で自己紹介させることで、自爆を狙ってるのか?そうはいかないぞ)
「名前を聞くときには、自分から名乗るのがマナーなんじゃないすかね」
言い返してみる。すると、
「確かに」
緑川は無表情のまま自分の顎に触れた。
「俺は緑川だ。緑川麟(みどりかわりん)」
(……名乗ったー!なんだこいつ……!!)
青木は目を見開きながらも、油断しまいと構えた。
(……とぼける気か?それでもこっちが名乗ったらそうはいかないだろ)
「青木。青木浩一だ……!」
青木はまっすぐに緑川を睨み上げながら言った。
「青木……?」
緑川は少し考えるように視線を上げてから、ガッと顔を戻した。
「青木ってお前まさか――!」
「……そうだよ。俺が……」
「ああ!昨日白鳥の教室にいたやつか!あの生意気な奴!」
「――は?」
「ちょっとこい!」
緑川は青木の首根っこを掴むと、校舎裏に引っ張っていった。
◇◇◇◇
校舎裏のグラウンドの前までくると、緑川はやっと振り返った。
「お前に聞きたいことがあるんだけど!」
しかし青木は一気に200mほど走らされ、両膝に手をついて肩で呼吸を繰り返していた。
(くっそ。拘置所暮らしの運動不足な身体には辛い……。てかこいつも同じじゃねえのか?)
汗だくになりながら、涼しい顔をしている緑川を見上げる。
「お前……いや、青木!いや、青木くんって、白鳥と仲いいのか?」
(まさかこいつ……こいつって……)
「……じゃあ聞きたいんだけど、白鳥ってさ、俺のことどう思ってる?」
照れくさそうに頬を人差し指で掻いている端正な顔を見上げる。
(死刑囚じゃないのか……!?)