テラーノベル
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ベルリンの冬は身を切り刻むほどの厳寒だ。凍てついた窓を氷雨が容赦なく叩き、その向こうでは暗
鬱な雲が世界を食い尽くすかの如く覆い尽くし、木々は僅かに残る葉の残滓を振り落とそうと必死 に
なって踊り狂う。そんな日でも、ベルリンの一角、古びた官邸の執務室には膨大な量の書類をメトロ
ノーム のような正確さで淡々とこなす主の姿があった。ナチス・ドイツだ。その書類捌きは見事なも
ので、 アルプスを思わせる程の量の書類を造作なく片付けるのだ。そんな薄暗い執務室で奏でられ
る のは、 窓を叩く氷雨の音と、窓の向こうで荒れ狂う強風の音と、紙面を走るペンの音、それから
パ チパチと爆ぜるように笑う暖炉の火の音くらいのものだった。だが、そんな凍てついた静寂は早く
も切り裂かれる。
「Ciao!!!ナチ、ioが遊びに来てあげたよ!」
イタリア王国だ。彼は蝶のような軽やかさでナチスの傍まで飛び跳ねてきて、その背中に臆すことな
く抱きついた。
「ナチ、もしかして仕事してるの!?偉いねぇ!あ、そういえばね、今日は君に伝えたいことがあっ
て…… ね、ナチ聞いてないでしょ!」
漸くナチスはペンを置いた。そして、捲し立てるイタリア王国にゆっくりと顔を向ける。
「仕事をしているのは見れば分かるだろう。イタリア、少しは黙っていられないのか。」
呆れたように言葉を返す。が、その身体はーー窓の外の世界とは反対に、狂おしい程の熱を帯びてい
た。 耳元を擽る柔らかな吐息、軍服に擦れる暖かな体温、ふわりと漂う蜂蜜のような甘い香り……
カンバーヴェルビューティーを思わせるその美しさに、一瞬呼吸の仕方を忘れそうになる。
「……ナチ、大丈夫?なんか顔赤いよ?」
イタリア王国が、ナチスの顔を覗き込むようにしてそっと額に手を当てた。アーモンド型の綺麗な
瞳、 長い睫毛、アイリスを思わせる整った顔立ち…… 頬に熱が集まり、心臓の 鼓動が、次第に速
まって いくのが目の前の相手に露見しないよう祈りながら、必死に平静を取り繕う。
「……ナチ?」
形の良い、艶やかな唇が甘い声でそっと自分の名を囁く。 こんな至近距離では心臓の音が聞こえてし
まうのではないか。それでも、高鳴る胸の鼓動を鎮めることはどうしても出来ない。掠れる声で、
そっと消え入るように囁いた。
「……お前のせいだ。さっさと離れろ。」
「え!?ioのせいなの?ひどいよぉ!折角心配してあげたの にさ!
そう言って、木琴でも叩くような声で笑うのがひどく可愛らしくて 、愛おしさのあまり泣きたくなっ
てくる。
「……で、何のようだ?」
「あ!そうだった!!もう完全に忘れてたよぉ!あのね、今度のお休みの日、一緒に遊びに行きたい
なって!気になってる映画があって、あと行きたいお店もあって、あとそれから……」
「……分かった、分かったから一旦落ち着け。」
「まあとにかく、これは決定事項だからちゃんと予定空けとくんだよ!!」
「……もう予定が入っていると言ったら?」
「問答無用!!もう決定事項だって言ったでしょ?」
「……善処する。他に用がないならもう帰れ。私は忙しい。」
「えー!ioもっとナチと一緒にいたいのに!」
そう言ってイタリア王国は不満げに唇を尖らせた。 心臓がドクンと一際大きく跳ねる。たまらなくな
り、咄嗟に視線を彷徨わせた 。 頭では理解している。彼にそんなつもりはない。もとからそうい
う奴なのだ。分かっているのに期待 し てしまう自分が、たまらなく嫌になる。諦めなければならな
いのに。 好きになってはいけないのに。
不意に、イタリア王国がそっとナチスの手をとった。驚いて顔をあげると、ひどく美しいイタリア王
国が、ふわりと微笑んだ。その瞳はどこか悪戯っぽく、それでいて美しい宝石でも愛でるかのように
細められてい た。それは、この身を焼き尽くしそうな程の優美さを湛えていて、ガーネッ トの如く
紅 く熱を帯びていく自分を鮮明に映し出していた。
「ふふ、もしかしてナチ、照れちゃった?」
「……そんなわけないだろ……もう、さっさと帰れ……」
情け無く震える自分の声。言い知れない熱に冒されて、視界は靄でもかかったように霞んでいた。
「あはは!ナチ可愛い!!じゃあね!とにかく、予定は空けといてね!」
そう言い残して蝶の如く執務室を飛び跳ねていく。 扉が音もなく閉まり、薄暗い執務室は再び静寂を
取り戻た。 叶わない。自分の身を刺し殺す程の恋心に幾重にも蓋をして、 必死に見ないように目を
背 けようとしても、結局は彼に抗えないのだ。自分に恋する資格なんてないと知っているのに。
ナチスは、火照った頬を隠すように顔を覆い、力なくデスクに項垂れた。インクの匂いが鼻先を掠め
る。そして、未だ治らない心臓の鼓動を耳元で聴きながら、届いてはいけない恋心を再び劣化して壊
れかけた 箱に 押し込めるのだった。
第一話 夢鬱つ
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