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【貴族院中等部・保険室】
「何事だ!」
医務室での異変に気がついた警備兵が、怒涛の如く流れ込んでくる。
ッ――
――彼らが目にしたのは、搬入を手伝った真新しい機器の無残な姿だ。
(何なんだこの惨状は・・・)
医師らは床に伏せ、頭を抱えて怯えていた。しきりに天井を指差す彼らの先を、兵士が見上げると、そこには艶やかな金髪を広げ、異彩を放つ虹色の瞳があった。
「ば、ばけもの、うわぁぁ!」
得体の知れない異物と判断したのだろう。皆一様に抜剣すると、切先を宙に浮くメアリーに向ける。
絶体絶命の状況の中、しかし彼女は、明確な敵意を向けてくる相手に対して――。
「皆様ご苦労様です。いつも警備をありがとう存じます」
自分が浮いている自覚がないのか、中空で見事なカーテシーを披露すると、当然、兵士らは一瞬ポカンとした表情を浮かべる。だが、彼らは惨状と余裕の表情で挨拶するコントラストが、余りにもかけ離れているので不信感が増し、当然敵意に帰着する。
「あの挨拶は、我らの攻撃の隙を作るためのブラフではないのか」
(えええ、なんで挨拶しただけでそうなるのよ!カーテシー下手だったから?このお部屋汚くしちゃったから!?)
メアリーが内心で大混乱に陥っている間にも、兵士たちの敵意は膨れ上がり、向けられた切っ先が段々と近づいて来る。
(――ヤバいよ私殺されちゃうかも、あああどうしよぅぅぅ……)
――だがその時、彼女の脳内に、いつものだるそうな声が響いた。
『あーあ、せっかくのバカンスが台無しだな。とりあえず力の使い方を教えてやる』
それは守護者である戦闘神アングィスだ。彼は緊迫感の欠片もない口調で現状を解説し始めると、呆れたように打開策を耳打ちする。
『その右目はな、我が主サーペント様から頂いた魔眼だ。とりあえず、目の前の有象無象どもに「やめて~」とでも命令してみろ』
(えええ、アングちゃんなにそれ。チートじゃない。嫌よ使いたくない)
物心つく頃には脳内で語りかける人がいて、色々命令されるけれど――時には助けてもらった事もある。
メアリーにとって、脳内に「心強い相談相手がいる」という環境は当たり前のことだった。だからこそ、いきなり命令口調になった「アングちゃん」に戸惑いを隠せない。
だが、敵意はじりじりと間合いを詰め、いつものようにのんびりお話している時間は無かった。
「問答無用! 斬れっ!」
(ぎゃー、こ、殺される~、どうしようどうしよう……っ!(大汗))
『痛い思いをしたくなければ、とりま頑張れ!』
容赦なく振り下ろされる冷酷な鉄の刃。迫る死の恐怖が、メアリーの心を真っ白に染め上げた――その瞬間だった。
カチリ、と頭の中で何かのスイッチが切り替わる。
恐怖に歪んだメアリーの虹色の瞳が、妖しく、玉虫色に変化する。そして圧倒的な神威を放って周囲をギラリとなぞった。
「あのね、止めて貰ってもいいかな!」
「はい、そのように致しますです!!」
――ガキィンッ!
肉を裂くはずだった刃が、メアリーの喉元に触れる寸前でピタリと止まる。
それどころか、警備兵たちは一様にガタガタと剣を取り落とした。さっきまでの殺気はどこへやら、彼らはまるで極上の聖女を拝むかのように頬を染め、うっとりとした恍惚の表情のまま、皆一斉におごおごしく膝を突いた。
(えええ……!? み、みんな急にどうしちゃったの!?)
呆気にとられるメアリーの脳内で、アングィスが「ふはあ」とあくびを噛み殺しながら、我が物顔で解説を始めた。
『我の持つ特異能力魔眼発動おめでとう。とりあえず効能を説明するからちゃんとメモしろよ、色々使えて便利だぞ(笑』
「え゛っ、なにそれ、やっぱチートだよね、そんなのいらないわ」
『いや、だからさ、発動したんだからとりま聞きなさい。まず敵を無条件で狂信者にする【魅了】。これを応用した【テイム】。瞬時に石にする【石化】に、相手の力量が覗ける【スキル測定】、不審者を察知する【周囲警戒】……。ほら見ろ、盛りだくさんの初回特典だぞ』
「……ちょっと情報量が多すぎて頭痛いんだけど」
メアリーが本気で嫌がっているのもどこ吹く風、アングィスは脳内で楽しげに言葉を続ける。
『まぁなんだ。これらを用いて王族や王を傀儡にし、最終的にはお前が支配者になれ。フィービーはそれを強く望んでいるぞ』
「なに・それ……お母様超腹黒じゃん。ありえないわ~」
アングィスの呑気なドヤ顔解説とは裏腹に、メアリーの背筋には冷たいものが走った。
自分のたった一言で、人間の心が奪われ、操り人形のようになってしまう。目の前で、屈強な大人が自分を神のように見上げてよだれを垂らしている光景は、純粋な12歳の少女にとって、ただただ「おぞましい怪物の力」にしか思えなかった。
(……いや。こんなの、絶対におかしいよ……っ!)
『ん? どうした? お前の母親の計画通り、男を全員ぶちのめす最強の女帝への第一歩だぞ。喜べよ』
(喜べるわけないじゃない! 私は化け物になりたくない! 普通の女の子として恋をして、普通に幸せになりたいの! アングちゃんのバカ! もう大っ嫌いーー!!)
メアリーが涙ながらに、自分の異能とアングィスを心から激しく拒絶した――その瞬間。
プチリ、と脳内で何かが千切れるような感覚がした。
『あ、おい、待て。リンクを閉じるな、これじゃバカンスがぁぁぁぁ――』
焦るアングィスの声は聞き入れられず、無常にも完全に遮断された。
メアリーが自ら心を閉ざしたことで、神威は急速に霧散し、虹色の瞳は輝きを失っていく。強すぎる拒絶反応により、彼女の魔眼は、平常時には一切発動しない「ただの瞳」へと強制ロックされてしまった・・・。
※※※※※
【魔法物理学研究所】
自ら意識を閉じてしまったメアリーは、栄養をとらずとも衰弱することはないと医者から告げられた。医務室で起きた異変のこともあり、彼女は王直轄の「魔法物理学研究所」へと引き取られることになる。
とりあえずの延命処置を施された彼女は、辺境伯令嬢という立場もあり、一年もの時間をかけて慎重に分析・解析が行われた。このことは国家の極秘事項――だが、世界は眠りについた少女を放ってはくれなかった。
「魔眼が発動すれば国が滅ぶやもしれん。危険分子は封印するのみだ」
「いえ、殺処分すら出来ないのです。完璧な再生能力を持つ身体に、どんな魔法にも屈しない強固な守り。……しかし、コントロールする術はあります。一刻の猶予をいただければ、必ず結果を出してみせましょう」
メアリーの検査結果をもとに、昼夜問わず侃々諤々、長きにわたり議論を繰り返した。しかし、決定打となる結論には至らず、最終的には鉄製の棺桶に閉じ込めるのが最良の選択だと判断されそうになってしまう。
『おいメアリー、いい加減目覚めないと、神が世界を滅ぼすかもしれんぞ』
『……っ!』
アングィス自身は憑依を止めれば済む話だが、それではメアリーが時を待たずして死ぬことになる。
そうなればサーペントとの約束を反故する事になり、しびれを切らしたアングィスが脳内に呼びかける。流石にこのままではマズいと感じたのか、メアリーはついに覚醒した。
「やっと目覚めましたか。早速検査を始め、魔眼を抑え込む研究を開始します」
彼女が覚醒したことで研究は飛躍的に進んだ。それからさらに一年の時を経て、最終的に研究所の粋を集めた、彼女の異能を抑え込む『魔眼封じの眼帯』が完成する。これが最終案として、国王へと報告されたのだった。
※※※※※
――それから1年後。
「はぁぁ……」
ガタゴトと揺れる乗合馬車の中には、貴族なら到底耐えられないであろう悪臭が漂っていた。
上着のフードを深々と被り、素顔を隠すように俯くメアリー。令嬢とは思えないボロ着を身に着けた彼女は、右目に嵌められた冷たい眼帯に触れ、深く溜息をついた。
(魔眼なんて、本当にいらないのに……)
あの医務室での暴走の後、自ら意識を閉ざしていたメアリーは、アングィスの呼びかけによってようやく目を覚ました。そして「眼帯を決して外さないこと」を条件に、ようやく魔法物理学研究所を出ることを許されたのだ。
やっと我が家に帰れる。そう安心したのも束の間、実家で彼女を待ち受けていたのは、本当の地獄のような日々だった。
「メアリー、今日から私を父と思うな。お前は我が家の厄介者だ、これからは領主様と呼べ」
実の父親から毎日のように浴びせられるのは、「破滅の魔眼は出世の邪魔だ」「気持ち悪い、近寄るな」という容赦のない嫌味。メアリーの魔眼の噂が流れてからは、父親と懇意にしていた商人たちも次々と離れ、領地の商売にまで支障が出始めていた。
父親にとって、メアリーはもはや「腫れ物」でしかなかった……。
「……、領主様。もっと良縁があったと聞き及んでおります。何故、わざわざアーブラハム家なのでしょうか」
「お前に選択肢など無いと言っている。黙って従え!薄気味悪い魔女め!」
十五歳の誕生会すら開かれず、挙句の果てには、超守銭奴として有名な格下の男爵家へ嫁げという非情な命令が下される。要するに金目当てだ。父親はメアリーの『辺境伯令嬢』という肩書きを、体よく売り払おうとしていた。
――頼みの綱である母親のフィービーも、味方ではなかった。
「いつになったら魔眼が使えるようになるの、メアリーちゃん。あんな男はさっさと魔眼で操りなさいよ」
「お、お母様、そんなこと……今のお父様が聞いたら……っ」
「あなたの能力なら、この国を支配することだってできるのよ! さっさと男たちを傀儡にして、貴女の王権を取り戻しなさい!」
辺境伯家の跡取りには、すでに側室が産んだ男の子がいる。実家における自分の居場所は、もうどこにも残されていなかった。
そればかりか、かつては凄く優しかった母親も、跡取りの男の子が生まれて以降は父親に全く相手にされなくなり、彼女は寂しさを埋めるように、あのとき神から授かった『特典』を悪用し、日夜男遊びに狂い耽っている。今のメアリーにとっては、母親というよりはただの「淫らな色情魔」にしか見えなかった。
そんな歪みきった両親を見つめるメアリーの心の中から、肉親への情愛という感情は、 ――すでに無色透明な水のように跡形もなく薄れきっていた。
いつもなら両親の言いなりになっていた温和なメアリーだったが、この冷酷で身勝手な仕打ちに、ついに心が限界を迎える。
(だめだ。このままここにいたら、都合のいい道具として使い潰されてお仕舞いになっちゃう……!)
激しい言い争いの末、彼女は貴族籍を破棄して「自ら家を出る」と宣言し、着の身着のままで実家を飛び出してきた。
「取り敢えず何でもいいから職を探さないと……」
――だが、現実は甘くなかった。
王都で必死に働き口を探したものの、就労規定が厳しく、「成人前は親の許可書が必要だ」と行く先々で無情に断られてしまう。
手切れ金として実家から渡された、わずか数十枚の金貨を握りしめ、メアリーは決意を固めた――。
「こうなったら、あそこに行くしかないよね……」
彼女が目指すのは、王都の法律が届かない、遥か遠くに存在する商業都市『ファーレン』。
元お嬢様の、過酷で孤独な一人旅が、今ここから始まろうとしていた。
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みぅ🤍🥀 第16話、読みました〜! メアリーの魔眼、めっちゃチートだけど、本人は嫌がってるのが切ない…。「普通の女の子として恋して幸せになりたい」っていう気持ち、すごくわかるよ。周りの大人がみんな自分の欲望で彼女を利用しようとしてて、心がぎゅってなった。特に実家の父親の言葉が冷たすぎて、読んでて悲しくなった… でも、一人で飛び出したメアリー、すごく強い子だと思う。彼女の新しい旅がどうなるか、すごく気になる!
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リユ
7
聖次
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