テラーノベル
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『奥から来る音』が完成してから、シェアハウスの中には新曲のリフが頻繁に響くようになった。
カキが廊下を歩きながらギターを弾く。
キッチンで食器を洗いながら、指だけで机を叩く。
庭を見張っているときでさえ、口笛で曲の一部を繰り返している。
「カキちゃん、食事中にギターを弾かないで」
メバルが注意した。
「弾いてないって。弦を軽く触ってるだけ」
「それを弾いてるっていうの」
「でも、思いついたフレーズはすぐ残さないと消えるんだよ」
カキはエレキギターを抱えたまま、食卓の椅子に座っている。
マサカゲが向かいから言った。
「食事のあとに防音室を使う時間を取ってある。記録するなら、そのときにしろ」
「そのときじゃ遅いんだって」
「なら、録音機を持ち歩け」
アオノが淡々と提案した。
「小型録音機を首から下げておけば、思いついた時点で保存できます」
「それいいな!」
カキはすぐに立ち上がった。
「アオノ、作ってくれ!」
「既にあります」
アオノはポケットから小型の録音機を取り出した。
「試作品です。音声、楽器音、周囲の振動を記録できます」
「すげえ!」
カキは受け取ると、すぐに電源を入れた。
録音機の小さなランプが点灯する。
「これでいつでも録音できるな!」
「ただし、勝手に分解しないでください」
「分解しない」
「落とさないでください」
「落とさない」
「地下空洞で使用しないでください」
カキは返事をしなかった。
アオノが顔を上げる。
「カキ」
「聞こえてるって」
「返事をしてください」
「……地下では使わない」
「今の間は何ですか?」
「何でもない」
マサカゲがため息をついた。
「カキ、その録音機は調査用だ。遊び道具じゃない」
「分かってるよ」
カキは録音機を首から下げた。
その日の午後、メンバーは防音室で『奥から来る音』の調整を行っていた。
カキのギターリフを中心に、メバルの歌声を録り直し、マサカゲがベースの音量を整える。
#スクラッチャーズ
K-Takasaka
248
#スクラッチャーズ
K-Takasaka
143
#タイムループ
K-Takasaka
107
K-Tのドラムは、曲の後半で特に強くなる。
アオノは地下空洞で検出された振動データを参考に、キーボードの音色を調整していた。
「地下で確認された周波数を、わずかに音へ反映しています」
「本当に地下の音みたいになるのか?」
カキが聞く。
「完全な再現ではありません。音楽として扱える範囲に変換しています」
「聞かせてくれ」
アオノが鍵盤を押す。
低い音が、防音室の床を震わせた。
その直後、庭の方向から、かすかな振動が返ってきた。
カン。
誰もが演奏を止めた。
アオノがタブレットを見る。
「地下空洞から反応があります」
「またか」
マサカゲが眉をひそめる。
「防音室の音が原因なのか?」
「断定できません。ですが、時間は一致しています」
カキは録音機を見た。
小さなランプが点滅している。
「これ、今の振動も録れてるぞ」
「確認します」
アオノが録音機を受け取ろうとする。
カキは手を引いた。
「このまま地下で録れば、もっと詳しく分かるんじゃないか?」
「行くな」
マサカゲが即座に言った。
「鉱石が音に反応している可能性がある。調査の準備が必要だ」
「でも、今なら反応してる」
「だから危険なんだ」
「危険だから、今しか分からないんだろ」
カキは立ち上がった。
K-Tがドラムの前から顔を上げる。
「カキ」
「大丈夫だって」
「行くな」
「ちょっと見るだけだ」
「行くな」
二度目の声は、先ほどより低かった。
カキは一瞬止まった。
しかし、録音機のランプがまた点滅した。
地下から、今度は二回音が返ってくる。
カン。
カン。
カキの目が輝いた。
「呼んでる」
「呼んでいない」
アオノが言う。
「振動が発生しているだけです」
「でも、返事みたいじゃないか」
「だから、確認が必要なんだ」
マサカゲが立ち上がった。
「全員で行くにしても、今日は無理だ。必要な機材を準備してから――」
カキは防音室のドアへ走った。
「カキ!」
メバルの声が響く。
カキは廊下を走り、庭へ向かった。
しかし、玄関を出たところで、K-Tが先回りしていた。
「止まれ」
「Kさん、いつの間に!」
「戻れ」
「嫌だ!」
カキは横へ逃げた。
K-Tは腕をつかもうとしたが、カキは身をかがめ、庭のフェンスの隙間を抜けた。
「カキちゃん!」
メバルが追いかける。
マサカゲも後ろから走り、アオノはタブレットを持ったまま監視カメラの映像を切り替えた。
「カキが立入禁止区域へ侵入しました」
「見れば分かる!」
マサカゲが叫ぶ。
カキは穴の前まで走り、フェンスを乗り越えた。
「一回だけ! 音を録るだけだから!」
「カキちゃん、戻って!」
「すぐ終わる!」
カキは穴の中へ降りるため、仮設された梯子に足をかけた。
梯子は昨日の調査で安全確認されている。
だが、カキが勢いよく降りたせいで、足元の土が崩れた。
「うわっ!」
カキの足が滑る。
とっさに手を伸ばした先に、壁から突き出た古い金具があった。
カキはそれをつかんだ。
金具が、軋む。
「カキ!」
K-Tが穴へ飛び込んだ。
カキの身体が横穴の入口へ転がり込む。
その勢いで、壁の奥にあった古いパネルへ肩をぶつけた。
カチッ。
小さな音がした。
次の瞬間、通路の奥から低い振動が響いた。
ゴォン……。
青紫色の鉱石が、一斉に光る。
カキは目を見開いた。
「え?」
壁の一部が開いた。
今まで岩壁だと思われていた場所が、ゆっくり横へ動いていく。
その奥には、別の通路があった。
古い機械が並ぶ部屋へ続いている。
アオノが入口から画面を確認した。
「隠し扉です」
マサカゲがカキをつかんだ。
「お前、何を押した?」
「押してない。ぶつかっただけだ」
「それで開いたのか?」
「俺も知らない!」
K-Tはカキの前に立ち、開いた通路の奥を見ていた。
そこには、古いケーブルが何本も伸びている。
ケーブルの先には、壁一面に並んだ装置。
中央には大きな円形の機械。
その中心に、青紫色の鉱石が埋め込まれていた。
機械は完全に停止しているように見える。
だが、内部の一部だけが明滅していた。
アオノがゆっくり近づく。
「これは、発電装置ではありません」
「何だ?」
マサカゲが聞く。
「音響装置に近い構造です。周辺の振動を収集し、特定の周波数へ変換している」
カキが振り返った。
「音を集める機械?」
「その可能性があります」
「じゃあ、俺たちの曲に反応してたのか?」
「地下で検出された振動と、今日の演奏データには共通点があります」
アオノは録音機を確認した。
「カキが持っている録音機にも、通常のマイクでは拾えない低周波が記録されています」
カキは録音機を見つめた。
「俺がこれを持って走ったから、機械が反応したのか?」
「可能性はあります。録音機が振動を増幅したのか、あなたの接触で装置が起動したのかは不明です」
「俺が見つけたってことだな!」
「正確には、あなたが勝手に走って、偶然パネルへ衝突した結果です」
マサカゲが言った。
「でも、見つけたのは俺だろ!」
「偶然だ」
「偶然でも発見は発見だ!」
メバルが穴の入口から顔を出した。
「カキちゃん、無事?」
「無事! すごいものを見つけた!」
「まず戻ってきて!」
「でも、ここに音を集める機械が――」
「戻ってきて!」
メバルの声が地下に響く。
カキは肩を落とした。
「分かったよ」
そのとき、中央の機械がもう一度光った。
青紫色の鉱石から、短い音が響く。
カン。
カン。
カン。
そして、今度は四つ目の音が続いた。
カン。
アオノの表情が変わる。
「反応パターンが変化しました」
「何が起きた?」
マサカゲが聞く。
「入力された振動を、音列として認識している可能性があります」
カキは、さきほど作った曲の冒頭を思い出した。
三つの音。
その後に続く、長い一音。
『奥から来る音』の構成と同じだった。
「曲を聞いてるんだ」
カキが呟く。
K-Tが中央の機械を見た。
「違う」
「何が?」
「返している」
アオノがすぐに録音機の波形を確認した。
機械から返ってきた四つの音は、カキが防音室で作った新曲の冒頭とは少し違っていた。
三つの音のあとに続いた四つ目の音は、地下の奥へ向かうように長く伸びている。
その音に合わせ、隠し通路のさらに奥で、別の装置が起動した。
遠くから、低い振動が返ってくる。
カキは息を呑んだ。
「まだ奥がある」
「進むな」
K-Tが言った。
「でも、今の音を追えば――」
「戻る」
「Kさん!」
「今日は戻る」
K-Tはカキの肩をつかんだ。
今度は乱暴に引きずることはなかった。
だが、逃げられない程度の力で、確実に入口へ向かわせる。
カキは何度も奥を振り返った。
「絶対に、次はあそこを調べような」
マサカゲが答えた。
「安全確認と手順を組んでからだ」
アオノが続ける。
「装置の構造解析に最低でも数時間必要です」
メバルはカキの腕をつかんだ。
「その前に、カキちゃんは勝手に走らないこと」
「今回は結果的に発見しただろ」
「結果的に、で済ませないの!」
ミステーは最後まで装置を見ていた。
「地下の機械は、音を食べている」
「食べてはいないと思います」
アオノが言った。
「では、音を覚えている」
その言葉に、誰もすぐには反論できなかった。
地上へ戻ったあと、マサカゲはカキの前に立ち、長い説教を始めた。
「単独行動禁止。危険区域への侵入禁止。指示が出るまで装置に接近禁止。今後、録音機を持ったまま走るのも禁止だ」
「走るのも?」
「お前の場合はな」
カキはしょんぼりしながら頷いた。
「分かった」
メバルが驚く。
「今日は素直だね」
「だって、俺のせいで見つかったけど、俺のせいで壊れたら嫌だから」
その言葉に、マサカゲは少しだけ表情を和らげた。
「そこまで考えられるなら、最初から考えてくれ」
「それは……次から」
「今からだ」
「はい」
防音室では、アオノが録音機のデータを取り込んでいた。
カキが作った『奥から来る音』。
地下装置が返した四つの音。
二つの波形を重ねると、最後の一音だけが、不自然なほど正確に一致した。
アオノは画面を見つめた。
「地下の装置は、音を再生したのではありません」
「じゃあ何だ?」
マサカゲが聞く。
「音を受け取り、別の場所へ伝達しています」
ミステーが画面を見ながら言った。
「地下の奥に、もう一つの部屋がある」
カキはエレキギターを抱えた。
「そこへ、俺たちの音が届いたんだな」
K-Tは何も言わなかった。
ただ、地下から返ってきた四つ目の音を、頭の中で繰り返していた。
それは、音の終わりではなかった。
誰かが、次の場所へ進めと合図しているようにも聞こえた。
コメント
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第12話、めっちゃゾクゾクした……!カキの暴走、危なっかしいけど「呼んでる」って言い切るところ、ああいう執着みたいな衝動、わかる気がする。でもK-Tの「違う。返している」で全部ひっくり返る感じ、鳥肌立ったよ。装置がこっちの曲を覚えてて、しかも次の場所へ合図してるみたいな展開、もう続きが気になって仕方ない……みぅ、この“音で繋がる闇”の感じ、すごく好きです📻🤍