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【華奈の部屋】
匠とイチャラブできたのは、朝のほんのわずかな時間だけだった。
残りは体力を消耗するイベントばかりで、流石に疲れ果てた華奈は部屋着に着替え「なんて残念な一日だったんだ」と心の中でボヤきながら、バタリとベッドに沈み込む。
「――ふわぁぁぁ」
うとうとと意識が緩み始め、心地よい睡魔の足音が近づいてくる。だが、その油断こそが、彼女の警戒心を完全に放棄させていた。
『――匠を殺されたくなければ、今夜、神社の境内に来い』
背中に張り付いていた銀鱗が妖しく光を放ち、昼間に匠の部屋で聞いた、あの頭に直接響く声が脳を揺らす。今度は少女の声ではない。低いうなり声に近いが、妙にハッキリと聞き取れる。
底知れない悪意を含んだような、不気味な声だった。
「えっ、なんで……また!?」
咄嗟に脳裏をよぎったのは、昼間のお焚き上げの業火。あの中で確かに消え去ったはずなのに、今度は実体を持たないまま語りかけてきている。間違いなく自分たちに害を及ぼす敵――そう判断した華奈は、すぐさま枕元にある小刀に手を伸ばし、見えない敵に対して臨戦体制を取る。
『気の強い女だな。我は話し合いをしたいだけだ』
「うるさいもののけめ、卑怯だぞ姿を現せ!」
相変わらず脳内に直接語りかけてくる怪異。こんな異常事態は初めてだったが、華奈は冷静にスマホを握り、匠へメッセージを送るためスワイプし始める。
『その道具で、余計な報せをされるのは感心しないな』
「――ッくっそ、もののけの分際で……!」
奴は愛莉を観察していたせいで、スマホの役割を完全に理解しているらしい。文字を打ち込み、送信しようとした指に何者かの不可視の力が働き、ピキリと固まって動かせなくなる。
(あいつはまだ、生き――)
途中まででも伝わればいい。華奈は腕自体の自由がまだ残っていることに賭け、全身の自由を奪われる前に、スマホを顔に引き寄せ――送信ボタンを、己の鼻の頭で力任せに押し込んだ。
『負けん気にも程があるな。……仕方ない、君には囮になってもらおう』
話を聞いてもらい、蟠りを解く。アングィスの目的はそれだけだったが、この娘の負けん気の強さは放置すれば良き方向には向かない、と判断したらしい。
「クッ、うるさい! お前なんかに負けない、負けるもんか……っ!」
囮とはつまり、人質だ。危機感を覚えた矢先、自分の身体が足元からすうっと薄くなり始める。必死に手足をバタつかせて抗おうとするが、空間そのものに吸い込まれるような感覚は止められない。
勝てない――。
その、全身を支配する完全なる敗北感を味わった瞬間、華奈の脳裏に、遥か昔に剣道で負けた時の記憶が鮮烈にフラッシュバックした。
『何で私が三位で終わらなきゃいけないのよ!!』
『勝って三位なんだから、そんなに悔しがらなくていいでしょ。もう泣くのはやめなさい』
それは中学1年生の時、地区大会で3位に終わったときのことだ。自宅に戻った華奈は、貰った賞状と小さなトロフィーをソファーに投げ捨てると、悔しくて悔しくて、声を上げて泣き続けた。
『それは敗者の言い訳よ! 優勝以外、私にとっては全部無価値なの!』
『剣道は勝ち負けだけじゃないって狛先生も言っていたでしょう? それに拘りすぎているから、一本が取れないんじゃないの』
華奈の剣スタイルは、圧倒的なスピードと打ち負けない力強さだ。正確無比な攻撃能力は異常に高く、純粋な身体能力だけで言えば間違いなく国内最強レベル。
しかし、華奈は一撃を繰り出した後の「残心(心を途切れさせない構え)」を審判に認められず、一本を取りこぼすことが多かった。事実、その準決勝も、攻め急いで残心が疎かになった一瞬を突かれ、大敗した。
(あの時と同じだ……。私が、一瞬だけ心を緩めたから……!)
惰眠を貪る眠気に負け、緩んだ警戒心が事態を良くない方向に導いたと反省しながら、意識を保とうとするが、急速に視野が狭まり、身体が完全に闇に溶けていく。
次に目を覚ました時、そこは深い闇に包まれた、深夜の本牧神社の境内だった――。
※※※※※
聖次
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urua
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🖤MIRA🤍
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【夜・本牧神社・境内】
「ここに華奈がいるのだな」
昼間のにぎわいは消え失せ、静まり返る境内。周囲を警戒しながら、一振りの剣を携えた匠が姿を表す。彼の脳裏には、華奈が遺したメッセージへの不安が渦巻いていた。
――『彼女を助けたければ深夜に来い』
華奈のメッセージが届いた直後、脳内に直接響いたあの不気味な声に呼び出され、匠は覚悟を決めて足を踏み入れた。
『おお、約束通り来てくれてありがとう』
深い闇に包まれた深夜の境内。静まり返った拝殿の前で、匠は消えたはずの『槍』と対峙していた。その傍らには、眠るように静かに華奈が佇んでいる。
再び神社へと舞い戻ってきたこいつは、以前とは違い、妖しい光を帯びて宙に浮き上がっていた。人知を超えた何かが秘められていると、嫌でもわかる。
「ファンタジーにも程があるな……」
この時、生半可な手段など通じないことを、匠は嫌というほど理解させられていた。
「華奈を自由にしたら、話だけは聞いてやる」
『ああ、それは約束だからな』
意識を失い佇んでいた華奈の、がくりと落ちていた頭が持ち上がる。覚醒したものの、まだ状況を理解できないのか目は虚ろだ。
だが、匠が声を掛けた瞬間――その瞳に激しい憎悪を纏った火が灯り、全身から凄まじい怒気が溢れ始めた。
「華奈!」
「匠!!」
カタパルトから射出された戦闘機のように、華奈は匠を見つけるや否や、自慢の俊足で駆け寄る。彼の安全と安心を確かめようと、そのまま胸の中へと飛び込んだ。心配そうな顔をした匠は、そんな私をギュッと強く抱きしめてくれた。
「やっぱり私は匠のことが大好きで、大事で、守ってあげたい――守って貰いたいよ♡」
危機を脱し、大好きな男の腕の中で絶対の安心を得たことで、心の底から「好き」の感情が濁流のように湧き上がる。思わず回した腕にギュッと力が入り、華奈は刹那の幸せを噛み締めていた。その瞬間の表情は、苛烈な剣士のそれではなく、ただ恋を隠しきれない、少し涙ぐんだ一人の女の子の顔だった。
「――ッ」
対する匠は、ここで何があっても寡黙を貫かなければならなかった。なぜなら、顔はおろか、耳の先まで一瞬で林檎のように赤面してしまったからだ。
華奈本人は、今の言葉は届いて欲しいという《《心》》《《の》》《《呟》》《《き》》と思っている節があるが、実際には甘い囁きとなって、しっかりと匠の耳を通じて脳へと届いている。
おまけに華奈は、匠の分厚い胸板に極上の安心感を得ているようだが、その強すぎる抱擁は、とある柔らかな部位をこれでもかと押し付ける結果になっていた。当然、薄いTシャツ越しに直接伝わる、副賞としての「C」の破壊力はあまりにも抜群すぎた。
夜の静寂に包まれた境内で、盛大に甘酸っぱい空気を撒き散らし始めた幼馴染コンビ。だが、その二人の世界を破るように、宙に浮く槍から、どこか呆れ果てたような野太い声が割り込んできた。
『……おい。我が目の前で、存分にあおはるを謳歌してくれるのは大いに結構だがな。そろそろ我が話を聞いてもらおうか』
その空気を断ち切る不躾な声にハッと我に返った匠は、ボッとさらに顔を赤くしながらも、それを誤魔化すようにコホンと咳ばらいをすると、鋭い眼光を槍へと向けた。腕の中の華奈をそっと背中に庇いながら、その声のトーンを冷徹なものへと切り替える。
「――いや。その前に、華奈を拉致した責任をきっちり取ってもらってからだ」
匠は何の迷いもない手つきで、愛用する自前の刀の鯉口を切った。
一気に鞘から引き抜かれた刃は、至高の玉鋼でこさえられ、出雲無双流が誇る『神速剣』の凄まじい負荷に耐えうる極上品。鋭い切先が、月光を反射して冷たく煌めく。
――出雲神速剣・二の形『斬首』。
そのまま一切の躊躇なく、槍の柄を目がけて刃を斜め振りかぶった――その、刹那だった。
『――やめてお願い、殺さないで、話を聞いて……っ!』
脳裏を貫いたのは、昼間の悲鳴よりも遥かに明確な、必死に助けを求める少女の「声」だった。
ゾクリとした悪寒と共に、匠の腕が寸前のところでピタリと止まる。
『あ、あうぅ……良かっ、たぁ……。感謝いたします、takumi様。私はメアリーと申します。こう見えて、とっても可憐な美少女なんですっ!』
危機を脱したと思ったのか、脳内の声は一転して、どこか調子の良い自己紹介を始めた。だが、当代随一の剣士の血を引く匠が、そんな戯言を鵜呑みにするはずもない。
「……貴様はまやかしの類か、妖刀の類が、人を惑わすために化けてるだけだな」
冷徹に言い放ち、匠は再び刀を強く握り直して、一文字に切り裂く中段の構えを見せる。状況を鑑みればまともな人間とは思えないし、そもそも話を聞く理由が思い当たらないので当然の対応だった。
『ひゃんっ!? 嘘じゃないです、本当なんです! 殺さないで、本当にお願いだからぁ!』
メアリーが脳内へ向ける懇願は、もはや涙声だった。
極限の恐怖――それが引き金となり、槍の内部に渦巻いていた強大な魔力が、制御を失い外界へと一気に溢れ出してしまう。
コメント
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おお、第8話読んだわ!華奈が鼻でスマホ送信するところ、しびれたね。あの負けん気の強さがカッコよすぎる🔥 そこから一転、匠の胸に飛び込むデレデレ華奈…ギャップで死ぬかと思った(笑)槍の中にメアリーって可憐な少女の意識がいるってオチも気になる!次回、匠がどう判断するのか楽しみだわ