「敵国に嫁がせていただきありがとうございます!」
私のお礼の言葉に、家族全員が馬鹿にした目を向けた。
空気読め――そんな雰囲気が漂っていた。
「私、なにかおかしいことを言いましたか?」
皇女として扱われずに、育てられること十八年。
『呪われた皇女め!』と言われ、皇宮に閉じ込められて生きてきた。
嫁ぎ先が敵国とはいえ、待っているのは、広い外の世界。
お礼を言わずにいられなかったというわけですよ。
「まさか、シルヴィエお姉様。敵国で幸せになれるとでも、思っているのかしら?」
|皇帝陛下《お父様》のお気に入り、妹のロザリエが、口元に手をあて、必死に笑いをこらえ、私に言った。
「そのつもりです」
変化の少ない皇宮で、楽しく暮らしてきた私。
そんな私が得た言葉は――
『ささやかな幸せを大切に』
これが私のモットーです!
そういう気持ちでいれば、どんな質素な暮らしでも楽しく暮らせるってものなんです!
たとえ、豆の粒を数えられるほど、具の少ないスープだったとしても!
でも家族は、そんな私の前向きな気持ちを容赦なく打ち砕いてくる。
「敵国の皇女が、大事にされるわけがない」
「お前が持つ呪いの力で、敵国の王族たちを殺せ。そうすれば、国に戻してやる」
ラドヴァンお兄様、皇帝であるお父様は、私のお礼の言葉を冗談だと思っている。
むしろ、『国に戻してやる』が冗談ですよね?
「皇女として、立派に使命を果たすのですよ」
厄介者がいなくなると知り、笑みを隠しきれない母。
――家族にとって、私は厄介者だった。
私が生まれた日、皇宮に招かれた占い師は告げた。
『皇女が成長した暁には、帝国を滅ぼすでしょう!』
予言者ではなく、占い師。
占いって、ハズレることもありますよね?
それなのに、占い師の言葉をあっさり信じたお父様。
お父様は誕生したばかりの|第一皇女《わたし》を殺すよう命じた。
なにもできない赤ん坊である。
命を奪うことなど、たやすいと誰もが思っていた。
けれど、死んだのは私ではなく、処刑人たち。
占い師は再び、お父様に告げた。
『これは呪いです。第一皇女は古き神に呪われておいでです!』
古き神というのは、大昔からいる神で、なんの神なのかさえ、わからないそうだ。
正体不明の神に、私が呪われているという。
――ちょっと待って、その占い。適当すぎませんか?
けれど、お父様が大事なのは皇帝の地位だった。
神の呪いによって、帝国を滅ぼすであろうと告げられ、お父様はパニックになった。
もし、ここで冷静であれば――
『無垢な赤ん坊を殺すなどできない! 逃がしてやろう』
『そうだ! まだ誰も傷つけてはいない!』
そう誰かが生まれたばかりの赤ん坊に同情し、言ってくれたはずだ。
残念ながら、赤ん坊の私に同情してくれる人は、誰もいなかった。
――お母様でさえも、お父様の寵愛を選んで、私を捨てたのだ。
そして、私の処刑当日、持って生まれた呪いの力を発動させた。
その結果、私の周りに、処刑人たちの死体が転がることになったのだった。
たとえ、その場で死なず、運よく生き延びたとしても、私から受けた呪いは、死ぬまで消えることがなく、病弱になり、毒を受けたような症状が続く。
私を誰も殺せずに、処刑は失敗に終わった。
多大な犠牲を払ったわけだけど、赤ん坊を問答無用で殺そうとしなくてもいいと思う。
占いは占いで、当たるかどうかもわからないのに、その判断、ちょっと早すぎませんか?
――せめて、私の成長を待ち、どんな人間なのか判断してくれていたなら、誰も傷つかずにすんだはず。
私に帝国を滅ぼす気持ちが、少しもないとわかってもらえたと思う。
呪いが発動する条件もはっきりしないまま、死んだ人たちこそ、無念だっただろう。
そういうわけで、私を遠ざけて、呪われないようにしようという結論に至ったらしい。
だから、私は表向きは病弱な皇女。皇宮内では『呪われた皇女』と呼ばれている。
「今まで、餓死させなかっただけ、ありがたいと思え」
嫁ぐことが決まったからか、お父様は本心をポロリと口にする。
「だから、毎日の食事が、水みたいなスープだったんですね」
私もつられて、ポロリと本心を口にしてしまった。
「でも、塩味のスープをアレンジして食べるのも楽しかったですよ。庭に植えたハーブ類や野菜を加えたりして。あっ! もし、興味があるのでしたら、レシピを差し上げましょうか?」
なぜか、お父様の頬がひきつっていた。
「外国へ行くのは初めてですし、嫁ぎ先が、どんな国なのか、とても楽しみです」
「シルヴィエお姉様、敵国だって言ってるでしょ! もっと絶望しなさいよっ! きっと今より、扱いはひどいわよ!」
「私への扱いが、ひどいという自覚があったということですか。それなら、敵国でも頑張れそうです」
私の言葉に、ロザリエは悔しそうに拳を震わせる。
お父様は私をにらみつけ、ロザリエを庇った。
「呪われた皇女のお前が、ロザリエに生意気な口をきくな! ふん。強がっていられるのも今のうちだ。嫁いだ後、泣くのはお前だからな」
このまま、皇宮で一生を終えるのかしらと思っていた矢先、結婚が決まった。
それも、幸運なことに、外国(敵国だけど)へ嫁がせてくれるという。
幽閉されてきた私にとって、外へ出られることが、どれほど嬉しいことなのか、きっと誰にもわからない。
「それに外国へ行けば、私の呪いを受けた人を治療する方法が見つかるかもしれません」
「帝国にでさえ、見つからない治療法が、他国にあるわけがないでしょ。それも野蛮な敵国に!」
ロザリエは冷たい目で私を見た。
「可能性はゼロではないと思うんです。ですから、嫁ぐのを楽しみにしています」
お父様の命令で、私を処刑しようとして、呪いを受けた人たちの症状を緩和させることに成功した。
でも、それはあくまで、症状を抑えるものであり、治療ではなかった。
目指すは完治――お兄様はそんな私の気持ちを理解しておらず、強がりだとばかりに嘲笑う。
「父上。シルヴィエは嘘をついているだけですよ。本当は辛いはずです」
「私の言葉に|嘘偽《うそいつわ》りはございません」
心からの笑みを浮かべた。
「このまま、レグヴラーナ帝国の皇宮で、一生を過ごし、死を待つだけの身と思っておりました。他国の知識を得られるなんて、とても幸運です!」
ただ、この結婚……
私にとって幸運なことだけど、私を妻に迎える結婚相手は不運だ。
心から申し訳ないと思う。
神に呪われた私は危険で、なにが起こるかわからない。
未知の危険を回避するには、私に近づかず、触れずに生活するのが、一番の安全だった。
――旦那様となる方には、きちんと説明いたしましょう。たとえ、形だけの妻となろうとも、嫉妬だけはしないと決めて。
私が持つ呪いの力で、二度と人を傷つけたくなかった。
私にかけられた呪いが、いつ、どのタイミングで人を傷つけるかわからない。
現に一度、妹のロザリエは死にかけた――
「ふん、喜んでいられるのも今のうちだけよ。お姉様の結婚相手も、きっと私みたいに病弱な体にされて、妻に迎えたのを後悔するわ!」
「ロザリエ。もしかして、私を心配してくれているんですか?」
「は? 心配なんかするわけないでしょ!」
ロザリエは子犬のようにキャンキャンと騒いでいて、とっても元気そうだった。
でも、あんまり騒ぎすぎると、ロザリエの体はもたないため、お母様が落ち着くように隣で、ロザリエを止めていた。
「馬鹿な娘だ。お前は敵国に嫁ぐということをわかっていない。愛され、幸せな結婚生活など不可能だ」
「敵同士とはいえ、夫婦になるのですから、仲良くしたいと思っております」
私の言葉のどこが面白かったのか、お父様は大笑いした。
「第一皇女シルヴィエに命じる。夫となるアレシュ王子を殺せ」
「殺す?」
「お前をなんのために嫁がせるか、わからないのか。暗殺だ。その呪いの力で、敵国の王子を暗殺しろ」
――暗殺。
それはレグヴラーナ帝国の皇帝として、皇女の私に下した正式な命令だった。
私の結婚は、夫を殺すためのものだと気づいた。
「幸せになれると思うな」
お父様は嫁ぐ娘に、残酷な言葉をかけ、敵国ドルトルージェへ送り出した。
私を一番苦しめているのは、名も知らぬ神の呪いではない。
私を幸せにさせないという家族からの呪いだった――
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!