テラーノベル
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ふわふわとした気持ちと足取りで、隣へ向かおうとすると
「ここは、父さんに見せるのはなぁ……」
と、今さら?という感じのセリフを篤久様が口にした。
「私が見たら不都合なものでもコレクションしているのかな?」
「どういうものだよ、それ…それなら真奈美さんに、なおさら見せられない」
そう言いながらゆっくりと進むと……うん?バスルームが消えた?
「ドアはここだけか?」
ご主人様が私と同じ疑問を口にした。
元遥香の部屋は螺旋階段の近くだけれど、リフォーム工事中は埃が舞うのを防ぐように前が覆われていたので、廊下が半分くらいになっていたのよね。
だから全く見えていなかった。
「え…こっちのドアも変わってる……」
「本当だね」
バスルームのドアは無くなり、部屋のドアはアンティークなものに変わっている。
「螺旋階段の手すりの雰囲気を真似た飾りをつけたドアにした」
「そうか、私はもう満足だよ。あとは篤久が真奈美さんを案内して」
え……ご主人様はそう言ってご自分の部屋に向かう。
「真奈美さん、ここも開けて」
私の肩に手を置いた篤久様に促されて、また…そっとドアを開ける。
……ゲスト用?
「入るよ」
篤久様は後ろから私を抱えるようにして部屋に入ると、私のお腹の前で手を組んだ。
「ここ、俺と真奈美さんの部屋にしたいと思う。シャワー室のあった場所はウォークインクローゼットにした。ベッドと小さなソファーとテーブル。バスルームの方と繋げて、真奈美さんのパウダールームも作った。いつか……近い未来、ここで俺と一緒に過ごしてくれる?」
そう言った彼は、息が止まったように言葉の出ない私を抱えるようにちょこちょこと前進すると……パウダールーム?
「引き出し、開けて」
彼は私のお腹の前で手を組んだまま、私の耳元で囁いた。
目の前に鏡があることが分かるけれど、恥ずかしくて一度も見ることのないまま、薄い引き出しをゆっくりと引く。
そこには……ポツンと、ビロードの小さなケースが…
「真奈美さん、俺と結婚してください」
篤久様は私の後ろからそのケースを手にすると、私のエプロンの前でそれを開けた。
「……っ…ぁ…篤久様……っ……」
「うん?結婚しよう」
「…私……?」
「真奈美さんがいい。真奈美さんしかいらない」
小刻みに震える私の目に映る小さく光るリングが、篤久様の長い指でケースから出されると、彼の大きな手が私の震える左手を支えるようにエプロンの前に出す。
そして
「俺と結婚してくれますか?」
後ろから私を覗き込んだ彼に
「……は…ぃ……」
どこから出たのかという声で返事をした。
「ありがとう」
とてもシンプルなプロポーズのやり取りなのかもしれない。
だけど、私には特別な言葉たちだ……
薬指にリングを通してもらう間に、涙が手の甲に落ちる。
「綺麗な涙はいいね」
エプロン姿でプロポーズを受けたのはとても私らしいと、真っ白いエプロンに手を当ててリングを眺めながら思った。
結局、池田は示談を申し入れて来たので、西郷先生が決めた金額で合意。
二分割で支払われることになり、一回目はすぐに受け取った。
遥香は手ごわいと、西郷先生が言っていた。
なぜかというと、先生からの連絡の意図が通じないらしい。
非常識さに加えて、何もかも失ったことから心身の不安定さが酷いそうだ。
まだまだ続くのよ、それは……
私はそれ以上に訴えることもないと思ったけれど、池田に請求をして遥香にしないのはよくないという周りの意見を聞いて、最後のケガについての請求だけをすることにした。
いつ支払われるかは不明だけれど、西郷先生が対応してくださるので丸投げだ。
その後、遥香は夜の店で働いているらしいけれど、先生は詳しく口にしなかった。
源田さんは引っ越してしばらくすると、ホームセンターの品出しの仕事を開店前の時間から午後までやっているらしい。
「ただいま」
「おかえり、真奈美。元気そうね」
「うん、お母さんも。お父さんは?」
「ちょっとおつかい。もう帰ってくるわ。この畳、ありがとうね」
「いいえ、綺麗になったね」
私は池田からの入金のあと、両親のアパートの畳を新品に替えた。
「もう気持ちよくって、何も敷かないままでゴロゴロできちゃう」
母の明るい声に、私も寝転がってみると
「新しい匂いがする…」
と……大きく息を吸い込んだ。
「幸せな香りよね」
「うん…そうだね」
「ただいま。真奈美の方が早かったか」
「おかえり、お父さん。どこ行ってたの?」
私は畳にうつ伏せになって玄関を見る。
「ケーキ買ってきた。畳のお礼に、真奈美が一番に選んでいいよ」
「……うん…っ……」
嬉しい……父がケーキを買ってくる家庭……夢に見た幸せな家族じゃないか……
私は畳の匂いを嗅ぐフリをして、畳に鼻をつけると……ずーっ……込み上げる熱いものを飲み込んだ。
【完結】
コメント
15件
毎日、続きが楽しみで楽しみで😄…真奈美ちゃんがこの先も幸せな時間を過ごすのが想像出来ますね☺️まぁさん、いつも素敵な作品をありがとうございます🩷篤沼です~💕😂いつか、2人の幸せな時間が覗けたらいいな🤭🎶
完結…辛いこともたくさんあったけれど、真奈美ちゃん家族の幸せなシーンがラストに🥹心があたたかくなる、素敵なシーンでした🥲 復讐のお話なのにいつでも凛とした真奈美ちゃんの姿勢に共感して、味方なのか敵なのかドキドキした篤久さんもすっかり真奈美ちゃんの虜に…❤️ これからは妻として娘として、幸せを紡いでいってくださいね🥰 まぁさん、いつもながら素敵な物語をありがとうございました❤️
色んな事有ったけど立ち向かって行った真奈美さん。やっとご両親と笑顔でケーキを食べる日を迎えられて良かった。これからは篤久さんとお幸せにね。💓💓💓