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フリューゲル・スナイダーの名の下に
アラインは初めて〝狩り〟を放つ。
部下達は既に〝狩人〟の精鋭として
育ちきっていた。
ただの暴徒ではない。
命令には忠実で
己の命すら惜しまぬほどに
彼に従順な〝兵器〟たち。
アリアを狩るためには
それでもまだ足りないと
心では理解していた。
だが
〝完全〟など待っていられなかった。
時間は無限にあるようでいて
永遠ではない。
何より彼の魂を焦がすものは
復讐の業火であり
それは日増しに胸を灼いていった。
アラインは彼らに命じた。
「⋯⋯行きなよ。
今度こそ〝翼〟を狩ろうか。
あの女の血も、涙も
全部ボクのものになる。
さぁ、思い出すんだ⋯⋯キミ達は狩人
この世界に唯一、神の遺骸を狩る者達だ」
その声に疑念はなく、嘘はなかった。
彼らの記憶に
深く植え付けられた真実として
アラインの言葉は
そのまま信仰へと変わっていく。
誰もが、自らを獣だと信じていた。
誰もが、彼に牙を授けられたと信じていた。
ならば、次は――
翼を狩る番だ。
あの丘の上に咲く
紅蓮の桜を護る不死の女。
アラインの前世を焼き尽くした
その女の命を
今こそ、この手で終わらせるために。
彼は
数十人規模のハンター部隊を
一気に街へと放った。
無論、正面から差し向けたわけではない。
「アリアという存在は
〝規格外〟なんだよ。
だからこそ、正攻法では決して届かない」
アラインは、冷静だった。
慎重で、周到で、何より――
神経質なまでに、破綻を嫌う。
まず、ハンター達に
〝狩人てある〟という自覚を薄れさせた。
身分も過去も
記憶の中に埋め込み
代わりに街の住人としての
仮初の人生を与える。
教師、商人、鍛冶職人、旅の薬師――
それぞれが
それぞれの〝役割〟に馴染んでいく。
この街には
古くからー桜の丘には近付いてはならぬー
という因習が残っている。
ならば
丘への侵入を果たすためには
まず〝街そのもの〟に溶け込むしかない。
人の記憶は、複雑で、厄介だ。
アラインの能力でも
街全体を一度に書き換える事はできない。
ならば
時間をかけて外から侵食する。
それが彼の戦略だった。
だが――
数日が過ぎ
数週間が過ぎ
やがて一月が経とうとしても
誰一人として
アラインの元へは戻らなかった。
「⋯⋯アリアに、葬られたか」
初めこそ、そう結論づけた。
他に理由はない、と。
それほどに、彼女は異質だった。
前世を知るアラインの目にすら
理解不能な存在だった。
だが――
彼はまだ知らない。
あの時
丘の周囲に広がる森の中に
焔も刃も持たぬ
一人の〝少年〟がいたことを。
幼く、痩せたその少年は
己の拳と重力だけを武器に
アラインの放ったハンター達を――
一人、また一人と狩っていった。
名も無き獣のように。
気配を殺し
足音を消し
森に潜みながら
〝翼を狩る者たち〟を
静かに、一匹ずつ間引いていった。
アラインには
その存在の影は届いていなかった。
自分以外にも
能力を持つ者の存在を知らなかった。
ただ
彼の元に〝帰らぬ者達がいる〟
という事実だけが
冷たく突き刺さっていた。
だが、そこに怒りも哀しみもない。
あるのは、ただ理解だけだった。
あの女は、規格外。
神に近い理の外にある存在。
この程度の狩りで仕留められると
本気で信じていたわけではない。
だが、少しの期待はあった。
その期待が
見事に粉砕されたというだけだ。
ならば、次は――
もっと厳しく、より強く鍛えねばならない。
フリューゲル・スナイダーは
再び締め付けられた。
冷たく、静かに
そして
確実に恐怖で統治される組織へと。
アラインの恐怖政治は
今や揺るぎないものとなっていた。
誰もが彼を〝王〟と崇めながら
同時に
何よりも〝彼の怒り〟を恐れていた。
事実として、誰も逆らわなかった。
なぜなら――
逆らった者がどうなったかを
見た〝記憶〟が
彼ら全員に刻まれていたからだ。
だが実際には――
アラインは一人も殺してなどいない。
失敗ひとつで部下を失っている余裕など
今の彼には無いのだ。
アリアという怪物に挑むためには
一人たりとも無駄にはできない。
だからこそ、記憶を植えつける。
ー逆らえば無惨に殺されるーという恐怖を
現実のように刻み込む。
それで十分だった。
⸻
そして今――
アラインは、再び丘を見つめていた。
その眼差しには
昔ほどの激情はなかった。
それがより恐ろしいことだった。
激情ではなく、熟した冷酷さ。
冷めた果実のように
ただ、静かに燃えていた。
伏せていたアースブルーの瞳が
まるで記憶の底から戻ってくるように
ゆっくりと開かれる。
その視線が捉えるのは――
喫茶 桜
アリアと
厄介な〝あの男〟が築いた新たな城。
『櫻塚 時也』という存在のせいで
アリア狩りは更に困難を極め
アラインは既に齢52を迎えていた。
「⋯⋯さて、今夜は引き上げるよ」
そう言って
アラインはゆっくりと立ち上がる。
どこか気怠げで
それでいて
完璧に洗練された仕草だった。
部下がひとり
血塗れのまま四つん這いで震えている。
顔には深い恐怖の色が浮かび
震えが止まらない。
「⋯⋯あ
その椅子は、処分しておいてね?」
指先でふわりと指示を出す。
それは
笑いながら命を終わらせる者の声だった。
部下達は無言で頷き
処刑の準備に取り掛かる。
一人が口を塞ぎ
もう一人が首を抑え
そして静かに
大太刀の刃が影を走らせる。
何を言おうと無駄だ。
懇願も悲鳴も
〝王〟の前では誰の心も動かさない。
「⋯⋯っやめっ、お願い⋯⋯!
俺は⋯⋯違っ⋯⋯っ!」
「はいはい、静かに。
ボクは今⋯⋯余韻に浸りたいんだ」
背中越しに響く悲鳴と、血の匂い。
それは、アラインの
〝冷酷〟という名の演出。
如何に記憶改竄で恐怖に縛り付けようと
欲とは時にそれに勝る。
普段は殺しなどしないが⋯⋯
時には〝本物〟の見せしめも必要だ。
現実に処刑が行われたという事実を
目撃者として
部下たちに植え付けるためだけに。
アラインは
部下の視線を感じながら
壮年の本来の姿を
若々しい前世の姿の仮面で覆い隠し
まるで舞台の主演のように
夜闇の中を歩いていく。
静かに、優雅に、冷たく。
美しい冷笑を浮かべながら
闇に溶けていったその背に
誰も声をかけようとは思わなかった。
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