ここはサーカス。道化師の俺が働く場所だ。
仕事内容と給料はあってない気もするがまあ別にいい。
今日も4色のボールの上に立ち、戯けてみせる。観客はゲラゲラと笑い俺を笑う。口に塗られた笑顔に見える大きな口紅。本物の口の口角は下がっている。
ショーが終わると溜息をつきながらいつもの黒と白のスーツに着替える。タバコの臭いがこびりついているが構わない。
ブツブツと愚痴を吐き出しながらタバコに火をつける火がついたと思ったら憎たらしい声が聞こえる。
『こらこら。おいたが過ぎますよ。』
「…ジェスター」
宮殿の道化師。
俺のようなピエロより身分の高いヤロウだ。ジェスターは俺から奪ったタバコを口に咥え、煙を吐き出す。
『お疲れの様で』
見下すように横目で俺を見るジェスター。
眉を顰め、誰のせいだと怒鳴りたい気持ちを飲み込む。
舌を打ち、近くの石を蹴飛ばしながら暗い路地裏へと消えていく。
過去にジェスターに言われた言葉が何度も頭の中でループする。
『貴方は所詮、風口の蝋燭ですよ』
何度も忌々しく大好きな声で。路地の壁に寄りかかり、タバコの臭いに混じりながら暗涙を流し、いつかジェスターが俺に手を伸ばし蜘蛛の糸を垂らすことを今日も願う。
『おや?泣いているんですか?』
後ろからコツコツと足音が聞こえ、振り返るとジェスターが立っていた。
タバコの臭いは何故かしない。
俺の泣き声が聞こえたのか、いや、声は殺していたはずだ。
『なんで聞こえたのか、なんでここに居るとわかったのか。
聞きたいことはそれですか?』
ニコリと優しげな笑みを浮かべながら俺に近づく。
俺は一歩後ろに下がった。ただ、気味が悪かった。
俺の心の中を見透かしているようで、怖かった。
「…なんで、分かった。」
涙を拭きながら、震える声で。
ジェスターは俺に近寄り、ソッと俺の腰を抱き寄せる。
『さぁ。貴方がここにいる気がしたんです。』
ジェスターは俺のことを見つめながら、眉を上げる。
「…クソッタレ」
俺は思ってもいない言葉を吐き出し、ジェスターの胸を押して突き放す。
ジェスターはにこりと笑い続けながら、少し離れる。
『明日はお休みですか?』
自分のズボンのポケットに手を突っ込みながら、俺を期待しているような目で見つめる。
「…休み……だけど。悪いかよ」
『いいえ?休みなら、出かけませんか?いい店があるんです。』
「………そうかよ」
目を逸らしながら、会う約束をする。
正直期待なんてしていない。
翌日、俺はジェスターが待っているという広場に行く。
ジェスターはきちんとした身なりをして、俺に近寄る。
『おや、ラフな格好ですね。いつもそんな感じなんですか?』
皮肉を言っているのか、俺を上から下に見詰め、にこりと笑う。
「別に。」
ジェスターは笑ったまま俺をその店へと案内する。
その店は酒場だった。少しオシャレな雰囲気の。
奥の席へ案内されると、ジェスターは俺にメニュー表を渡す。
『お好きなのどうぞ。』
俺は一番高いのを頼んでやろうと値段を見ながら決める。
しばらくして、飲んだことの無い、味の分からない、ただ値段が高いからというだけで頼んだ酒が運ばれてきた。
俺は眉をひそめながらそれを口に運ぶ。
喉が焼けそうなほど強いアルコール。しかしここで弱みを見せてしまっては弱くなりそうで。
俺は強がり一気にその酒を喉仏を上下に揺らし飲み干す。
ジェスターはその様子を目を丸めて見つめた後、はははっと笑い出す。
『そんなに一気に飲むほど美味しかったんですか?』
俺は一気に飲みすぎたせいかすぐに酔いが回り、呂律が回らなくなる。
思考回路もぐちゃぐちゃになり初め、机につっぷし、酒を次から次へと頼み始める。
その時の記憶はとうに消えていた。
目が覚めるとジェスターの横で眠っていた。
ジェスターは俺が目を覚ますと、小さく唸った後に目を覚ます。
『ん……おはようございます。昨日はすごく飲んでましたね』
俺の方を見ながら薄く笑うジェスター。
「は……ぁ…?」
俺は体を起こすと一気に吐き気に襲われる。
「ぅぷッ…!」
口を抑え、眉を顰める。
ジェスターは急いでゴミ箱を俺に持たせ、背中を優しくさする。
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