「いいか、俺たちの結婚式は絶対だ。それが出来ないというのなら、最初に話した通り迷惑料を請求させてもらう。さあ、どちらを選ぶ?」
「……ここから第三の選択肢が出てきたり、なんてことはやっぱりないですよね?」
無駄な抵抗だという事は分かっていても言わずにはいられない。そもそもどちらを選ぶかなんて絶対に口だけで、実際には私に選択肢なんてないのと同じようなものだから。
結婚式が絶対なのなら、もう一つ気になる点が出てくる。まさかとは思うが、それでも念のために確認しないわけにはいかない。
「第三の選択肢ねえ? どうしても欲しければ考えてやるが、|鈴凪《すずな》が喜ぶ内容である保証はないな」
「ですよね、そうだろうなとは思ってたのでもういいです。それより、その結婚式と同時に入籍をするつもりだなんてことはないですよね?」
そう、結婚式も私にとっては大事だけどそれ以上に入籍するかしないかが気になって。もちろん契約と言われても好きでもない|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》と籍を入れるつもりなんてない。いくら迷惑かけたとはいえそれとこれとは別問題だからと、彼を睨んでいると呆れたような溜息をつかれて……
「どうして俺が鈴凪と結婚をしなきゃならないんだ、そんなの冗談じゃない」
「……私に結婚式を強制しようとしている人の言葉とはとても思えませんね?」
冗談じゃない、はこっちの台詞なんですけど? 私だって神楽 朝陽と結婚したいなんてこれぽっちも思ってないですし。
自分中心な俺様発言の連続に、さすがに頭がズキズキしてくる気がした。
「俺は|鈴凪《すずな》に強制した覚えはない、選ぶのはアンタだといったはずだ」
「じゃあ、どういうつもりなのかきちんと説明してもらっていいですか? 選ぼうにも契約内容がはっきりしてない状態では、私には判断出来ないので!」
強制してないなんてよく言えるなと思いながら、それでも冷静に話を進める私を誰か褒めて欲しい。|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》にいくら借りがあったとしても、こうも自分本位で話をされると腹も立ってくる。そのうち我慢の限界がきて爆発してしまわないかと自分自身が不安になってしまうくらいには。
「……一つ聞くが、鈴凪は結婚式の花嫁の姿を見てどんなことを思う? ただの花嫁じゃない、新郎に愛されてとびきり幸せそうな花嫁だ」
「とびきり幸せそうな花嫁を見て、ですか?」
思いもよらない質問に今度は私の方が返答に困ってしまった。結婚式と言えば幸せの象徴のようなものなんじゃないのだろうか? 私は独身でその経験はないけれど、結婚に対しての憧れや夢は人並みにはあるつもりだから。だから、自分が思う花嫁への感想を素直に告げた。
「そうですね。嬉しいなとか、絶対に幸せになって欲しいでしょうか。後は……そうですね、ちょっと羨ましいかな?」
「へえ、鈴凪みたいなタイプでもそう思うんだな。じゃあきっと効果は抜群だろう」
効果? 彼が言っていることが何を指しているのかイマイチよく分からない。だけどそれを私が知る権利はないと思ったから、考え込む様子の神楽 朝陽を問い詰めるような事はしなかった。
こうしていると近いのか遠いのかよく分からない私たちの距離と関係、それがこの先自分の予想しない形に変わっていくなんてこの時は思いもしなかったのだけど。
「さっきから|朝陽《あさひ》さんはいったい何を言って……?」
「――いいか、|鈴凪《すずな》。来月行われる俺たちの結婚式で、アンタは世界一の愛され花嫁のフリをしろ。それが今回、俺たちの間で交わされる契約の内容だ」
世界一の愛され花嫁のフリ? それってどういう事なのか、首を傾げ|神楽《かぐら》 朝陽の言葉を反芻するともっと大きな問題に気付かされる。結婚式を挙げるとは確かに今さっき聞いた、それでも。
「いま、来月の挙式って言いました? その、私の聞き間違いですよね」
「耳の聞こえが悪いのなら俺が通う耳鼻科を紹介してやろうか? 挙式は来月で、もう会場も決まっている。準備で忙しくはなるだろうが、それでも鈴凪は完璧な花嫁を演じて見せてくれるんだよな?」
私を挑発するようなその言い方に、無駄に負けん気の強さが発揮されて思わず「やってやろうじゃないの!」と答えてしまった。将来は人の上に立つことを約束されている人間だけあって、周りの人を思いのままに動かす事がとても上手らしい。
「完璧な花嫁を演じたら、迷惑料はチャラになるんですよね?」
「ああ、鈴凪が完璧な愛され花嫁として振舞ってくれればな。万が一失敗した時のペナルティーも、あった方が方がやる気も増すだろうし」
それはやる気を出させるためのものではなく、何が何でも失敗するなという神楽 朝陽の脅迫のようにしか思えないけれど。
それでも恋人として紹介され、結婚式までの期限も二ヶ月しかないのなら断ることは出来ない。私を試すような意地悪な笑みを浮かべる彼を、しばらくは負けじと睨み返しているだけだった。
「世界一の愛され花嫁って簡単に言いますけど、本当に愛されてもないのに愛されてるふりって相当難易度高いんですよ? それ、|朝陽《あさひ》さんはちゃんと分かってます?」
少しの間は二人して相手を睨み合っていたが、それに飽きたように大きなベッドに腰かけネクタイを緩め始めた|神楽《かぐら》 |朝陽《あさひ》に向かって私はそう言った。
正直なところ彼と結婚するほど想い合っている親密さを出すだけでも難しいと思っているのに、こんな人から世界一愛されているように見えるにはどうすればいいのか全く想像もつかない。
そのためには、まず神楽 朝陽の事を知らなくては始まらないだろうと私は思ったのだが。
「そこは|鈴凪《すずな》の演技力の見せ所だろう? 学生時代は演劇部副部長、それも何度か主役を張ったこともあるそうじゃないか」
「……そこまで、調べたんですか? もう何年も前の事なのに」
流石に神楽グループの御曹司が何の調査もせずに、私にこんな役をやらせるようとするなんておかしいとは思ってた。だけどこんな短期間に自分の事を過去も含めて調査されたのだと思うと良い気分はしない。
……そりゃあ確かに、最初の出会いがあんなものだったから仕方ないとは思うのだけど。
「ああ、簡単な素行調査程度はさせてもらった。たまにあの時の鈴凪のようなアクションを起こして、俺に近付こうとするライバル企業の刺客が紛れてたりもするんでね」
「そんな事もあるんですか……大企業の御曹司ってのは思ったよりも大変なんですねえ、我儘放題好き放題ってばかりじゃないんだ」
ほうーっ、と感心したようにそう呟けば、神楽 朝陽は眉をピンと上げてこちらを睨んでくる。後半は小声で言ったつもりだったけれど、しっかり聞こえていたらしい。
「お前、俺をいったいなんだと……」
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