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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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俺たちは夏の間だけ、この山村に帰る。

懐かしい家族や親戚に会うために。


ここにいれるのは夏の間だけ……

それはなんとも寂しい話だが、こればかりは仕方ない。


村の人達は、いろいろな物を用意し、俺たちの里帰りを待っていてくれた。

なんともありがたい話だ。

ふるさとは温かい。

そして、優しい。


この村が、これからもずっとずっと優しい村であり続けますように……

夏がくるたび、そう願っている。


山村の道は暗くて怖い。

街灯なんてものは山の中にはない。


暗闇では、さまざまな想像をかき立てられる。

何も見えないところに何かあるかも知れない。

そんな怖さがある。


一足先に里帰りしていた仲間から、こんな話を聞いた。


「あの山道で、夜、カチ……カチ……って音が聞こえてきたら絶対に見に行ってはいけないぞ」


「そんな話、聞いたことないぞ」


「今年からの話だ。俺もさっき聞いた話だ。お前もこの話を、これから里帰りしてくる仲間たちに広めてくれ」


「なんでそんな話を広めなきゃいけないんだ?」


「いいじゃないか。細かいことは聞かないでくれ」


こんな話を聞かされたらますます気になるじゃないか。

するな! と言われればしたくなるのがサガってもんだ。

これは、見に行けと言っているようなものだ。


俺たちが里帰りできるのは、この短い夏の間だけ。

夏の終わりには、ふるさとから帰らねばならない。


よし! この夏の思い出にカチカチの正体を確かめてやる!


* * *


夜道を歩くのは得意な俺は、こっそりその噂のある山道へと向かった。

街灯のない山道を夜に通行する者はさすがにいなかった。

この道は舗装もされておらず道幅も狭いので車で通ることはできない。

途中で石段などもあるので自転車で通るのも難しい。

この道は歩いて通るしかないのだ。



しばらく待ってみたが、カチカチなんて音は聞こえてこない。



やっぱり噂は噂でしかない。

この村にも怪談が欲しいと考えた酔狂な村人による作り話なのだろう。


その時、背後から俺の肩に手を置いた者がいた。



ギャアアアアアアア!!!!!



俺は叫んだ。

振り向くと、青白い顔の男がそこに……



「俺だよ俺、静かにしろ」


そこに立っていたのはこの話を教えてくれた仲間だった。


「なんだよもう、びっくりさせるなよ!」


「なんでおまえ、ここにいるんだ?」


「え? いや……ちょっと……」


行くなと言われていたこともあり、しどろもどろになってしまった。

仲間は言った。


「おおかた、俺が行くなって言ったから逆に行きたくなった。そんなところだろ?」


「あははは……まぁそういうことだ」


笑って誤魔化した。

けれど、仲間は厳しい口調で言ってきた。


「だろうと思って見に来たら案の定、おまえがいるとはな……いいか、今日はカチカチの音がなかったからいいものの、とにかくこの山道に夜に行くのだけは絶対にやめてくれ。お願いだ」


「理由を教えてくれよ」


「……カチカチと音を鳴らしながらこの山道を歩いてくる者がいる。それでな、俺たちはその者に絶対に会ってはいけないんだ。分かってくれ」


「妖怪か?」


「いや、人間だ」


「なら、凶暴なやつで襲われるとかか?」


「……いや、その逆だ。襲われることはないだろう」


「なら会ってもいいじゃないか。悪いやつじゃないなら挨拶でも交わして通り過ぎればいいだろ?」


「……そういうわけにはいかんのだ。なぁ、分かってくれよ」


納得できなかった。

夜道を歩いてくるのは、妖怪ではなく人間。

そして、そいつが襲ってくることはないだろうと。

だったらカチカチの正体を見たっていいじゃないか。


どうしてカチカチに会ってはいけないのだろう。


夏も終わりに近づいてきた。

せめて、この謎だけは解き明かしてから帰りたい。


* * *


翌晩も山道に潜入することにした。

仲間に出会ってしまうとまた連れ戻されてしまう。

仲間にも、そして歩いてくるカチカチにも見つからないような場所を探し出し、そこに潜んだ。



夏の夜は静かだった。

時折、風が吹いて草木が揺れる音がした。

山道は、やはり真っ暗だった。

しかし、今日は満月。

うっすらと月明かりが山道を照らしていた。



カチ……カチ……



聞こえた!!



カチ……カチ……



確かに聞こえる。

なにやら木の棒を叩いているような音だ。

お芝居が始まる時に鳴らすような木の音に似ている。


俺は振り返った。

誰もいない。


ここに隠れていることは誰にも気がつかれていないはず。


物音を立てずに潜むのは得意だ。

きっと歩いてくるやつにだって気づかれないだろう。


会わなきゃいいんだよな。

ということは、見るだけならいいだろう。


そんな勝手な理屈で俺は今やっていることを正当化していた。



カチ……カチ……



音がはっきり聞こえるようになってきた。

こちらに近づいてきているのだろう。


俺は物音を立てずに道の脇に隠れ続けた。



カチ……カチ……



音を鳴らしながら近づいてくる人影が見えた。


妖怪ではない。

確かに人間だ。



カチ……カチ……



俺はその人物の姿をはっきりと見た。



カチ……カチ……



木の棒を叩きながら歩いているのは、小さな女の子だった。

村に住んでいる女の子だ。

昨日も村で遊んでいた子だ。



カチ……カチ……



女の子は俺の存在にはまったく気づかず、そのまま通り過ぎていった。



カチ……カチ……



木の棒を叩く音はだんだんと小さくなり、そして音も姿も消えていった。


翌日、俺はその子が住んでいる家の近くまでこっそり見に行ってみた。

普通にお友達と遊んでいた。

ちゃんと生きている。

俺は幻を見たわけではなく、その子が山道を歩いているのを見ただけだったのだ。



俺は仲間に言った。


「すまん。カチカチの正体、確かめてしまった」


「え? まさか会ってないだろうな?」


「会ってはいない。陰からこっそり見ていただけだ。大丈夫。あの子は俺には気づいていなかった」


「ふぅ……」


「でさ、どうして会ったらいけないんだ?」


「……おまえはとことん空気を読めないやつだな。村の連中ならあの子に会ってもいいだろう。けれどな、俺たちは会ってはいけないんだ」


「……あ、そういうことか」


「やっと気がついたのか! そういうことだ。とにかく、おまえはこの話を仲間に広めろ。いいな!」



女の子は、病弱な家族の代わりに山の向こうの街にお使いに行っていた。

帰りには日没後に山道を歩かないといけない。

まっくらな道が怖くて、それで、音を鳴らしながら歩いていたのだった。


だから、俺たち里帰りしている連中に、こういう話が回ってきた。

── 夜の山道で、カチカチという音が聞こえたら近づくな ──


「そうだよな。俺たちに会ってしまったら、女の子、怖がって泣いちゃうだろうな」


「今頃気づいたのかよ! おまえ、もういっぺん死んでこい!」


「いやぁ、すまんすまん。ついうっかり……」


俺たちがふるさとにいられるのは、夏の間だけ。

夏の終わりとともに、あの世に帰らないといけない。



だって、俺たちは幽霊だから。



『カチカチと音が聞こえたら近づくな』



俺たち幽霊は、そんなところで姿を現してはいけない。

夜道を歩き家族のために頑張っている女の子を怖がらせてはいけないからだ。

俺はこの話を仲間の幽霊たちに広めた。


* * *


何度目の夏だろう。

女の子は成長し、やがて母になった。

そして自分の子供にこう言って聞かせていた。


「お化けが出てきそうな道を歩く時はね、木の棒をカチカチと鳴らしなさい。そうするとね、お化けのほうがちゃんと隠れてくれるからね」



俺たち幽霊はこの教えを守った。

何年も何年も俺たと幽霊はこの教えを守り続けた。



今年も夏が終わる。

ふるさとのみんなの笑顔を見届け、そして、あの世へと帰る。



この村が、これからもずっとずっと優しい村であり続けますように……



< 了 >

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