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21
Ⅵ
今日も、休みだ。
どうしようかな。
今日は、家でゆっくりしようかな。
とは言っても、することはなかった。
スマホで、調べてみる。
けど、
いまいちパッとしたところがない。
うーん、
どうしよう。
と、
考えていると、
ピーンポーン!
なんの音だ?
インターホンらしき音が聞こえた。
『誰かな?』
琥珀さんが立ち上がり、僕の手をとる。
僕も立ち、琥珀さんについていく。
インターホンを見たが、何も映っていない。
そのまま、玄関に行く。
ドアの曇りガラスに、人影が写っていた。
僕は、琥珀さんを見る。
琥珀さんは頷いた。
僕は、鍵を開け、ドアを押す。
と、
1人の男性が立っていた。
知らない人だ。
なんだろう。
『銅さんのお宅でお間違えないでしょうか?』
男性が、そう言った。
『はい、そのとぉ…』
ドスン!
後ろで、そんな音が聞こえた。
僕は振り返ると、
すぐ下で、琥珀さんがひどく怯えていた。
僕の足を掴む手が震えていた。
僕はもう一度、男性の方を見る。
!
顔が近い!
男性は怪しい笑みを浮かべていた。
『あ……ぁ………っ』
くるしい、
いたい、
視界がどんどん上がっていく。
いや、
天井が見えてくる。
『なに…を……』
強い衝撃が、僕を襲った。
-『殺しはしない、少し眠ってもらっただけだよ。さぁ、行こう。ほら!』
男に腕を掴まれた。
『やめて、離して…』
怖い、
なんで、ここに…
甘ちゃん、助けて…
車に無理やり乗せられ、
あるところに連れられた。
暗くて、汚い部屋。
私は、そんなところにいた。
『久しぶりだねぇ?元気してたぁ?』
怖くて、身体が震えている。
何をされるかわからない。
『あれ?無視か?悲しいなぁ。』
どうしてここに、あの男がいるの、
『どう…して、こ…こに……』
震えていて、うまく声が出せなかった。
『はぁ、まぁいいか。琥珀って呼ばれてるんだっけ?会いに来たんだよ、逃げちゃったから。ずっと大変だったんだよなぁ、今までよぉ!』
男が近づいてくる。
怖い…
『琥珀が、逃げたせいで、ずーっと大変だったわぁ。』
『どう…して、パパと……ママを、殺したの…』
昨日のことのように覚えている。
だって、夢で毎日のように見たから。
『どうしてって、アイツらがルールを破って逃げたからだよ。』
男がこちらを見て、怪しく笑った。
『あと、間違えてるよ。アイツ、嘘を教えたのか…ったく!まぁいいや。殺したあの男はパパじゃないよ。俺が、パパだよ!』
え…
パパはパパじゃないの?
『アイツはぁ!ママのぉ!お兄さんだよぉ!』
男は大袈裟に笑う。
いやだ…
こんな人が、パパだなんて…
涙が溢れる。
『イヒヒヒ!残念だったな!俺がパパだぁ!ザマァねぇな!』
いやだよ…
怖いよ…
『いい表情だなぁ。もっといじめてやりてぇなぁ!ハハハァ!』
助けて…
男がもっと近づく。
そして、
頬を、叩いてきた。
『っ!』
『ほらほらぁ!痛いかぁ?怖いかぁ?』
次々と叩かれる。
痛い…
痛いよ。
『あの時いた男が、助けに来ると思うか?』
男が、近くに落ちていた皿を持つ。
っ!
『アイツが来るわけねぇだろぉ!』
バリーン‼︎
『うぅっ!』
視界が斜めになっていく。
痛いよ…
視界が、ゆっくり赤くなっていく。
そんな私の身体を蹴り飛ばす。
『ほらぁ!立てやぁ!』
また蹴られる。
そして、
髪を掴まれ、持ち上げられる。
『お前が楽しんだ分、苦しんでもらおうか。』
殺される…
『こんなに大きくなりやがって、なあ!』
胸を、強く掴まれる。
『あぁっ…』
『金が無くて困ってんだよな。お前の身体で払って貰おうか!』
私の身体を雑に扱う。
誰か、助けて!-
22
目が、覚める。
冷たい床に、寝そべっていた。
『うぐっ!』
胸の辺りが、痛い。
喉や口に何かが溜まっている。
苦しくて、吐き出す。
吐き出されたものは、赤かった。
はあっ、はあっ、はあっ…
胸からも、赤が広がっていた。
僕は、ゆっくりと立ち上がる。
だけど、何かが足りない気がする。
!
僕は、首を振って探す。
いない。
まずい!
僕は急いでスマホを取り出す。
鬼塚さんに電話を!
『銅か、どうした、』
鬼塚さんが電話に出た。
『琥珀…さんがっ、男に…攫われ…てぇっ……』
『おい!大丈夫か!』
ふらふらする。
『早く、助け…ない……と………』
『場所はわかるのか?』
『いえ…』
また口から、血が出てくる。
『琥珀はスマホを持っているか?』
確か、持っていたはず。
『持ってる…はず…です…』
『スマホから琥珀のスマホの位置がわかる。やり方は…』
鬼塚さんの言う通り、スマホを操作した。
『場所をこちらに送ってくれ!あとはこちらで対応する!』
位置情報を送る。
『でも、早くっ、行かな…ぃとぉ…』
走る。
ふらふらしながらも、琥珀さんがいると思われる場所まで走る。
視界が歪む。
それでも、
行かないと!
琥珀さんを、助けないと!
あ、あれは…
タクシーだ。
あれなら、
『乗せて…ください……』
『な、何があったのかは知らないけど、そんな状態では……あなたは人狼か、面倒ごとに巻き込むな!あっちへ行け!』
『頼む!急ぎなんだ…!』
叫ぶように言ったが、乗せてはくれなかった。
こういう時に限って、うまくいかない。
でも、立ち止まっている場合ではない。
早く、行かないと。
走る。
転けても、立ち上がって。
壁に手をつけながら歩いてでも、
琥珀さんがいると思われる場所まで行く。
遠い、
視界が、ほぼダメになっていく。
でも!
『助けるんだぁ!』
死に物狂いで歩く。
歩き続ける。
そして、
『ここ…か…』
そこには大きくて、古い家があった。
そして、
剣士の数名が、戦っていた。
『銅さん!大丈夫か!』
1人が気づいて、近づく。
『こっちのことは、私たちに任せて休んでください!』
無理だ、
『頼む、行かせて…くれ…』
僕は、突き進む。
『ダメです!それでは…』
『僕がぁ、助けない…とぉ…』
僕は歩く。
剣士の1人は、もう止めなかった。
建物の中に入る。
剣士の2人が、すでに中にいた。
そこでも、戦っていた。
前には進めない。
でも、琥珀さんもあの男もいない。
どこだ、
どこにいるんだ。
近くに、部屋がある。
こっちから進めそうだ。
歩く。
ただ、ひたすらに。
階段を登って、二階へ。
探す。
そして、
いた。
『へぇ、来たのか。そんな状態でぇ。死にに来たのかぁ?』
男が笑っていた。
『琥珀…さん…に…何を……した……』
琥珀さんが、頭から血を流していた。
そして、服が脱がされていた。
『バカだなぁお前、そんな状態で何ができんだよ。』
男が近づいてくる。
っ!
お腹を蹴られる。
僕は、倒れた。
『醜い姿を見せやがってよぉ!琥珀になんかしてねぇよな!汚ねぇ手で触られると!品質が下がるんだよ!』
何度も蹴られる。
『やめてぇっ!』
琥珀さんの声がする。
『お前、今琥珀さんのことに、品質とか言ったのか!』
汚ねぇのはどっちだよ。
気合いで立ち上がり、男の顔面に向けて拳を振るう。
でも、届かない。
『ザコが調子に乗るなぁ!』
逆に、殴られる。
『ああっ!』
今の状態では、どうすることもできなかった。
でも、琥珀さんが生きていることだけは確認できた。
『なぁ、俺と琥珀との関係が何か知ってるか?俺は、琥珀の父親だ!しゃしゃりでてくるな!関係ねぇだろ、ロウムがよぉ!』
!
コイツ!
僕の、昔の名前を!
なんで知ってる!
夢で聞いた名前。
そして、
コイツが琥珀さんの父親だと、
ありえない。
ふざけんなよ!
あの男が、琥珀さんの身体を踏みつけた。
『っ…………』
はぁ、
コイツが、先にやったんだ。
もう、手加減はいらない。
これなら、いけるはず。
僕は、銃を向けた。
『お前がしそうなことなんてわかってんだよ。身体も手足も防弾になってるから無駄だぁ!』
男が殴りかかってくる。
『お前が先に…!』
関係ない。
男に向けて撃つ。
『っ‼︎』
バン!
男の、頭に向けて撃った。
終わりだ。
『ば、かな…』
そこだけは、何にも守られていない。
琥珀さんに傷をつけたことを後悔しろ。
ばたり。
男が倒れた。
『甘ちゃん!』
琥珀さんが近づいてきていた気がする。
でも、もう見えない。
23
目を開ける。
知らない天井。
知っている痛み。
知っている泣き声。
右手が暖かくて濡れている。
あぁ、
やってしまった。
人を、殺してしまった。
もう、取り返しがつかない。
僕は、左腕で目を隠した。
これからは、残酷な人生を歩まなければならない。
『甘ちゃん、助けてくれてありがとう…』
琥珀さんが言った。
『だけど、どうしてあんなことをしたの…』
あんなこと、
そうするしか、できなかった。
琥珀さんをあんな状態にしたあの男が、許せなかった。
その瞬間から、殺すつもりだった。
『どうして、あんな状態で来たの…』
『琥珀さんを助けたかったから、行ったんだよ。そして、琥珀さんを傷つけたことが許せなかったから…』
悪いことだけど、選択を間違えたとは思ってない。
『琥珀さんが助かれば、それでよかったんだ。仕方ないこと…』
『どうしてわかってくれないの?』
『え?』
琥珀さんの声が冷たく聞こえた。
『なんでいつも!甘ちゃんだけが傷つこうとするの!いつも琥珀のことを考えてくれるのに!どうしてこういう時だけ琥珀の気持ちをわかってくれないの!琥珀は…甘ちゃんが傷つくことが一番辛いのに!全てを1人で抱え込むのはよくないって言ったのに!どうしてわかってくれないの!こんなの、いやだよ…』
琥珀さんが泣いていたのは、僕のせいだった。
僕が、琥珀さんを傷つけたんだ。
選択は、間違えだったんだ。
僕は、琥珀さんのためだと言っていたけど、それは違った。
それは、僕のためだった。
琥珀さんに傷をつけないように、守りたいという僕の気持ちのためだった。
そして、それは僕が代わりに傷付けばいいと思っていたけど、違ったんだ。
僕は、琥珀さんの頭を撫でようとした。
でも、嫌がられた。
『ごめんなさい、僕が間違えてた。僕のために、琥珀さんに僕の気持ちを押し付けてただけだった。琥珀さんに傷ついてほしくなくて。でも、間違えてた。そのことに気づけなかった。』
琥珀さんは泣いたまま、何も言わなかった。
沈黙が続いた。
頭の中で、先ほど琥珀さんが言った言葉が繰り返されていた。
琥珀さんは、そう思ってだんだな…
後悔だけが、僕の中にある。
でも、
『僕は、辛い思いをしてきた琥珀さんに、また辛い思いをさせたくなかったんだ…』
小さな声で、つぶやくように言った。
僕が間違っていたと言ったけど、今もまだ本気で間違えたとは思えなかった。
これからもきっと、同じ状況になったら、また同じ選択をするだろう。
『甘ちゃんの、そういうところ…』
琥珀さんが言う。
その続きは、
聞きたくない。
だけど、
止められない。
『大嫌い‼︎』
‼︎
琥珀さんが、行ってしまう。
『まっ!まって……』
僕は琥珀さんに向けて、手を伸ばす。
だけど止まらない。
止められない。
行かないでくれ!
1人にしないでくれ!
孤独は、寂しいよ…
-『また、傷つけたね。』-
声がする。
-『大切な人だったのに、』-
知らない声。
-『君のことを信じてくれてたのに、』-
でも知っている。
-『あの子は苦しんでいるのに、』-
この声は…
-『自分勝手なことをするから、』-
コイツは、
-『なんで君が、ここにいるんだ?』-
“俺“だ。
ドクン!
『っ‼︎』
突然、
苦しくなる。
『最低だな、お前。』
『お前が間違ってんだよ。』
『正義ぶってんじゃねぇよ。』
『お前に、生きる価値なんてない。』
『お前、なんで生きてんの?』
『今すぐ、タヒねばいいのに。』
『ぁ、あぁっ…ぐうっ!』
片手で胸を強く掴み、もう片手で頭を押さえる。
そして、うずくまる。
心臓が痛い。
頭も痛い。
苦しい!
嫌な声がする。
嫌な言葉が聞こえる。
『甘ちゃん?』
もう、
『甘ちゃん!』
耐えられない…
-『甘ちゃん!甘ちゃん‼︎』
何度声をかけても、反応しない。
甘ちゃんが苦しみ出したあと、
少しして、倒れてしまった。
甘ちゃんの胸から、また血が出ていた。
私の、せい?
私が、甘ちゃんを傷つけたの?
『あっ…ああ…っ』
甘ちゃんは私のために頑張ってくれたのに、
優しくしてくれた甘ちゃんに、自分勝手なことを言ってしまった。
甘ちゃんに、言ったばかりなのに…
甘ちゃんの頑張りも、否定してしまった。
甘ちゃんがいないと、怖くて何もできないくせに、
甘ちゃんに助けてもらってばかりのくせに、
こんな…
こんな私が…
もっと、
大っ嫌い………-
24
Ⅶ
-日にちを跨いだが、甘ちゃんはまだ目覚めていない。
日が、落ちても。
甘ちゃんは、目覚めない。-
僕は、知らない場所にいた。
地面が、ふわふわしている。
まるで、雲の上にいるみたいだ。
でも、真っ白な何かしか見えない。
歩いてみる。
でも、本当に進んでいるのかがわからない。
ひたすら、前に進もうとする。
でも、変わらない。
チリン、
『え、』
急に、猫が現れる。
白い毛に黄色い目。
この子を、どこかで…
白い猫は、歩き出す。
なんとなく、後を追いかける。
僕は、
死んだのかな…
ここは、あの世?
何もわからない。
身体が軽い。
浮いてしまいそうなほど軽く感じる。
そうか…
僕は、琥珀さんのことを考える。
大丈夫だろうか、
琥珀さんのことを考えるだけで辛い。
と、
猫が立ち止まり、こちらを見た。
周りを見てみるが、景色は何も変わっていない。
チリン
『あ…』
僕は、目を見開いた。
目を、疑った。
鈴のような音が聞こえた瞬間、
目の前に、女の子が現れた。
いや、違う。
猫が、女の子に…
『こんにちは。』
『え?』
女の子が、挨拶をしてきた。
僕は、戸惑っていた。
一体、何が起きているのか、
白い髪に黄色い目、
猫のような耳と尻尾。
『大丈夫?』
『あ、うん……』
しばらく経っても、冷静になれない。
『私はましろ。』
『あ、あぁ…』
『ここは、私の部屋。』
真っ白な、この空間が?
この子の部屋?
ようやく、少しずつ冷静になってきた。
『僕は、銅.甘。』
『知ってる。』
え、
僕の名前を知っているのか?
この子は一体、何者なんだ?
『私は、アマをずっと見てた。』
『・・・』
よくわからない。
『アマの肉体にはひどい損傷がある。』
あぁ、あの傷か。
『本当なら、もう…死んでる。』
っ!
しん…でる?
『アマの魂を、一時的に連れてきた。』
?
なにがなんだか、
『傷が治れば、アマの魂を戻す。』
治ればって…
『傷は治るのですか?』
『治る。私が、治療してる。』
『え?君が治療をしているのですか?』
『はい。治癒魔法を使っています。』
ま、魔法?
なんのことだ?
『魔法が、使えるのですか?』
『はい。』
・・・
『あと、敬語ではなくていい。』
『あぁ、うん…』
訊きたいことがたくさんあるけど、なにからどう訊けばいいのかがわからない。
『わかった。』
『え?』
『アマの考えていることはわかる。』
‼︎
『な!』
『耳と尻尾は気にしないで。』
そう言われても気になる。
耳も尻尾も、動いている。
『はい、私の身体についているので。』
そう言って、耳と尻尾を大きく動かした。
『あと少しで治る。治れば戻れる。』
そうか、
『魔法は、人間には使えない。』
あぁ…
ちょっと残念だ。
って、どんどん心を読まれている!
『恥ずかしいことではない。』
恥ずかしいよ。
失礼なこととかありそうだし…
『失礼なことはなにもない。』
やめてぇ!
『はい、やめます。』
『・・・』
うーん、
『えと、まだ状況が飲み込めないんだけど、助けてくれてありがとうございます。』
『いえ、大したことではない。』
ほんとなら死んでいたはずなのに、助けてくれたんだ。
『どうして、助けてくれたの?』
『アマが、正しいと思ったから。』
よくわからない。
『ごめんなさい。言葉は苦手なので。』
『あ、いえ、気にしないで。』
『ありがとうございます。』
でも、もう少し訊きたい。
『えと、僕が正しいってどういうこと?』
『アマは人の中で、いちばん正しいと思った…から。』
それは…
『僕は、間違えたよ。大事で、辛い思いをしたあの子に、自分勝手なことを押し付けて傷つけたんだ。』
『アマは、間違えてない。』
そんなことは…
『助けなければ、あの子が死んでた。』
っ…
『アマが正しい。』
『でも、本人に言われたんだ。僕のしたことが一番辛いって。』
あの言葉が、僕にとって辛かった。
『助けなければ、もっと辛いことが起きてた。』
『でも…』
『自分を犠牲にするのは難しい。』
『・・・』
もう、わからない。
『それはアマに、昔の記憶がないから。』
そう、か…
『少しなら、夢で見たこともあるけど…記憶は、まだほとんどないみたいなんだ…』
だけど、
その記憶はきっと、辛いことばかりなんだろう。
だから…
『治療が終わるまで少し、見せる。』
『え、』
見せる?
一体、何を…
『アマの脳に悪いから、少しだけ。』
記憶を?
それは…
少し、怖い。
『でも、アマには必要。』
『っ…』
僕は身構える。
どんなことが待っているのだろう。
いや、
どんなことをしてきたのだろう。
意識がどんどん遠くなる…
『ばいばい、』
dream of memory.1
ー僕は、初めての学校に行く。
本当の親がいなくなってしまって、知らない人が僕を引き取った。
元々いた所から少し離れたところに家があり、そこから近い学校に行くことになったからだ。
『この子は人狼ですが優しい子なので、どうか、よろしくお願いします。』
新しい母が言った。
『はい。わたくしの学校にも1人、人狼の子がいますので、狼夢君も安心できると思いますよ。』
この学校の、校長先生だろうか。
優しそうな人だ。
前の学校でいじめられたことがあるから、少し安心した。
『狼夢を、本当によろしくお願いします。』
母は、頭を下げる。
そして、部屋から出ていく。
僕は母が出ていくのを見た後、校長先生の顔を見る。
!
校長先生の顔つきが変わっていた。
『狼夢君。学校を楽しめるといいですねぇ。』
その顔は、僕を見下しているみたいに見える。
怖い…
でも、舐められないために…
僕は、
いや、
俺は、
強くみせるために、
『はい。楽しめればと思ってます。』
笑顔を見せず、少し冷たい声で言う。
優しくすればするほど、舐められることを知った。
優しくすれば周りは俺のことを利用しようとしてくる。
だから、
優しくするのはもう、やめる。
『人狼として生きていくなんて、可哀想に。』
そんなことを言っているのに、笑っている。
なぜ、人狼だからと嫌な思いをしなきゃいけないんだろう。
『はい、そうですね。』
俺は、軽く流した。
相手をしていても無駄だろうから。
『さて、担任の…』
『教室に行ってきます。』
俺は席を立ち、部屋を出る。
あんな人の言う言葉なんて聞く必要はない。
やっぱりここもか。
他のところならと、少し期待していたのにな。
まだ、ほとんど知らない学校。
とりあえず歩く。
他の生徒だろう声が聞こえてくる。
壁に寄りかかり、奥の方を見てみる。
数人の生徒たちが走り回っていたり、何かを話していたりしていた。
こっちはやめておこう。
来た道を戻り、反対側に向かって歩く。
こっちは人が少なそうだ。
まっすぐ行くと、体育館らしきものがある。
横には階段がある。
とりあえず階段を登り、二階へ。
理科室、音楽室…
いくつかの教室が見える。
と、
『調子に乗るなよ!』
バチン!
『いたいよ…』
喧嘩か?
いや、いじめっぽいな。
嫌なことを思い出した。
近づかないでおこう。
『全部お前のせいだ!』
『きゃあっ!』
・・・
『学校に来んなよ。』
『お前なんか…』
『やめて…』
あぁ、
イライラする。
『しんじゃ…』
『何やってんだお前ら。』
皆の視線が集まる。
やらかした。
初日からやらかした。
絶対しないと決めたことを…
『は?誰?』
そこに3人の男の子と、1人の女の子…
『ぁ…』
この子が…
さっき、校長が言ってた人狼の子か。
酷い傷だ。
『何のようだ。』
『てか、コイツも人狼じゃね?』
『何しに来たんだよ!』
男の子たちが言う。
『今はそんなことどうでもいい。何してんだって聞いてんだよ。』
俺は、男の子たちを睨む。
『相手にするの、やめとこうぜ。』
『あーあ、つまんないな〜』
『あんなヤツ、ほっとこう。』
男の子たちは、去っていった。
『ちっ!』
俺は舌打ちをした。
ムカつく野郎だ。
ここでも、
人狼がターゲットにされていた。
もう、未来が見える気がする。
酷い未来が。
もう行こう。
忘れてしまおう。
結局、ここでも人狼はいじめられていた。
『あ、あの…』
後ろから声がした。
俺は振り返る。
『あの…助けてくれて、ありが…』
『助けたわけじゃない。』
『・・・』
女の子は下を向いてしまった。
『はぁー。大丈夫か。』
この子はいじめられた側だし、強くみせる必要はないか。
女の子に手を差し出す。
これが、演技でなければ…
女の子は、こちらを向いた。
初めて見た。
自分以外の人狼を今、初めて見た気がする。
女の子は戸惑っていたが、ゆっくりと手を俺の手に乗せた。
その手は震えていた。
手だけじゃない。
身体も震えていた。
怖かったんだろうな。
俺も、あの時は怖かったからわかる。
『ありがとうございます…』
顔だけでも、複数の傷がある。
乗せられた手にも、酷い傷が…
今日だけのものではないだろう。
『あの、きみは……』
『狼夢。今日から転入する。』
『助かりました…』
か弱い声。
よく聞こえない。
『なんだって?』
『あ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』
『謝るな!何も悪いことはしてないだろ。』
それだけ、怖いのかもしれないな。
『ぅぅ…』
『今日から俺がいる。もう1人じゃないんだ。』
もう1人いるだけで、安心感は大きく変わるはずだ。
俺が舐められないように振る舞えば、この子にも酷いことはしないだろう。
きっと…
人狼。
まず、このことをよく知らないといけない。
髪の色、目の色が黒か茶色ではない人のことだと言うことくらいしか知らない。
でも、それだけでこんないじめを受けなければならなくなったとは思えない。
キーンコーンカーンコーン!
チャイムが鳴った。
確か、
1組だったはず。
3年生の教室はどこだろう。
『あの、狼夢さま。教室に行ってきてもよろしいでしょうか…』
『さ、さま?』
さまって、確か偉い人に向けて言うんじゃ…
『さま…』
女の子は、また小さな声で何かを言った。
『まぁいいや、別に行ってきていいぞ。』
そう言うと女の子は深々とお辞儀をして、行ってしまった。
『あ、』
場所を聞けばよかった。
まぁいいか。
ゆっくりと、歩きながら探す。
っと、
ここか。
そこに。3-1と表示されていた。
中に入ろう。
扉を開ける。
なんて言われるだろう。
何をされるだろう。
怖い。
扉の先には、昔の学校とあまり変わらない教室があった。
だけど、
そこにいる人は誰も知らない。
『おや、狼夢君。1人で来たのかい?』
先生らしき人が言った。
『はい。』
ただそれだけを言った。
この先生もきっと…
『ええと、今日からこのクラスに転入する子が来ましたので、狼夢君、まず自己紹介しましょうか。』
今のところ、問題はないみたいだ。
『はい。○○小学校から転入した、ーー狼夢です。』
これくらいでいいだろう。
『はいありがとうございます。』
ずっとこのままならいいのに。
『狼夢君の席はあそこだよ。』
教室の奥の方を指さされた。
とりあえず、奥まで進む。
『うわーマジかー』
『人狼じゃね?』
周りがボソボソと喋っている。
嫌な言葉が聞こえる。
でも気にしない。
・・・
『マジかよ。』
俺を見て嫌そうな顔をしている人。
さっきいじめてたヤツらがいた。
コイツらも同じクラスなのか。
嫌だな。
そんなことを思いながら、自分の席を探す。
ここか。
1つ、空いている席があった。
席がないということがなかったことに安心する。
座ろう。
『狼夢さま…』
聞き覚えのある声が聞こえた気がする。』
さま呼びする人なんてなかなかいないだろう。
隣の席を見る。
やっぱりか。
さっきいじめられていた人狼の子がいた。
別のクラスだと思っていたけど、同じクラスなのか?
『よろしく。』
それだけを伝える。
信じられない。
何か罠がある気がする。
不安だった。
自分以外、全員敵だと思っていた方が良いだろう。
授業が始まる。
特に、問題なく進む。
1時間目が終わる。
休み時間だ。
あの子は、どこかへ行った。
『・・・』
あの子を追いかけてみるか…
何かわかるかもしれない。
学校を見て回るついでだと思えばいい。
俺は席を立ち、あの子が行った方へ歩く。
ぎこちない足取り。
いつか倒れそうだ。
あの子が、道を曲がった。
なんだ。
トイレか。
ならいいや。
行ってないところを見てまわろう。
なるべく、人がいない方に行こう。
でも、こっちは…
他の学年の教室くらいしか無さそうだな。
進む気にはなれない。
戻ろう。
振り返ると、
『やあ、何してんだ?』
俺もまた、後をつけられていたらしい。
『学校を見てまわろうとしてただけだけど。』
『なんか冷たくね?』
1人の男の子が言った。
コイツは、同じクラスのヤツか。
『いや、別に。』
『その態度、気に入らないんだけど。』
『緊張してるだけ。気にしないで。』
『んなわけ。そんなんじゃないだろ。』
そして、近づいてくる。
と、
ドン!
身体を強く押された。
『人狼のくせに、調子に乗るなよ!』
睨みつけられた。
これが、人狼の運命か。
『調子なんか乗ってないけど。』
そんなもの、知らない。
『は?』
数人でいじめようとしてるのか。
『調子に乗ってないって言ったんだよ。』
『それが調子に乗ってんだよ!』
足を蹴られる。
何を言っても無駄だと分かった。
もう、何を言っても変わらないだろう。
顔に、拳が飛んでくる。
俺は避ける。
けど、それだけでは終わるわけもなく。
また、拳が飛んできた。
拳を、手で受け止める。
初日からこれだ。
こんな日々がこれからも続くと考えると嫌になる。
俺は睨み返す。
と、
チャイムが鳴る。
男の子たちは舌打ちをして去っていく。
どうせまた教室で会うけどな。
その後も、休み時間になると暴言暴力の嵐に巻き込まれる。
今日だけで、複数の傷ができた。
あーあ、ひでぇアザだな。
でも、
これくらいならもう慣れている。
それほど痛いとも思わない。
さて、帰ろう。
僕は、帰路につく。
それなりの距離を歩き、家に帰る。
親には傷が見られないようにしよう。
そうして、面倒な日々が続く。
2日目。
学校につけば俺の席に、
落書きがされてあった。
机にびっしりと、悪口が書かれていた。
隣を見る。
まだあの子はいないけど、あの子の席にも落書きがされてあった。
まぁ、手を出されるよりはマシだと思うしかない。
俺は気にしないことにした。
けど、
『今日も学校来たんだ〜』
『来なくてよかったのにな〜』
複数の人が笑っていた。
と、
ゴミを投げられた。
そして今日も次の日もその次の日も、酷い目にあった。ー
25
ふと、目が覚める。
『・・・』
記憶。
そのほんの一部を見た。
あの子は、
間違いなく、琥珀さんだ。
琥珀さんと、初めて会った日か。
その琥珀さんは…
‼︎
『琥珀さん!』
僕は上半身を勢いよく起こし、辺りを見回す。
と、
『元気そうだね。』
桜乃さんがいた。
『さ、桜乃さ…』
桜乃さんが、口に手を当ててきた。
?
『静かにね。』
桜乃さんが指を差していた。
その先に…
琥珀さんがいた。
どうやら眠ってしまったようだ。
僕は、桜乃さんに頷いた。
『体調は大丈夫?』
体調…
あれ?
思っていたより全然良い。
『もう、大丈夫ですよ。』
ましろさんのおかげだろうか。
『なんか傷の治りが早くない?』
ましろさんのことを話しても、信じてはくれなさそうだ。
『そうかも。』
そう答えた。
『そうかもって…』
どれくらい眠ってたのか、わからない。
『花咲さんに伝えてくるね。』
そう言って、桜乃さんが部屋を出て行く。
『ん、んんぅ〜』
琥珀さんが、苦しそうにしていた。
僕は、琥珀さんの頭を撫でようとした。
けど、
嫌がられたんだったな、
今の僕は、琥珀さんに触れる権利がない。
せっかく、僕のことを信じてくれてたのに…
僕が傷つけて、裏切った。
『うぅっ、くぅっ!』
こんなに近くにいるのに…
悔しい。
僕は、横になる。
そして、何もない天井を見る。
『何が正しいのか、わからないよ…』
『正しいとは、その時によって変わるものなんだよ。』
と、
花咲さんがいた。
『なーに思い詰めたような顔して。振られたの?』
『違いますよ。…いや、合ってるかもしれない…』
振られたのだろうか。
『え、マジ?指輪してるのに?そんなことありえる?』
琥珀さんが指輪してるの、知ってたんだ。
『僕のせいなんですよ。僕が傷つけたんです。』
『ふーん。ま、少し聞いてたけどね。でもアタシが思うに、琥珀は甘太郎のことを本当に嫌いだとは思ってないんじゃないかな。』
『え?』
『大嫌いって言ったのは甘太郎ばかり傷ついて欲しくなかっただけだろうし、頭を撫でられるのを嫌がったのは頭に怪我があるからなんじゃない?』
『・・・』
琥珀さんを見る。
『甘ちゃんって、ほんと危ないことばかりするよねー。自分が怪我することに躊躇ないみたいだから見ててヒヤヒヤするよー。後が面倒だからやめてほしいわー。』
花咲さんが、変な声で言った。
琥珀さんの真似をしているつもりなんだろうか。
『似てないですよ。』
『失礼な!』
『でも、ありがとうございます。おかげで元気出ました。』
琥珀さんの頭には包帯が巻かれている。
まぁ、そうなのかもしれないな。
『甘太郎も琥珀も、自分より周りばかり気にしちゃうタイプみたいだから、そういうとこも考えた方がいいよ。甘太郎は特に気にしなさすぎてポックリいきそうだから。』
そう言って、
僕の服をめくりあげる。
『ぬあ!』
『変な声出すなー、キモいぞ。』
『・・・』
キモいと…
『安心しろ。傷の確認するだけだから。』
そうですか…
いきなりされると怖いよ。
『もう傷治ってんじゃん。生命力ゴキブリ並みじゃん。』
『その例えやめて…』
Gと一緒にしないで…
虫苦手なんです…
『いや普通なら、もう天に召されてる頃だよ。なんで生きてるのかわからないんだけど。それどころかなんで傷が跡形もなく消えてんの?普通なら、まだバ○オ状態だよ?ほんとに人間?』
『その例えもやめて?』
グロテスクゲームと一緒にしないで…
グロいの苦手なんです…
傷は、ましろさんが治療してくれたからだけど、
それは言えない…
『まぁ、身体の方に異常はなさそうだしいいか。特に問題はなさそうなので事務仕事に戻るから、なんかあったら呼んでねー』
そう言って、花咲さんも出て行く。
『っと。最後に、あの男のことは隠しているらしいから、甘太郎は人殺しとして扱われないってさ。』
それだけ言って、扉を閉めた。
『え、』
どういうことだ?
人殺しとして扱われない…
まさか、
『僕のために…』
隠しているのか、
僕は、琥珀さんの方を見る。
本当に、花咲さんが言ったことが正しかったらいいんだけど…
琥珀さんはまだ、起きない。
床に座って、ベッドの端に腕と、その上に顔を乗せて…
この体制、きついんじゃないかな。
でも頭を怪我しているから、横になれないのか…
『……あま…』
琥珀さんが寂しそうに言った。
『僕なら、ここにいるよ。』
琥珀さんに向けて、優しく言った。
『んん、あま…?』
琥珀さんが目を覚ました。
『琥珀さん…ごめ、』
『あまっ!』
!
琥珀さんが抱きついてきた。
『ぇ、琥珀…さん?』
『あまぁ!あまぁっ!』
琥珀さんは、僕から離れようとしない。
そして、気になるのは、
あま?
いつもは甘ちゃんと呼ぶのに、
今は、あまと呼んでくる。
『ううっ、あぁっ、』
琥珀さんは泣いていた。
僕は、頭の代わりに背中を優しく撫でる。
琥珀さんはしばらく、そのまま泣いていた。
26
『琥珀さん、ごめんなさい…』
『謝らないで、琥珀が悪いの。琥珀こそ、あんな酷いこと言ってごめんなさい…』
それは違う。僕が、悪いんだ。
『僕が琥珀さんを傷つけたから、僕が悪いよ』
『・・・』
琥珀さんが黙ってしまった。
そういえば、
琥珀さんのお気に入りのネックレスが、ない。
『琥珀さん、ネックレス…いや、なんでもない…』
そんなことを訊く場合ではないな。
『壊れたの…ごめんなさい。』
ネックレスのことかな、
『どうして、謝るの?』
僕は、関係ないはずなのに…
『あのネックレス、あまから貰ったから…』
そうだったのか…
僕があげたものを大事にしてくれたんだ。
『大事にしてくれてありがとう。他のでよければまた買うよ?』
『ありがとう、でもいいの。指輪があるから…』
あんなに大事にしていたのに、
大事にしてくれてたのに…
『あま、琥珀って呼んでほしい…』
急にそんなことを言われたので、
『え、こ、琥珀…?』
『ふふ、嬉しい。』
琥珀さんが笑顔を見せてくれた。
『怪我は大丈夫?』
『うん、大丈夫だよ。』
本当はどうなんだろう。
でも、琥珀さんは僕のことを嫌ってはいないみたいだった。
それが、僕も嬉しい。
『あま、琥珀のこと、嫌いにならないで…』
『うん、嫌いにはなってないから安心して。』
『好き、』
『・・・』
今…
好きって…
・・・
僕は、まだ言ってなかったな。
『琥珀のこと、好きだよ。』
『嬉しい。ずっと、そばにいさせてね?』
琥珀さんが涙を流した。
でも、琥珀さんは嬉しそうだった。
僕は部屋を出て、
『僕はもう大丈夫なので、鬼塚さんに伝えてきますね。』
花咲さんに言った。
『りょーかーい。』
それだけが返ってきた。
雑だなぁ。
『さっきのことを詳しく知りたいなら、鬼塚に訊いてみれば?アタシもよくわかってないから。』
『はい、分かりました。大変お世話になりました。』
そう、頭を下げる。
『あまり無理はしないこと。あと、あの子のために、自分を大切にしろよな。』
ぽん、と頭をを叩かれる。
『ありがとうございます。』
そう言って別れ、
鬼塚さんのところへ行く。
『もういいのか?』
『はい。もう大丈夫です。』
いつもより、怖く感じる。
あんなことをしたから。
なんて言われるかわからないから。
『あのことは、なかったことにした。だからお前はこれからも、普通にしてていい。』
『そう、ですか…』
でも、思っていたのとは違った。
『どうして、隠してくれたんですか?』
『これ以上、剣士の評価を下げたくないからな。』
『申し訳ございませんでした…』
まぁ、そうだろう。
『ふっ、嘘だ。その方が都合が良いってのもあるけど、剣士の皆から、特に第1隊のヤツらにお前のことを庇って欲しいと言われたからな。』
『っ…』
『それに、あの男たちは指名手配犯だったんだ。だから、お前がやったことは間違っちゃいない。よくやったな、あの状態で。』
こんなことを言われるなんて、
予想もしていなかった。
『あまり気にするな。お前がしたことは正しい。胸を張れ。』
僕のしたことは正しい。
そう言ってくれたことが嬉しかった。
僕は深く頭を下げることしかできなかった。
『今日は帰って、また明日来るといい。』
『本当に、ありがとうございます…』
僕は、涙を流しながら言った。
僕は、部屋を出る。
そして、琥珀さんと家に帰る。
今日は、すぐ近くの家に帰ろう。
家に帰ってからは、ゆっくりしていた。
ーはぁ、
全く、面倒なことをしてくれたな。
でも、アイツの気持ちがなんとなくわかってきた気がする。
死にかけているのにもかかわらず、あの子のために諦めなかった。
そして、自分が悪者になるとわかっているはずなのに立ち向かった。
自分が死ぬかもしれないのに、
アイツは戦った。
それは、
俺にはできなかったことだ。
『世の中には、変わったヤツがいるもんなんだな。』
アイツなら、俺にはなれなかったものになれるかもしれない。
『アイツの未来が楽しみだな。』
さて、仕事に戻るか。ー
27
Ⅷ
今日。
体調は大丈夫。
『よし、行こう。』
僕は、琥珀さんと剣士署に行く。
そして着くと、
『銅、大丈夫なのか?』
皆が心配してくれた。
『はい、大丈夫です。』
僕は、笑顔で答えた。
もう、痛むところはない。
逆に、
琥珀さんの方が心配だ。
でも、大丈夫だと言っていた。
あまり、心配をかけたくないのかもしれない。
なら、
あまり無理はさせないようにしよう。
今日の見回りポイントに行く。
『甘師匠、身体もですけど…もう大丈夫なんですか?』
桜乃さんが訊いてくる。
『あっちのことももう平気だよ。皆のおかげだって聞きました。』
『銅は、頑張ってきたから、報われるべきなんだよ。』
如月さんが言った。
『そうだ、皆は君が頑張ってきたのを知っている。』
島田さんも言った。
『だから、ここで終わるべきではないと思います。』
岡野さんまで、
『甘師匠は、ずっと私達の仲間だよ!』
っ!
みんな、
僕は、皆を見て、
『本当に、ありがとうございました。』
僕は、頭を下げた。
泣きそうだった。
でも、もう泣かない。
代わりに、
とびっきりの笑顔を見せよう。
皆も、笑顔になった。
さて、見回りを続けよう。
28
歩いて。歩いて、歩いて…
今日の仕事が、終わろうとしていた。
今日も、特に問題はなさそうだ。
そして、
『もう時間だから戻るか。』
もう、終わりの時間になった。
何も、悪いことが起きない、
それは、平和になっているということだ。
さて、戻ろう。
と、
?
あれは…なんだ?
奥の草むらの中に、気になる何かがある。
『あの、少し待っててもらえませんか?』
僕は皆に訊く。
『何かあったのか?』
皆は不思議そうにしていた。
『ちょっと、気になるものがあって、』
僕は、その気になるものの方へ歩く。
近づいてみる。
と、
ガサガサッ!
人が逃げようとしている。
『私の出番だね!』
え?
桜乃さんが、奥に逃げた人を追いかけようとする。
けど、
すぐに戻ってきた。
『見失っちゃった。』
桜乃さんは残念そうに言った。
仕方ない。
だけど、気になるのは…
『え…』
人?
そこに、
1人の少女が倒れていた。
『え、人か?』
そこに倒れていた少女。
髪が、薄い紫色だ。
人狼か…
とにかく、なんとかしないと。
『大丈夫ですか?聞こえますか?』
声をかけてみるが、返事はない。
気を失っているようだ。
救急車を呼ぶか、
『剣士署まで連れて行こうか。』
剣士署の方が近いだろう。
島田さんが無線で伝えた。
しばらくして、バンが一台来た。
僕たちはその少女を車に乗せた。
『皆さんも乗ってください。』
とのことなので、バンに乗り込む。
そして、剣士署に向けて走り出す。
『一体、何があったのかな?』
桜乃さんが言った。
でも、わからない。
首を横に振るしかできない。
心配ではあったが、何も分からなかった。
そうしているうちに、剣士署に着く。
着くとすぐに、タンカーでその少女が運ばれていく。
『・・・』
僕たちはその姿を見届けて、帰る準備をする。
僕たちにできることはないだろう。
あとは、治療隊に任せよう。
僕たちは、心配しながらも帰る。
明日には目覚めてるといいけど…
やっぱり、心配だった。
dream of memory.2
ー『どうしたのその傷!』
とうとう、母にバレてしまった。
『転けただけだよ。』
だけど、
『腕にも傷があるじゃない!』
次々と、傷を見られてしまった。
『いじめられてるの?』
『・・・』
俺は何も言わないようにした。
けど、
『やっぱり、いじめられてるんでしょ?』
隠しきれなかった。
『学校に連絡するからね。』
母は、スマホを取り出した。
学校に電話をしているみたいだ。
どうせ無駄だ。
きっと変わらない。
昔もそうだったから。
『・・・』
母が、電話を終えた。
『狼夢?狼夢がいじめたって本当なの?』
は?
俺がいじめた?
『そんなこと、してない。』
『でも、先生が…』
『してない!』
そうきたか。
結局、酷い目に遭うんだな。
もう、嫌になってきた。
次の日も、
『・・・』
いじめられた。
石を投げつけられ、
大事なものを壊され、
面倒ごとを押し付けられ、
殴られ、
蹴られ、
またその次の日も、
『お前が例の転入生か。』
年上のヤツからもいじめられた。
そんな日々が続いた。
ふと、隣を見れば、
同じように傷ついた女の子がいた。
最初はもう1人同じ人狼で、いじめられている人がいることに、少し安心していたところもあった。
だけど、
今は違う。
誰かが傷ついているのを見るのが嫌だった。
だから、
『何しようとしてんだ。』
俺はその子がいじめられないように、ほぼずっと見張っていた。
代わりに殴られても、不思議とその分の嫌な気持ちはしなかった。
それ以上に、ムカついていた。
許せない。
見ていて、この子が悪いことをしているようには思えなかった。
それどころか、
気を遣っているように見える。
この子は優しすぎるんだ。
『あの、助けてくれて…』
『それじゃ、損するぞ。』
『・・・』
女の子は黙ってしまった。
『優しくすると、利用されるぞ。』
『りよ、う?』
女の子は首を傾げた。
『いいように使われる。』
『ん…』
よくわかってなさそうだな。
まぁいいや。
よく見れば見るほど酷い姿だな。
至る所に傷があり、
手入れされてなさそうな髪、
汚れた制服、
怯えた表情。
身体が震えている。
この子の方が、酷い目に遭っているのかもしれない。
『狼夢さまも、じ…じん、人狼なんですか?』
『そうだよ。あと、さま呼びしないでくれ。』
『あ、ごめんなさいごめんなさいごめ…』
『なんも悪いことしてないのに謝るなって言っただろ。』
『はい…ごめんなさい…』
怖いんだろうな。
ずっと身体を震わせて、怯えている。
『俺はもう、帰るぞ。』
下校の時間。
ほとんどの人が帰っていった。
今なら、もう人は少ないだろう。
俺は帰る。
これなら、1人の方がマシだったな。
見張っていたわけだけど、
あの子を、見ていたくない。
そう思った。
だけど、
次の日。
『はい、みんな。2人組を作って!』
俺なんかとペアになろうとする人なんていない。
嫌がらせか。
まぁ、2人組なら、
あの子もか、
俺と、あの子だけが残った。
『・・・』
仕方ない。
俺は、あの子とペアになるしかないか。
『はい、みんな2人組になったみたいだね。ならそこ2人、前に来て。』
俺たちが呼ばれた。
嫌だけど、行くしかない。
『ほら、行くぞ。』
2人で、前に行く。
『なら、2人はお手本になってもらおう。ほら走れよ。』
先生の声が急に冷たくなる。
俺は、差された方に走る。
『はーいみんなも走っていきましょう。』
先生は、また優しそうな声で皆に言った。
でも、みんなの中に僕とあの子は入っていない。
結局、どの先生も敵だった。
授業が終われば、
『それ、片付けといて。』
先生に言われた。
こんな日々が続く。
1日が早く終わればいいのに。
そんなことばかり考えている。
今日も散々な目に遭った。
帰るか。
家に向けて歩く。
と、
?
後ろを、誰かがついてくる。
『何の用だよ。』
そう言って振り返ると、
そこに、
あの女の子がいた。
『うぅ、ごめんなさい…』
『お前か。』
いじめてくるヤツらかと思った。
『で、なんか用?』
後ろをついてこられるのは嫌だった。
『……ない』
『なんか言ったか?』
よく聞こえない。
『……なぃ』
さっきより小さいような…
仕方ない、近づくしかないな、
俺は近づく。
と、
女の子は身体を震わせて怖がっていた。
それでも近づくと、目をギュッと閉じて頭を抱えた。
『なんだって?』
訊いてみたけど、何も言わない。
よくわからないヤツだな。
もういいや。
俺は、女の子を放って帰る。
もう、後をついてはこなかった。
家に帰ると。
母が、電話をしていた。
『うちの子が申し訳ございませんでした。』
母が謝っていた。
嫌な予感がする。
しばらくして、
母が電話を終えると、
『狼夢、またいじめたんだって?』
やっぱりか。
『今日もしてない。』
『いじめちゃダメよ、絶対に。』
母は、俺のことを信じてくれなかった。
夜、寝る前、
母が、父と話していた。
『狼夢が、またいじめたって学校から電話があって…』
『やっぱりな。だから人狼はよくないって言っただろ。』
俺のことを話していた。
父は元々、俺に良いイメージがないみたいだった。
そういえば、父は優しくしてくれたこと、なかったな。
ここには、長くはいられないかもしれない。
もう、眠ろう。ー
29
Ⅸ
今日は、大雨か。
今日は、剣士署で待機することになった。
『こんな日もあるんですね。』
その間は、訓練施設で戦う練習をする。
『滅多にないことだな。』
島田さんが言う
『俺もこんなことは初めてだな。』
如月さんでも、初めてらしい。
『ここなんですか!なんかすごい!』
桜乃さんは楽しそうだった。
『ここは訓練施設で、アンドロイドと戦う練習ができるんです。』
『へー、そうなんですね。甘師匠が練習に付き合ってくれなくなったからちょうどいいですね!』
あ、
すっかり忘れてた。
『ごめんなさい…忘れてました…』
『まぁ色々ありましたからね。』
そうだな、色々あった。
そういえば、今日も夢を見た。
しばらく見てなかったのに。
前回の続きみたいだったな。
夢の中の僕って、強く見せるためなんだろうけど、冷たかったな。
・・・
とりあえず、アンドロイドと戦おう。
前より早く倒せるように、
僕は剣を振るった。
『もうお昼だし、昼ご飯食べよう!』
桜乃さんが言ったことで、お昼だと言うことを知った。
もうお昼か。
あっという間だったな。
『よし、行こう。』
如月さんも来た。
食堂でお昼を食べよう。
昼食を食べ、
戻る。
『このあとどうする?』
桜乃さんが訊く。
『まだ休みの時間だし、あっちで休もうぜ。』
如月さんが、休憩所を指差す。
『ずっと戦ってたし、今のうちに休もう。』
僕たちは休憩所に向けて歩く。
休憩所で、話しながら身体を休める。
午後半分は、僕たちが車で見回りをすることに。
車に乗って、島を見て回る。
いつもと違う見回り方。
本当に警察みたいだ。
今日の見回りでも、特に問題はなかった。
剣士署に戻る。
3時半頃か。
また、訓練施設で戦う。
剣を振るって、
少しずつ、早く倒せるようになっていく。
よし。
次は、相手のレベルを上げよう。
終わりの時間まで、そうしていた。
そうして、
あっという間に、仕事が終わる時間になった。
はぁー、
疲れた。
『お疲れ様、銅!』
『お疲れ様でした…』
如月さんは、まだ余裕そうな表情だった。
マジかよ…
『桜乃もお疲れ様!』
桜乃さんは、壁に寄りかかっていた。
『きつぅ〜もう動けない〜』
かなり疲れているようだった。
『でも、今日だけでも強くなれた気がする!』
目は輝いていた。
そして、
『〜〜〜っ…』
琥珀さんは、ダウンしていた。
強くなりたいと言っていたからか、剣を借りてアンドロイドと戦う練習をしていた。
『琥珀、大丈夫かな?』
『むいれふぅ、もうらめぇ…』
?
ムリです、もうダメ〜と言ったのかな?
ばたり。
あ、
倒れた。
『コハクー!』
僕は、琥珀さんを抱き抱える。
『仲良しなんだな。』
如月さんが言う。
『もう2人は結婚してるんでしょ?』
桜乃さんが言う。
え?結婚⁉︎
『いや、結婚はしてませんよ。』
ドキッとした。
『え、だって呼び捨てになったし、琥珀さん、指輪つけてるじゃ…。甘師匠、浮気された?』
僕の手を見て、悲しそうな顔をされた。
『ホントだ!銅じょーちゃんの指に指輪あるじゃん!でも、銅は?なくね?』
あぁ、指輪のせいか…
『こ、この指輪は買ってあげただけだよ…琥珀さんは浮気してはないですよ…』
だけど、
『指輪を選ぶとは…なかなかやりますなぁ。』
あんな意味かあるなんて知らなかったんですよ…
2人にいじられた。
島田さんと岡野さんもきて、さらにいじられる。
岡野さんだけがいじらないでくれた。
ありがとう岡野さん。
30
そして皆と別れて、
『まだきつい?』
琥珀さんに訊いてみる。
『もう、大丈夫だよ。』
琥珀さんは笑顔を見せてくれた。
『なら、僕たちも帰ろうか。』
そう言って、立とうとした時、
扉が開いた。
と、
?
薄い紫色の髪をした少女が、入ってきた。
あの人は…
『昨日の子か!』
間違いないだろう。
その子は、こちらを向いて、
『……だれ?』
少し、怯えているようだった。
『僕は銅甘で、ここは剣士署の訓練施設です。』
自分の名前と場所を伝える。
『・・・?』
首を傾げていた。
よくわかっていないようだ。
『ええと…草むらで倒れてたけど、何かあったんですか?』
その子は考える仕草を見せたが、
『わからない…覚えてないの……』
覚えていないと、
『何か、覚えてることはありませんか?』
『……名前は茜[アカネ]、だったと思う…』
名前くらいしか、わからないのかな。
『他は、わかりませんか?』
訊いてみるが、
『うん、わからない…』
と、下を向いて言った。
もしかしたら…
記憶喪失、かもしれない。
『おやおや?目ぇ覚めたんだね。』
後ろに花咲さんがいた。
『勝手にウロウロしないでよ。部屋にいなくてびっくりしたよ。』
『ごめん…なさい…』
女の子は消え入りそうな声で言った。
『ま、いいけど。甘太郎と同じく、記憶喪失かもね。』
花咲さんが言った。
やっぱりそうなんだろう。
『きよくそーしつ?』
首を傾げていた。
ちょっと違うかも。
『記憶喪失。簡単に言うと、昔の記憶がないってことだよ。』
『・・・』
黙ってしまった。
『記憶喪失なら、アタシには何もできないなぁ〜。甘太郎ならわかる?』
うーん。
『夢とかきっかけがあって思い出すことはあるそうですが、完全に取り戻す方法はないそうです。』
新田先生に言われたことだ。
僕もまだ、完全には取り戻せていない。
いや、まだ全然戻ってないだろう。
『なら、甘太郎。この人を見つけた時、なんかなかったか?』
なんかと言われてもなぁ。
あ、
『近くに人がいて、逃げられました…』
『人か。外傷もそれなりにあったし、あと…』
?
あと?
『近くで注射器が見つかったんだって。今検査をしているけど、その人が何かをしたと考えるべきだろうな。』
注射器。
大丈夫だろうか。
あの時のことを思い出した。
『いや!やめて!』
え?
急に、茜さんが叫んだ。
混乱しながらも、駆け寄る。
『何か、あったの?』
『いやだ!怖いよ…』
花咲さんが言ったが、怖がられていた。
何もしていないはず、
でも、
もしかして、
さっき、花咲さんが言った‘ある言葉’に反応していたのがわかった。
それは、
『多分、注射器という言葉が苦手なんだと思います。』
花咲さんの耳元で、小さな声で言った。
『なるほど、トラウマみたいなものなのかな。』
そうなんだろう。
琥珀さんも暴言に対して、周り以上に怖がっていた時があった。
『うぅっ…』
怖かったんだろう。
僕も、あの時、
あの男に注射器を…
『助けて…』
茜さんが、僕の足に抱きつく。
『・・・』
『あらら、アタシ嫌われちゃったみたいだね。じゃああとは甘太郎、よろしく。』
『え?』
嘘。
僕にどうしろと?
『甘太郎なら記憶喪失についてもよくわかっているだろうし、人狼だし、アタシじゃ何もできないから。』
『えぇ!ちょっと待ってくださいよ!あ、あの茜さん!花咲さんは怖い人じゃないから、ね!大丈夫だから!お願いしますよ…』
花咲さんが行ってしまった。
と、
『浮気はすんなよ〜甘太郎〜』
それだけ言って、また去っていく。
『・・・』
どうしよう。
『銅さんも、記憶喪失?』
『はい、記憶喪失です。まだ、昔のことは思い出せてませんが、少しずつ思い出せてきてるので、茜さんも思い出せると思いますよ。』
僕はなるべく優しく言った。
でも、
『思い出したくないの。』
さっきのことが原因だろうか。
思い出したくない。
僕も、少しそう思っている。
きっと、辛い記憶ばかりだろうから。
そして実際、
辛い記憶ばかりだった。
今朝まで見た夢も、酷いものだった。
本当に、記憶を取り戻すべきなのかはわからない。
『どうしてだろう、怖いの。』
注射器。
それが、良いことに使われたとはとても思えない。
『ごめんなさい。絶対に思い出さないといけないわけじゃないから、思い出さなくてもいいと思いますよ。』
でも、
思い出したくなくても思い出してしまうこともあるだろう。
どうすることもできない、か。
『どうしたらいい?』
このあとは、どうしよう。
とりあえず、鬼塚さんに訊いてみよう。
『鬼塚さんのところに行きましょう。』
そう言って、鬼塚さんのところに行く。
『目、覚めたのか。で、どうなんだ?』
『えと、この子は茜さんで、記憶がないそうでして…』
?
両手を掴まれている。
片方は琥珀さんだ。
もう片方は、
茜さんだった。
茜さんは怖がっているようだった。
琥珀さんが2人に増えたように見える。
『そうか、お前と似てるな。で、花咲から聞いたか?ソイツの見つかった場所付近で注射器が見つかったそうだ。』
『うぅっ…』
茜さんの、握る力が強くなったのがわかった。
『はい、聞きました。確か今、調査中だとも聞いています。」
注射器。
それが、茜さんと関係のあるものなのかもわからない。
でもそれが、記憶を失くすのと関係があるかもしれない。
だとしたら、僕も、
まだ、なぜ病院で目覚めたのかもわかっていない。
僕は、大丈夫なんだろうか。
良くないことだけど、美雪さんは…
それが原因なら僕は…
茜さんは…
そうならないことを願う。
『どうした、黙って俯いて。なにかあったか?』
ふと、意識が戻った。
『あ、申し訳ございません。その、茜さんをどうしたらよろしいかと思いまして…』
『花咲はいないのか?』
花咲さんは…
『花咲さんは、よろしくと言って…』
『アイツ、またサボったのか。』
鬼塚さんも、困ってらっしゃるのか。
『寮なら貸せるが…』
寮?
確か、
剣士署のとこの家のことだったっけ。
でも、
1人で大丈夫だろうか。
今の状態で、1人にするのは危険だろう。
『うーん。1人にして大丈夫でしょうか?』
『良くないだろうな。なら、お前のところに泊めてやれ。』
『へ?』
それこそ大丈夫?
『はい…』
でも、鬼塚さんには逆らえない。
『以上か?』
『はい…』
話が終わる。
でも、
しばらく呆然と立ち尽くしていた。
31
どうしよう。
あ、
桜乃さんなら!
よし、桜乃さんの寮?まで…
どこだ?
僕は、桜乃さんの寮室は知らなかった。
多分今日は寮にいるだろう。
僕も、今日は寮の方に行きたい。
本当に泊めることになった。
寮に入る。
琥珀さんは、普通にしていた。
『甘ちゃん、お手洗いに行きたい。』
!
茜さんの前でも言うのか…
まぁ、怖いんだろうな。
『あ、あぁ。』
僕は、琥珀さんとお手洗いに行こうとする。
と、
『琥珀さん、1人は怖いの?』
茜さんが言った。
『あぁ、琥珀さんは怖がり?で人間不信?だから?』
何を言っているのかわからなくなってきた。
『私も、怖いの。』
そうか…
『私も、お手洗いに行ってもいい?』
『ええ⤴︎?』
それは、ドユコトカナ?
『もう、2人で行ってください…』
『うん、わかった。』
え?
琥珀さんが言った。
いいの?
『大丈夫だと思う。』
琥珀さんは、茜さんと行ってしまった。
『あ、あぁ…』
毎日、何度もしてきたこと…
恥ずかしくて仕方なかったこと。
でも、今は…
僕がいなくても、
行けるようになった。
琥珀さんの心も、
強くなったんだな。
感動した。
僕は、目を閉じた。
少し寂しいけど、僕は、思っていた。
このままずっと、一緒にいるのは良くないんじゃないかと。
琥珀さんには、
僕がいなくても平気でいられるよう強くなってもらって、
別れようと思っている。
その方が安全で、幸せになれるだろう。
優しい人はたくさんいる。
だから、
優しい人を見つけて、
接して、仲良くなって、
もっとたくさんの幸せを知って、
それで、
離れよう。
一緒にいられる日はそれほど長くはないだろう。
だから、今のうちにできることをしてあげよう。
幸せにしよう。
それが、
琥珀さんのためだ。
dream of memory.3
ーまた、今日が来る。
一体、今日がどれだけ過ぎただろう。
なんで生きてるんだろう。
楽になりたい。
幸せになりたい。
でも、
この命が尽きたら、幸せになれるの?
もっと苦しくはならない?
辛い思いはしない?
わからない。
何もかも。
わからないことだらけ。
身体を起こす。
学校に、行きたくない。
でも、家でも…
最近は親も、少し冷たくなった気がする。
先生が、嘘ばかり言うから。
一番だった場所まで奪おうとする。
学校につけば、
『またきたぞ〜!』
2人に両腕を掴まれて、もう1人に頬を殴られる。
何も、考えたくない。
これが、ほぼ日課になっている。
日に日に、ほんの少しずつ酷くなっている気がする。
『おはようございます、人狼君。今日も元気そうですねぇ。』
先生も、ろくな奴がいない。
そしてあの子も、
『うぅっ、』
酷い目に遭っている。
『やめろ!』
俺は、止める。
この子の分も、俺が受ける。
『調子に乗るなって言っただろ!』
『ぐぅっ!』
ボコボコにされた。
でも、これでいい。
これで…
俺は、痛みに耐えながら立ち上がる。
『狼夢さん、ごめんなさい。』
あの子は謝ってばかりだった。
おとといも、昨日も、今日も、次の日も、その次の日だって、
謝ってきた。
そして、
色々なところで、俺の後を追っかけてくるようになった。
『ついてくるな。』
俺は、冷たくあしらった
でも、ついてくる。
帰る時も、ついてきた。
『だから、ついてくるなって!』
俺は怒った。
『ひぃっ!』
あの子が驚いた。
だけど、
近づいてきた。
『くるな!』
まだ、信じてはいない。
嘘をついて騙しているかもしれない。
だから、後を追っかけて欲しくない。
醜い姿を見せて欲しくない。
だけど、
近づいてきた。
『狼夢さんは、優しい人ですか?』
『はぁ?』
いきなり、思ってもいないことを言われた。
優しいだなんて、
『んなわけないだろ!何を見てたんだ!思ってもないことを言うな!』
優しくしたことなんてない。
いつも冷たくあしらったのに、何を言ってんだ。
『いつも助けてくれるから、思いました。』
『助けてなんかいない。見ててイライラするからやってるだけだ。』
アイツらが気に入らない。
だから、アイツらに突っかかっているだけ。
『違うとお…』
『勝手なこと言うな!俺は、優しさなんか捨てた。だから、優しくなんてないんだよ!』
強く見せるため、舐められないため、俺は優しくすることをやめた。
『ごめんなさい。』
『だから謝るなって言っただろ!謝るくらいなら黙っていろよ!とりあえず謝ればいいと思ってそうでムカつくんだよ!』
『うぅっ…』
あの子が泣きそうだった。
冷たくしすぎたかな。
少し、後悔する。
『ごめん、言い過ぎた。』
だけど、
とうとう泣いてしまった。
『酷いこと言っちゃってごめんなさい。』
俺は、優しく声をかけた。
『やっぱり…』
その子は何かを言った。
『狼夢さんは、優しいです…』
あの子が、
少し笑顔になった。
初めて、この子の笑顔を見た。
ちがう!そうじゃない!
それは…
さっき、少しだけ昔のように優しくしようとしたから。
『ああーもう!さっきのは忘れろ!』
今考えると恥ずかしい。
もう、優しくなんてしない。
帰ろう。
家に着く。
と、
まただ。
母が電話をしていた。
今日も、先生は嘘をついている。
『でも、うちの子はやってないって言ってるんです。』
それは、
きっと無駄だろう。
少しして、電話が終わる。
結局、俺が悪いことになって終わった。
そして、父が帰ってくる。
『邪魔だ。』
父は、冷たくあしらった。
父も、元々人狼に悪いイメージがあるんだろう。
だから、昔と態度は変わらない。
母が俺のことを話しても、父は興味なさそうに黙ったまま、他のことをしていた。
まだ、手を出されないだけマシだとは思う。
あの子はどうなんだろう。
また、次の日。
あの子がきた。
あれ?
あんな傷あったっけ?
あまり覚えてないけど、家族からも暴力を振られているのかもしれない。
でも、どうすることもできない。
先生もそうだが、大人が悪くない子供に手を出すなんてみっともない。
いじめもみっともないが。
こんなにたくさん人がいるのに、誰も助けようとしない。
今まで手を出してこない人も、結局は敵だ。
この世界に、どれくらいの人が俺の仲間になってくれるのだろうか。
あの子が、こちらを見てきた。
俺は知らないふりをした。
でも、ちょこちょこ見てくる。
気になって仕方がない。
『何?』
俺は、目を合わせずにそれだけを言った。
『仲良しに、なってくれませんか?』
仲良しに?
何を言ってるんだ?
まさか、
友達になろう、と言ってるのか?
『なるわけないだろ。』
昨日、優しさを少し見せてしまったせいだろうか。
はぁー。
めんどくさいことになったな。
その後も、
ついてきては、
『仲良しに…』
『ならない。』
『な…』
『ならない!』
『うぅ、』
ならないと言っているのに、何度も訊いてくる。
本当に面倒だ。
帰る時も、
『仲良くなって欲しいです。』
『しつこいぞ!』
せっかく遠回りしているというのに、ずっと付きまとわれてはそればかり。
『仲良しな人、欲しいです…』
また、泣きそうになっている。
でも、そんなのはしらない。
『名前すら知らない奴なんかと、友達にはならないぞ。』
名前さえわかってない。
この子は、名前で呼ばれたことがなかったと思う。
まぁ、名前を知っていようが友達になる気はない。
『ごみ、』
『は?』
ゴミ?
何を言ってるんだ?
『私の名前、ごみです。』
『は?』
何度考えでも意味がわからない。
どうしても辿り着くのは、
この子の名前がごみだということ。
ありえない。
『お前、そんな名前でいいのかよ!』
五美だとかそんな漢字を使っているとしてもおかしいだろ。
一番に連想されるのは、汚物だ。
『いいですよ。私らしい名前だと思います。』
『ふざけるな‼︎何もらしくなんてないだろ‼︎』
その子の胸ぐらを掴んで怒鳴った。
『やめてください…お願いします……』
俺は、離してやった。
だけど、そんなのは、
どう考えたって明らかにおかしいことはわかる。
『いいんです。そこにあるゴミだっていい子なんですよ?』
『え、』
地面に落ちているタバコの吸い殻。
いい子…
よくわからない。
『やくにたつ?です。』
そういうことか。
ゴミでも、誰かの役に立ったから。
だから、いいってことか。
『変なことばかり言うな。喋り方も、いちいちですとか付けるな。』
気になるところばかり。
よくわからない奴だ。
『ゴミも、お金。』
・・・
そうか。
だけど、
そうじゃない。
きっと、この名前をつけた人は、
そんなこと、考えてはいないだろう。
ただ、良い風に言っただけ。
ごみだなんて言いたくない。
呼びたくない。
あの子を置いて、帰る。
帰ろうとするが、
ここはどこだ?
迷ってしまった。
確か、こっちだったはず。
でも、知らない道ばかりでわからない。
見たことがない場所。
うーん。
まぁ、帰っても嫌な思いをするだけなら、
ゆっくり帰ろう。
どうせ、心配なんてしてないだろう。
と、
『そこのガキ、何やってんだ。』
知らない人に話しかけられた。
『・・・』
そちらを見る。
弁当屋だ、
その中にいる男が、こちらを見ていた。
『大丈夫か?』
なんだコイツは。
こっちは怪我してんだ、大丈夫なわけないだろ。
『ほら、弁当持ってけよ。』
何を言ってんだ?
金は持ってない。
買えない。
『金はない。』
そう言って、立ち去ろうとした。
『金はいらない。これは処分しなきゃいけないんだよ。』
『しょぶん…』
『捨てる、ゴミになる。』
!
ゴミ…
『ほんとに、金はいらないのか?』
『あぁ、』
その態度、おかしいな。
俺は人狼なのに…
『俺は、人狼だぞ?』
『構わん。人狼の噂なんて信じちゃいねーよ。』
人狼の噂?
これは、
人狼のことを聞けるチャンスなのでは?
『人狼の噂ってなんだ?』
『人狼には、特別な力があると聞いたな。なんか、能力や筋力が普通より高いとか。だからいじめられるのさ。』
?
よくわからない。
『とくべつなちから…のうりょくやきんりょく…』
難しい言葉。
『頭がいい。力がある。』
本当にそういう意味なのかはわからない、
でも、さっきよりわかりやすい。
『家族は何人だ?』
『親2人と俺だけ。』
と、
弁当を3つ、袋に入れて、
『ほら、持ってけ。』
渡された。
『ありがとう。』
俺はそう言って、また迷いながら帰る。
なんとか家に着く。
『遅かったわね。』
『・・・』
俺は何も言わない。
『これ何?弁当?どこで盗んだの?』
母は、さっきもらった弁当を見て、盗んだものだと思ったようだ。
『盗んでない。弁当屋でゴミになる弁当をもらっただけ。』
『そう。』
それだけ言って、もう会話はない。
俺も、黙っていた。ー
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