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『循環の迷宮』から帰還した次の日、私は一人で街へ繰り出した。
エミリアさんは身体を休めるために宿屋に残り、夜遅く戻ってきたルークも今は就寝中のはずだ。
朝食の時間に一旦起きてきたルークによると、ジェラードは宿屋には戻ってきていないそうだ。
そしてルークも、昨晩のことについては語ろうとはしなかった。
ルークのかなり疲れた表情は気になったけど、昨日の今日だから、それも仕方が無いのかな。
ジェラードも、ヤケ酒とかをしていなければ良いんだけど……。
……そんなことを考えながら街をのんびり歩いていると、今まで目に入らなかったお店も多くあることに気付いた。
そういえば服屋なんて、クレントスで寄って以来だなぁ……。
最初の服が気に入っているからそのまま……っていうのもあったんだけど、ダンジョンで一着、ダメにしちゃったからなぁ……。
うーん、着替え用にまた作っておかないといけないかな?
お店の中を外から覗いてみると、そこは男性向けの服屋のようだった。
さすがに私には場違いか。他のお店をあたってみることにしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何となく服屋を探しながら歩いていると、錬金術師ギルドに着いてしまった。
服屋を探すのは、用事を終わらせてからにしようかな?
「アイナさああああん! お久し振りですうううう!」
錬金術師ギルドに入ると、とりあえず声を掛けて来たのはテレーゼさんだった。
だから、恥ずかしいから大声で呼ぶのは止めてください。
「おお、あれが――」
「あの方がパプラップ博士の――」
「それに王族とも――」
……ん?
なんだか周りの人が、今までにない反応をしているぞ……?
「おお、アイナさん。ちゃんと戻ってきてくれたな、俺は嬉しいぞ!」
受付のテレーゼさんを制しながら、ダグラスさんが声を掛けてきた。
テレーゼさんに話し掛けるタイミングは無さそうなので、とりあえず手だけ振ってみると……彼女は嬉しそうに反応してくれた。
よし、それじゃ話すのはあとでも良いか。
「ちょっといろいろありましたので、少しお金を稼ごうかなと」
「おうおう、こちらとしては大歓迎だぞ! 何せ依頼は溜まっていく一方だからな!」
私たちは周りの視線を無視するように歩いて、いつもの片隅のスペースに席を移した。
「あのー……。
何だか私、みんなから見られてませんか?」
「ああ、そうだな。何せ、今をときめく噂の錬金術師だからな」
「……何ですか、それ?」
ダグラスさんは私の問い掛けに、何とも無しに言い切った。
「突然現れて、高難度の依頼を簡単にこなしていく凄腕の錬金術師!!
……具体的にはパプラップ博士の依頼と、王族からの依頼で名前が知られてきたってことだな。
さらにかなりの実力を持つのに、それがまさか若い女の子とくれば……研究職の男連中は、気にもなるだろう?」
「ああ、そういう感じでしたか……」
私も社会人のとき、男性の方が多い職場だったからね。
何となくその空気は分かる……というか、大体どこも同じなんだろうなぁ。
単純に興味がある人もいれば、やっかみみたいなものを持つ人だっているだろう。
「度が過ぎるようならこちらからも注意するが、何から何までとはいかないんだ。
アイナさんの方でも、ある程度は注意してくれると助かる」
「あはは、何があるか分かりませんからね。
さて、それじゃ今ある依頼を教えて頂けますか? 素材を提供してもらえる依頼は全部見せてください」
「え……?
ちょっと前提条件がおかしいような気がするけど――」
「ダメなものは断りますので、ひとまず持ってきて頂けますか?」
「お、おう……?」
その後、ダグラスさんは50件ほどの資料を持ってきてくれた。
「素材提供があるのはこれくらいだな。もちろんS-ランク以上のものだけだぞ?
それ以下のものを根こそぎやられたら、色々と問題もあるし」
「はい、大丈夫です。
S-ランク以上の依頼は他の人が受けないので、ある意味安心して受けていけますよね」
「そういう解釈のされ方は初めてだ。何だか俺、尊い人を見ている気分……」
「……あれ?
『高栄養飼料』の依頼がまた出てますけど、今回は報酬が少ないですね」
「前回は、どうしてもあのタイミングじゃないとダメだったらしいからな。
今回は余裕を持って依頼を出すって言っていたから、その分安いんだろう」
「それなら自分で作れば良いのに……。
でもまぁそれはそれとして、今回も受けておきましょう」
「おお、助かるよ。
そもそもパプラップ博士しか作らないものを、依頼として出されても困るんだよなぁ……」
この依頼に関しては、ダグラスさんも不満があるようだ。
「では、こっちの47件をお受けしますね」
「ぶふぉっ!? え、そんなに受けて大丈夫なのか……?
……っていうか、残りの3件はむしろダメなのか……」
「それ、臭いが強いみたいなんですよ。
作業場所の兼ね合いで、臭いが強いのはちょっと無理でして」
何せ、宿屋の部屋で作業をしているからね。
異臭騒ぎを起こして追い出されるなんてことはしたくないし……。
「……そういえばいまさらだけど、アイナさんってどこで作業をしているんだ?」
「ふふふ、それは秘密です♪」
「そ、そうなのか……。
アイナさんが工房を開くっていう話が、王城から来ていたものでな……」
「ああ、それは――
……先日王様に謁見しまして、そのときにもらえることになったんですよ」
「凄いなぁ……。
できれば錬金術師ギルド内に、研究室を構えて欲しかったものだが……」
「だって、有料じゃないですか」
「ぐふっ。それはルール上、仕方が無くて……。
それにしても工房を開くことになったら、多少の臭いくらいは出ても大丈夫そうだよな」
……なるほど。
今までは工房をもらっても、在庫置き場や物置きくらいにしか考えていなかったけど、そういう場所があるのは良いよね。
「確かに、そのあとでしたら大丈夫そうですね。
でも、工房を開くなんて話も伝わっているんですかぁ……」
「さすがにうちは、錬金術師ギルドだからな。
ギルド所属の錬金術師っていうこともあるし、色々な申請や手続きも必要なんだよ」
「ははぁ、お手間をお掛けします……」
「仕事だから、問題ないさ。
それにアイナさんのおかげで、依頼が捌けて助かっているし」
「そう言って頂けると助かります。それじゃ受けた依頼の素材を――」
「の前に!」
「は、はいっ!?」
私の声を遮って、ダグラスさんが話を続けた。
「アイナさん名指しの依頼が、また来ているんだよ……。
早く工房を開いてくれると助かるんだが、とりあえずそれまでも、依頼を受けてくれないかな……」
「は、はぁ……。
お手間をお掛けします……」
「いえいえ……。それじゃこの57件、よろしく頼む……」
ドサッ!
ダグラスさんは、床に置いていた紙の束をテーブルに乗せた。
「……前より、増えてますね?」
「ああ……。
とりあえず一通り見てもらって、できそうなやつは片っ端から受けていってくれると助かる……」
その後確認した結果、大体は作ったことがあるものだったので全部受けることにした。
これで、受けた依頼は全部で104件に。
さすがに1日で終わらせるのは厳しいし、仮に出来たとしても不審に思われるだろうから――
……何日か間を空けてから納品することにしよう。
それでも十分、怪しまれるかもしれないけどね。
でも104件を受けた時点で、今さらと言えば今さらだったかな……。