教会の椅子に寝っ転がって寝よう思い、背中までカバーするタイプの枕を持ってこようと歩き出した時、微かに酢と魚の匂いがツンっと流れてきて、額に皺を寄せる。匂いの正体が、いつの間にか隣に何を考えているかよく分からない顔が影からぬるりと現れる。
「太陽さん」
「っは?!」
何回も突然現れて声をかけられることに遭遇しているのに、未だに慣れない。俺は驚いきを声だけに収めて、ペシッとやつの頭を叩く。俺とあいつの声と雑音は壁や柱で反響して、よく響いた。
「いて」
「いきなり現れんじゃねえよ!!びっくりするだろ?!!」
「あ、ビックリするんすか」
無意識の煽りに少々ムカついて俺も口答えする。
「うっせ!別にしないし」
「あー…」
あいつは俺の矛盾を聞いてだめだこりゃみたいな顔をして、いつもみたいに目が中心から遠のいてボケーッとしてきていた。
拗ねて腕を組んでそっぽを向いていた俺に、そうだと言い、思い出したかのように、俺に向けて頭を搔きながら言った。
「そういえば太陽さん」
「ワシ、太陽さん」
「好きっすよ」
????????????????????????????
突然の告白に思考が追いつかない。頭の中には宇宙が拡がっている。ついでに猫もいる。あいつは俺の事を気にせずに、マイペースにしゃべり続ける。
「例えば、強いところとか〜…」
楽しそうにぺらぺらと俺の語りをしているあいつの存在が、今はなんかヤバい時限爆弾に見えてきた。それと同時に恥ずかしさが湧いてきて頬が暑くなり、汗が湧いてくる。
「ねぇ、太陽さん」
いつの間にか顔と顔の間隔があと20cmほどしかないくらいに距離を詰められていていた。
あいつは俺のようすを伺うような手つきで、手をぎゅっと繋いでくる。振り離そうとしても簡単には離れてくれない。
「はは、頬が赤いっすよ?」
やつは相変わらずの棒読みでセリフを吐く。でもなんかよく分からないが、あいつの声に熱が籠っているような気がして、だんだん焦りが湧いてくる。
「こんな赤くなっちゃって、案外可愛いところもあるんすね」
「っ…うっせぇ…」
あいつは妙に気持ち悪い笑みを浮かべながら、夜の潮風みたいに冷たい指の腹で俺の頬を撫でて、こそばゆくて不快ではあったが、別に嫌な感じはしなかった。
「太陽さんは暖かいっすね」
今度は棒読みじゃなくて、ちゃんと感情の籠ったような声で俺にそう言った。
「いや、俺が暖かいんじゃなくて、お前が冷たすぎるんだよ」
俺が言い返すと、驚いたような顔をして俺でも聞き取れないくらいの声量でブツブツとなにか呟いた。そして、頬から手を離して今度は、脇の下を通って背中に両手を回して、俺の肩に顔を埋めて、痛いくらい抱きしめてきた。こいつの体が冷たすぎて、俺の体温が奪われてく。
「離せよっ💢」
「いやっす」
くぐもった声で即拒否された。
バタバタ足をバタつかせても、離してくれなかった為、諦めて、こいつが満足するまで大人しくしていることにした。顔の熱はとっくに抜けきっている。
「太陽さん」
数分後、やっとあいつが喋り始めた。俺の名を呼ぶ。俺もあいつの名前を呼ぶ。
「どうした、荒川」
あいつはようやく顔を上げて俺の方を見る。
初めて見た。嬉しそうに泣きそうな顔をした荒川を。
「そうとこも好きっすよ」
俺が少しびっくりしている間に、あいつは俺の頬に口付けをした。再び俺の顔に集中して、血が集まり始めた。
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天才発見!