テラーノベル
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夜、ネオンが瞬く静かな部屋に、ゲームの効果音と笑い声が聞こえていた。
叶のマンション、って言っても俺も同じマンションに住んでるけど。何回も見た定番すぎるこの場所に、今日も自然な流れで葛葉は転がり込んでいる。
「うわ、マジで負けた…くっそ〜、叶チートじゃん、そんなの」
「え、そう?僕が強いんじゃなくて?」
「うわ、うぜ〜」
2人並んで座るソファの上。画面を見ながら肩が触れ合うほどの距離感なんて、もう今更意識もしない。いや、葛葉にとっては「しないフリ」をしているだけなんだけど。
叶がコントローラーを置いて、少し前屈みになって笑ったその瞬間。柔らかそうな髪が揺れて、ブルーグレーの瞳と目が合った。その顔を見た瞬間、葛葉の胸が「ドクン」と脈打った。
ーーあ、やば。
思わず口が勝手に動いた。
「…かっこよ」
一瞬、時が止まった。
「…は?なに急に」
叶の声が、やや裏返る。笑い混じりのツッコミじゃなくて、本気で驚いてる声だった。
さっきまでの空気が一転して、重く、静かになる。葛葉は心臓を掴まれたような気分になった。
(やべ、俺……なに言ってんだ?)
焦りが全身に広がる。冗談だよって笑おうとしたがそれ以上に「やってしまった」という後悔で頭がいっぱいだった。加えて、普段そんな素振りも見せない葛葉に急に言われて気持ち悪いって思われても仕方がない。
「ご、ごめん。変な事言った。…忘れて」
言いながら、目を逸らした。自分でも分かるくらいに声が震えている。嫌になるくらい情けなかった。でも、叶はーー
「…なんで…謝ってんの?」
葛葉は頭を上げた。叶がこっちを見ていた。さっきよりほんの少しだけ、頬が赤く見えた。
「え、いや…..だって俺…..男だし。好き…みたいで、変だろ。いきなり…」
「…僕、別に嫌じゃないよ?葛葉の事も変とか思ってないし。」
「むしろ嬉しい。普通に」
その一言で、葛葉の思考が一瞬止まった。
叶が少しだけ、視線を下に向けながら、でもちゃんと葛葉に聞こえるように、ぽつりと続けた。
「…誰だって好きな子に褒められたら嬉しくない?」
「え…….待って、えっ?…は?それ、まじ?」
葛葉の目が大きくなる。声がひっくり返りそうになるのを無理やり押し殺す。
叶は、照れ隠しのように笑って、でも逃げなかった。
「うん。僕は好き、だよ?葛葉のこと。ずっと前から。」
しばらく、声が出てこなかった。
顔が熱い。手のひらがじんじんする。心臓がうるさい。
「…お、俺も好き……俺だけかと思ってた…」
「…っ!ほんと?…嬉しい、僕ずっと言えなかったからなんかスッキリしたかも。」
「んふ、葛葉めっちゃ変な顔してたよ?」
「変な顔とかしてねーし!ってか、今、俺……してたか?」
「乙女みたいな顔してたよ?」
叶がニヤッとして、でもどこか緊張したような笑みを浮かべていた。
「うるせぇ…でも、よかった…..なんか俺も言えてスッキリした…」
葛葉はそう言って、叶の方へゆっくりと身体を寄せた。ほんの少し距離が縮まる度に、心臓が飛び跳ねる。でも止まらなかった。
「ねぇ…ぎゅーしていい?」
「……ぃ、いいよ」
叶の声が優しくて、柔らかくて。気づけば唇が触れ合っていた。
「改めて言わせて?…ずっと前から、葛葉の事が好きでした。僕と付き合ってください」
「こんな俺で良ければ…っ!」
「やばい。まじで嬉しい」
「あは、おれも」
告白の後、2人は間には言葉じゃなくてーー鼓動と熱が流れでいた。
軽く触れ合っただけのキス。それなのに、葛葉の耳まで真っ赤だった。
「……お、おい…お前……やっぱ顔近すぎだろ、バカ」
「え〜今さら何言ってんの?キスしたくせに 」
「うるせぇ!それは、流れっつーか……!」
葛葉は勢いよく背もたれに倒れ込む。そのまま顔を手で覆って小さくうめいた。
「やべぇ…..まじ無理….おれ、今日、どうかしてる…..」
叶はその様子を見て、ふっと笑った。
「…..葛葉って、こういうときめっちゃ可愛いよね」
「か、かわ…..!?はあ!?なに言って…!」
「だって、真っ赤じゃん。手も震えてるし」
「お前が言わせたんだろーが!!……もー、マジで……」
葛葉はソファのクッションに顔を押し付けて、ぶつぶつと何かを呟いていた。
照れくさいけど、嬉しそうでもあった。
叶は少しだけ葛葉に近づいて、そっとその手を取った。すべすべの自分の手と、葛葉の細くて、長い少し熱い指先が重なる。
「……ねぇ、葛葉」
「……..なに」
「手、繋いでもいい?」
「………もう繋いでんだろ、バカ」
葛葉の声は低くて小さくて、だけどしっかり断ってはいなかった。叶は指を絡めて、しっかりと握りしめる。
「葛葉の手、いつもよりあったかいね」
「お前は冷えすぎ。…つーか変な事言うなって」
「変じゃないよ。僕の好きな人の手だし。…..もっと触れたいなって思っただけ。」
その言葉に、葛葉の身体が一瞬びくっと震えた。
「……っ、は、……お前…っ、ほんと、そういうのヤメロ」
葛葉は顔を逸らしたまま、でも手を引っ込めなかった。叶はそんな様子を愛おしそうに見つける。 そして、もう一度、ゆっくりと身体を寄せてーー
「葛葉、目、見て?」
「やだ」
「…じゃあ言わせて。……僕、葛葉のこと、ちゃんと抱きしめたい」
「っ…..ば、か….言うな…そーいうの…っ」
葛葉は照れ隠しに叶の胸を軽く叩いたが、それはとても優しい力だった。拒絶じゃない。むしろ、受け入れるのが怖いだけ。
「…葛葉、逃げないで」
「…逃げてねーよ、ちょっと…頭の整理してんの」
「整理できたら教えて?」
「…今、言ったら…多分、俺….めちゃくちゃになる」
「うん。それでもいいよ。僕が全部、受け入れるから」
沈黙が、優しく流れる。
それからーー
葛葉は小さく頷いて、叶の胸に額を預けた。
葛葉の手が、そっと叶の服を掴む。
「かなえ…ほんと、好き。……ずっと前から。……好き過ぎて怖かった」
「僕も。ねぇ葛葉、今日ここに泊まってくれる?」
「いいよ」
その瞬間、そっと重なる唇。
初めて本気で求め合ったキスは、深くて、熱くて。お互いの熱を確かめるように、何度も触れ、離れ、また重なる。
ーーそして、夜が静かに深く、溶けていく。
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