雷公童子を祓ってから、1ヶ月とちょっと。
俺は6歳になった。
ついに6歳になってしまったのだ。
『ついに』なんて言っているが特に6歳になったからどうということはない。
家族4人で誕生日会をして、ケーキと誕生日プレゼントをもらった。
誕生日プレゼントは、雷公童子の遺宝を加工したシルバーネックレスだった。
前世ではネックレスなんて付けている男はみんな陽キャであり、俺の敵だと思っていたのだがまさか俺がつけることになるとは。人生何があるかさっぱり分からない。
ちなみに、ネックレスになった理由については誕生日会の時に父親から教えてもらったのだが、
「他の祓魔師たちであれば、ピアスや指輪にして身につけているのだが……。まだイツキは幼いからな。ピアスなど、もっての他だし指輪も成長期を迎えれば指に嵌はまらなくなるだろう。だから、ネックレスが良いと思ったのだ」
なるほど、そう言われてみればネックレスしか無いような気がしてくる。
というか指輪はしょうがないとしてもピアスは痛いから穴を開けるのが怖い。いや、そもそも俺はまだ6歳だぞ。6歳でピアスを開けるというのは流石に無いだろう。選択肢に。
というわけで、俺は雷公童子の遺宝である黄色に煌めく遺宝を文字通り胸にして、特訓に励んでいるのである。
レンジさんと一緒に。
「イツキくん。後ろ」
「……はいっ!?」
バフ、という音と共に俺は後ろから跳んできたクッションに飛ばされて前に倒れ込んだ。
倒れ込んだ先には分厚いマットが敷いてあって、俺は全身でマットの感触を味わった。柔らかいな、これ。
ちなみにだが俺がいるのは、霜月家の修練場である。
「今の分からなかった?」
「分からなかったです! 全然見えないですし……」
俺はマットから立ち上がって、レンジさんにそう言った。
全然見えない、というのは何もクッションが後ろから飛んできたからじゃない。俺の両目はいま、目隠しされているからだ。
「うん。そういう訓練だからね。でも、“魔”の中には五感を奪ってくやつもいるんだ。だから、それに対抗するためには『導糸シルベイト』の感覚を研ぎ澄ませるしかないんだよ」
「……五感を奪われるのに、『導糸シルベイト』の感覚は奪われないんですか?」
「それは第六感だし」
え、これが第六感だったの!?
第六感というと、つまりは超常的な感覚のことである。
なんか変な感じがして普段とは別の道を通ったら事故を回避したとか、遠い親族の夢を見たらその人が同じ時間で死んでいたとかいうあれのことだ。
とはいっても前世では胡散うさん臭い超能力者がテレビを騒がせていたので、どうにも第六感という言葉に良い印象がない。なんかオカルト臭いんだよな。
いや、魔法があって童話が史実の世界でオカルトも何も無いんだろうけど。
「じゃあ、もう一回いくから。『導糸シルベイト』を結界のように周囲に張り巡らせて、感覚を研ぎ澄ませるんだ」
そういうと、レンジさんの足音が消えた。
この特訓をなんで父親じゃなくて、レンジさんとやっているのか。
その理由は単純である。
俺の家が壊れたからだ。
雷公童子の襲来によって、俺が6年間過ごした屋敷は半壊し現在は建て直しのために解体業者を父親たちが探している状況なのである。一体、いくら金が飛んでいくのか考えたくもないのだが、『そういうことは心配しなくて良い』と父親に言われてしまった。
ちなみに余談だが母親はアイランドキッチンに憧れがあるらしく、今から新築に向けてテンションをあげている。流石に早すぎる気がするけれども。
「ほら」
そんなことを考えていたら右側からクッションが飛んできて、無駄なことをつらつらと考えていた俺は対処に遅れて再びマットに倒れ込んだ。
だめだ。『導糸シルベイト』の感覚とやらが全然わかんねぇ。
「珍しいね、イツキくんがこんなに手こずるなんて」
「……う」
そう。この訓練、既に5時間以上やっている。
だが俺には5時間かかろうが、50時間かかろうがこの第六感を身に着けておきたい理由があるのだ。
そもそも『導糸シルベイト』の知覚を鋭敏にし、視覚ではなく『導糸シルベイト』そ・の・も・の・で感じ取る特訓を始めた方が良いと言ったのは、父親だった。
というのも、父親が言うには『導糸シルベイト』の微弱な感覚は無意識に落とし込めるらしくモンスターと戦っている時に身体を自動反射で動かしたりできるとかなんとか。
簡単に言うなら、『ヤバいと思ったら身体が勝手に動いてた』を常・に・行えるようになるらしいのだ。それがモンスターとの戦いでどう役に立つかは言うまでもない。
なにしろモンスターには素早いだけではなく、不意打ちを行ってくるやつだっている。
例えば森で戦ったドングリ落としてきたやつらがそうだ。あれだって俺がドングリに『導糸シルベイト』が巻き付いているのが見えてから対処できただけで、気がつくのが遅れていたら死んでいた。
けれどこの『導糸シルベイト』の感覚を高めることで、敵の魔法を見てから避けるのではなく、見る前に直感で動けるようになるのだという。
ただ、問題があって、
「今度は上だよ」
上から落ちてきたクッションが頭の上に、ぼふ、と乗っかる。
「やっぱり分からない?」
「……全然、わかんないです」
俺は『導糸シルベイト』の感覚が微弱すぎて全く分からないのである。
「イツキくんってさ、『真眼』持ちだよね。他の人の『導糸シルベイト』が見えてるんだっけ?」
「は、はい! 見えてます」
「それが原因かもね。今まで視覚に頼ってたから、弱い刺激の『導糸シルベイト』の感覚に気が付けないのかも」
「……なるほど」
レンジさんの言葉に、俺は深く頷いた。
言われてみれば、俺はこれまで父親と特訓するときもモンスターと戦う時も、『導糸シルベイト』を見ながら戦ってきた。それは俺が『真眼』を持っていたからできる戦法で、見・え・な・い・者と戦う時にはあまりに有利すぎる戦い方だった。
けれど、それに頼っていたから別の感覚が鈍ったという話をされれば納得するしかない。
というのも俺が勤めていた印刷会社の顧客の1人に何かと若者に一言申したいお年寄りの社長がいたのだが、彼の愚痴に『若者は地図が読めない』というのがあった。
ここでいう地図とは当然ながら紙の地図であり、彼の言葉を借りると『スマホに慣れてしまった若者は紙の地図を渡されても現在地の把握や、目的地までの道のりを考えることが出来ない。全くもって嘆なげかわしい』らしい。
当時は『スマホあるんだから紙の地図なんて使わねぇだろ』と思っていたのだが……これは今の俺の状況ととても似ている。
便利なものに頼っていたから、不便なものを急に渡されても扱えないということだ。
「でもね、イツキくん。そう焦ることはないよ。君はまだ5歳だし、君くらいの子はそもそも『絲術シジュツ』の練習ばっかりで、魔法を使う練習なんて誰もしてないんだ。『導糸シルベイト』の感覚を捉える訓練なんて誰もしてないよ」
「僕6歳になりました」
「あぁ、そっか。そうだよね。4月から小学生だもんね」
レンジさんはふ、と息を吐き出すと『目隠し外してもいいよ』と言ってくれたので俺は目隠しを外した。
「そろそろ休憩にしよう。感覚を研ぎ澄ませるのは疲れるしね」
「はい!」
俺は目隠しを外すと、深く息を吐き出した。
身体の疲労はほとんどないんだけど、メンタルの疲れが来てる感じだ。
俺が深呼吸して新鮮な空気を肺の中に送っていると、悪ガキみたいな顔したレンジさんが話しかけてきた。
「ね、イツキくん」
「はい?」
「ちょっとだけ……。ちょっとだけで良いからさ、雷の魔法見せてくれない……?」
「うぇ?」
そんなことを頼まれたのは初めてで思わず変な声を出してしまった。
魔法を見せて欲しいなんて変なお願いだ。しかも、レンジさんがそんなお願いをしてくるなんて珍しい。どうしたんだろう?
俺が『なぜ』を求めているのが伝わったのか、レンジさんはこそっと続けた。
「ほら。雷って『形質変化』で生み出せるけど、それを自由に扱ったりはできないだろう? だからさ、それがどうなるのか興味あるんだよ……!」
そういってウキウキした顔で話しかけてくるレンジさん。
あぁ、男って何歳になっても男の子なんだ。
そんなことを思った俺だが、当然その気持ちは分かる。
カッコいいものは何歳になったって見たいのだ。
「ち、ちょっとだけですよ……!」
満更でもなくなってしまった俺は、すぐさま雷公童子の遺宝に魔力を流した。
きぃん、と『共鳴』の音が響いて俺の魔力が雷公童子のものと同一になっていく。
次の瞬間、バジッ! と、音を立てて俺の全身を雷が纏まとった。
「本当に雷が……。全身に雷流れてるみたいだけど、痛くはないの?」
「全然痛くないですよ」
「そうなんだ。そこはやっぱり魔法なんだね。……それで、これはどんな魔法なの?」
「身体強化です」
「うん?」
「雷で反射神経とか筋力とかを強くしたんです」
「ふむ……? わざわざ雷で」
無論、雷でやるには普通の身体強化にはないメリットがある。
レンジさんは気がつくだろうか。
そう思っていると、レンジさんは素早くぽん、と手を打った。
「あぁ! そういうことか!!」
どうやらレンジさんはもう気がついたらしい。
流石だ。
「その『身体強化』は『導糸シルベイト』が1本で済むのか」
「そうなんです! 普通の『身体強化』は足とか腕とかにそれぞれ巻くじゃないですか! でも、これは一本で全身強化できるので便利なんです!」
「なるほどなぁ! それは良いや!」
これはまだ名前がない魔法である。
どんな名前にしようかなぁ?
「それにしても、イツキくんもすぐに遺宝を物にしているあたり……もしかして、雷魔法は気になったの?」
「はい! これすごく便利なんです!」
そう言ってわはは、と笑いあう俺とレンジさん。
その横でアヤちゃんが『なんでそんなので盛り上がれるの……?』みたいな目で俺たちを見ていたのは、見なかったことにした。男とはそういう生き物である。
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