コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
私たちは派遣団と別れて、三人で『問題の場所』を訪れることにした。
さすがに最初は大反対されたものの、今回ばかりは無理を通させてもらった。
そこで一体、何が待ち受けているのかは分からない。
しかし私たちに不都合なことが起きたとしても、三人だけであれば、情報操作も簡単に行うことができるのだ。
……『疫病の迷宮』を創ったのは私だけど、そのことは世間には知られたくない。
何しろ、その存在自体が人間を滅ぼすようなものなのだから――
「――何か、嫌な雰囲気……」
馬車を走らせて目的地に近付いていくと、嫌な空気が身体に纏わりついてきた。
私の記憶によれば、『疫病の迷宮』を創った場所はもっと南のはずだ。
具体的には、山をもうひとつ越えたくらいのはずなんだけど――
……私たちが今いるのは、緑が少なく、岩肌と荒れ地が混在したような場所。
今日の天気は曇りで、『疫病の迷宮』を創ったあの日を思い出させてくれる。
「アイナさん、あそこ!」
エミリアさんの指差した方向に目をやると、ずっと先の道端に人影が見えた。
どうやら地面に倒れているようだけど――
「ルーク、あそこまで行って!」
「はい、かしこまりました!」
馬車は進路を少し変えて、倒れている人影の場所へと急いで向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――死んでる……」
地面に倒れている人影は、すでに事切れた冒険者だった。
一人がもう一人を背負って、そのまま力尽きたかのように死体は折り重なっていた。
遠くを眺めてみれば、倒れた人影があちこちに見える。
……あれもこれも、もう亡くなってしまった人間だろう。
「この人たち、どうしたんでしょう……?」
エミリアさんは祈りを捧げたあと、小さく呟いた。
「何かから逃げていた……? そもそも死因は――」
遺体を鑑定してみると、案の定……と言った感じで疫病の痕跡を見つけた。
私の表情を察して、ルークとエミリアさんも死因を把握する。
「わたしたち、このまま向かっても大丈夫でしょうか……」
「うーん……。でも、放っておくわけにもいきませんし……。
せめて原因だけでも調べていきましょう。以前作った疫病無効の薬は、また新しく作っておきましたから」
「あれ? 素材にはガルルン茸が必要なんですよね? 全部使ってしまったのでは?」
「時間がそれなりにあったので、私も少し育てておいたんです。
『疫病の迷宮』は、手が空いたら見に行こうと思っていましたし」
「なるほど、あの薬があれば安心ですからね。
……わたしたち、生き延びることができたんですから」
それはまさに、ガルルンの加護。
あのとき私たちを救ってくれたのは、そう言えばガルルンだったのかもしれない。
「ひとまずここら辺にも疫病が来てるかもしれませんし、早目に飲んでおきましょう」
アイテムボックスからポーション瓶を取り出して、三人でそれぞれ一気に飲み干す。
……とりあえずこれで安心かな。
「アイナさん、やっぱりガルルン茸は人類のためにたくさん育てないと。
本当に凄いキノコですから!」
「そうですね。でも私、変に有名になっちゃったから――ガルーナ村の人たち、これからも手伝ってくれるかなぁ……」
「大丈夫です! アイナさんのことはしっかり受け入れてくれますよ。
今度一緒に遊びに行きましょうね!」
「……あはは、ありがとうございます」
私はクレントスでは受け入れてもらえたけど、それ以外の場所では不安が残る。
人間、いざとなればどうなるかは分からない。今までが好意的であっても、何がきっかけで反転してしまうかなんて分からない。
……そのことを、残念ながら私は学んでしまっているのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
岩肌の上を駆け続けて、岩場の合間を走り抜けて、私たちはどんどん進んだ。
道すがら、かなりの量の死体がそこかしこに転がっていた。
「……あのとき私が倒した兵士ではないようだけど……。
みんな、冒険者? 一体こんなところで何を……?」
「おそらくは『世界の声』を聞いて、来たのでしょう」
「え? ……ああ、そういえば場所も、大雑把だけど聞こえてきてたっけ?
でも、何で――」
「それはもちろん『迷宮』だからです。
迷宮には危険もありますが、それに見合うだけの宝が眠っているものですから」
「なるほど、いわゆる好奇心ってやつだね……。
でも、『疫病の迷宮』だよ? 疫病だなんて、どう考えてもやばい気がするけど……」
私の知っている迷宮――『循環の迷宮』も『神託の迷宮』も、名前自体は穏やかなものだ。
それに引き換え『疫病の迷宮』なんて、イメージだけでも厄介なことこの上ない。
新しいダンジョンに好奇心が刺激されるのは分かるけど……。
「――ッ!!
アイナ様、エミリアさん! 向こうに何か……います!! ご注意を!!」
引き続き馬車を走らせていると、ルークが大声で伝えてきた。
辺りには生きている人間はいない。そんな場所にいる、『何か』。
薄暗く不気味な空の下、肌に感じる不穏の中で――
……それは地平線の向こうから、徐々に姿を現してきた。
「――何、あれ……」
大きな煙のような、影のような。
大地から空に向かって生えるように揺らめく、人間の形をした、黒く不気味な謎の影。
大きさとしては、5メートルは優にある――
「……ヴァァアアアア……、ヴァアアアア……」
近くに寄るほど、人型の影からは声のような音が聞こえてくる。
地面を震わせて、大きく揺らす声。聞いているだけでも身の毛がよだってしまう。
なおも近付いていくと、人型の影が生えている場所がようやく見えてきた。
人型の影には足は無いものの、どうやら地面に空いた穴から出てきているようだ。
「……あの穴って、まさか――」
──────────────────
【疫病の迷宮<深淵>】
第七神の加護を受けて創り出された深淵クラスの迷宮。
膨大な疫病に満たされ、生命の侵入を絶望的に拒絶する
──────────────────
「――えぇっ!?」
思わず鑑定して、その結果に我ながら驚く。
『第七神』だの『深淵クラス』だの、何が何だか――
「――……ドォオオオオオ……、グォオオオオオ……?」
私が焦っている間にも、人型の影は大きな声を上げながら揺らめいている。
……正直、怖い。いろいろな経験を乗り越えてはきたものの、やはり怖いときは怖いのだ。
「アイナ様……、退却しますか?」
「……ううん、少し戦ってみよう。
こんなのが街に行ったら、きっと相手をできる人なんていない……。
見た感じは闇っぽいから、アゼルラディアでどうにかならないかな?」
「そうですね。効けばそのまま倒せば良いですし、もしもダメなら、そのときにまた考えましょう」
「光の力なら、わたしもお役に立てますので!!」
ルークの言葉に、エミリアさんも続いた。
そして馬車を止めて、三人で外に出る。
人型の影との距離は離れているものの、少し近寄れば戦闘圏内だ。
「――……ヴァァアアアア……、ヴァアアアア……ッ!!」
よくよく見ると、当然のことながらその人型の影には目が無いようだった。
しかし何故か、向き合っているうちに目が合ったような錯覚を覚えた。
……何だろう、この感覚。
何だか分からないけど、その途端、私の目からは涙が溢れ出てしまった。