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<5.7>
★帰り道
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電車を降りてから、少し歩くと家までの道になる。人通りの少ない住宅街、遠くに聞こえる車の音と、
どこかの窓から漏れるテレビの声。俺はイヤホンをポケットに入れたまま、無音の世界を歩いていた。
さっき、電車の中で笠木さんに言われたことが、頭の中でぐるぐると回っている。
「“顔がいいから売れた”って、言われたら、悔しくない?」
……悔しいに決まってる。過去に、舞台袖で知らないスタッフに「こいつ、見た目だけじゃん」って笑われたことがある。
番組のオーディションで「ちょっと立ってみて」って言われて、ネタも見られずに終わったこともある。
──面白さより、まず見た目。
それが、俺が芸人として向き合わなきゃいけない“スタート地点”だった。誰もがそのまま笑ってくれるわけじゃない。
むしろ、見た目だけで笑いを取れないと思われたら、それは「信用されないこと」に繋がる。
(俺は──芸人として、ちゃんと“面白い”って思われたい)
そう強く思うようになったのは、春沢さんとのコンビが始まってからだった。
春沢さんは、自分の言葉に芯があって、ネタにも絶対的なこだわりを持っている。
俺の意見も聞いてくれるし、的確に言葉を吐いて、ちゃんとぶつかってくれる。
でも最近の俺がちょっと変わってきてることに、たぶん気づいているんだろう。
前よりも自分の意見を言うようになった。「こうした方がいい」って、ネタに口を出すことが増えた。
それが、少しずつ距離になってる気もする。
そして、今日。笠木さんとのネタ合わせで、正直、自分の“楽しさ”に気づいてしまった。
(俺は、春沢さんとネタをやるのがつまらないわけじゃない。けど……)
ネタを通して、自分の“強み”を意識してしまう瞬間がある。立ち位置、視線、間の取り方。
どう見られるか、どう見せるか。そういうのが、自然にできるようになってきた。
そのぶん、ネタの内容以上に“自分”が前に出てしまっている自覚もある。
それが──春沢さんを不安にさせた。
そして今、笠木さんのあの一言が、それにトドメを刺した気がした。
「どうでもよかったら、嫉妬もしねぇし、何も言わねぇよ」
─それは、嬉しかった。でも、だからこそ、俺は一人になった時に怖くなる。
“もし、見た目が武器じゃなくなったら?”
“俺は、ちゃんと面白いと言ってもらえる芸人になれているのか?”
その問いには、まだ自信を持って答えられない。ビジュアルは、消える。
人気も、変わる。でも─笑いだけは、ちゃんと残る。
俺はそれを、証明したい。この先、どんなコンビであれ、どんな舞台であれ。
でもそれが、今の“シンプルスター”で叶えられるのかはまだわからない。
夜風が頬をなでていく。携帯がポケットの中で震えた。
画面を見ると、春沢さんからのシンプルな飾り気のないメール。
「明日ネタ、ちょっと直したいとこある。明日、俺んち来てくれない」
しばらくその文面を見つめてから、俺はためらいながら返信ボタンを押した。