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蝉の声も応援の声もあいつの眼差しには勝てん、と思った。
ただあいつの視線は俺に向けられているわけではない。
今俺の後ろでレーザービームを放った柳生に向けられている。
馬鹿な俺はもしかしたらなんてあるはずもない幻想にとりつかれて、いつもより真面目にプレーしとる。
「…馬鹿やのう」
「仁王くん?」
「なんでもなか」
俺がぽつりと呟いた声に反応して、怪訝そうな顔でサービスラインに向かう柳生を見ると、そのフェンスの外にあいつがいた。
相変わらず柳生を見つめていて、何だかやりきれなくなった。
俺を見ろ、なんて口がさけても言えん。
本日何度目かの汗が滴り落ちる。
気温も日差しも高くて今にもジリジリと焦げそうな効果音が聞こえてきそうで、俺のやる気は試合の最初と比べると明らかに下降していた。
それでもコートを駆け回れるのは試合に負けたくないというプライドと俺じゃなくて柳生を見つめるあいつだった。
試合に誘って、時間を詳しく教えたのは俺。
あいつが柳生んことを好いとるのは承知の上で、目の端にだけでも俺を映して欲しかった。
やけど実際あいつが試合を観ているとなると、目の端やなくて俺をちゃんと見てほしくなる。
いつからこんなに欲深くなったんやろ。
我ながらこの純愛っぷりには苦笑いをしてしまう。
相変わらず蝉はうるさく鳴き喚いている。
「やーぎゅ、そろそろ決めるぜよ」
「そうですね」
ゲームカウントは5ー0で試合は圧倒的だった。
ただ俺の好きな気持ちは全く届いとらん、ただ笑うしかなかった。
柳生もきっとあいつの存在に気がついていると思う、俺が柳生とあいつとの仲を心配する必要もないのはわかる。
そんなことばかり考えていて頭がうまく働かんくなってしまって、俺はらしくもなくサーブミスをしてしまった。
ベンチの幸村の目がとてつもなく怖いが、とりあえず無視に限る。
俺はそれどころじゃない。
柳生が締めとも言わんばかりにレーザーを放って試合は終わった。
とりあえず1ゲーム取られることもなかったし、怖いことと言えば俺のサーブミスによる幸村の視線くらいじゃ。
「仁王くん」
「なんじゃ」
「サーブミスはあなたらしくなかったですね」
「気にしなさんな」
「はぁ…」
「それよりもあいつが来とるぜよ」
「あなたが呼んだのでしょう?」
「行ってきたらどうじゃ?」
柳生は無言であいつの方に向かって行ってしまった。
あいつにとって俺は表向きは柳生との恋を応援してやっとる友達やし。
悶々と考えているうちにあいつと柳生の距離がどんどん縮まっていって、あいつの挙動不審になり始めた目と俺の目が合ってしまった。
とりあえず何も無いように故意ににやりと笑っておいた。
あいつは目を見開いて今にも抗議しに来そうな、とても恥ずかしそうな顔をして、柳生に視線を戻した。
柳生もあいつに気があるし、あいつは春から柳生に片想いしとる。
俺が入り込める隙間なんてないし、俺が行動を起こしたらきっと俺らの仲は修復不可能になってしまうやろう。
自分のタオルで汗を拭きながら、柳生とあいつの会話に聞き耳を傾ける。
微かに聞こえてくる声で柳生が口説いているような気がして、俺は慌てて柳生を呼んでしまった。
どうやら当たりだったらしく、柳生は少し残念そうな顔をしちょった。
でもこれくらいの邪魔は有りじゃ。
俺の悪あがきが格好悪いっちゅーのはわかっとる。
それくらいさせてくれてもいいじゃろ。
柳生はあいつからピンクのタオルを受け取って戻って来た。
俺のそばには使われることの無いだろう柳生のタオルがラケットバッグの上に置いてあった。
「仁王くん、何ですか?」
「特になんも」
「…全く」
困ったように笑う柳生に少し罪悪感を覚えたが、すぐに消えていった。
蝉は相変わらずうるさいし、日差しも和らぐことを知らない。拭いたばかりのはずの汗がぽたりと落っこちた。
あいつが柳生に恋をしたのは、階段から落ちそうなとこを救ってもらったからだと言っていた。
だけどあれは柳生と入れ替わっていた俺だったんじゃ。
あの時もしも俺が助けていたら、入れ替わっていなければ、そのとき正体を明かしていれば、
あいつは俺を、
……好きになってくれたんじゃろうか。